第23話

 ダイク直轄領の代官との話を終えたゼップーは騎士の護衛を受けて元いた対象に合流した。


 デルス代官から聞いた話によって、アール伯が想像以上に手回しがよいということが分かった。

 百年間何もしてこなかったわけではないらしい。

 だが、そのわりに動きが急すぎるのはどういうことか。

 事前に想定していたならもっと根回しができていたはずだ。

 そうであったなら開拓者協会としても慌てて準備せずに済んだのだが。少なくとも年単位で計画を練るべきだろうというのがゼップーの意見であった。


 手回しの良さと性急さが両立するアール伯。

 計画だけは立てていたが計画に必要な要素、例えばカネが足りず実行していなかったところ、何かの拍子にその要素が埋まった、とでもいうのか。

 あるいは何か圧力があったのかもしれない。

 なにもしなければ没落貴族が消滅するだけで終わっただろう。

 なんらかの期限を切られたか。

 それならば急ぐ理由になるだろうか。


 あくまで予想で、そしてあくまでアール伯の都合。

 巻き込まれたゼップーを含む大勢の人々には関係ない者も多いだろう。

 だが関係ない者を巻き込むだけの引力があるらしいことも事実である。

 どのような人物か。


 想像は膨らむが、会ってみればわかることだし、会わなければ始まらない。

 ゼップーはいっそ先に行くべきか、いやいや予定を無駄に崩すべきではないかと悩みながら、結局予定通り隊商に同行したままアール領に入った。






 アール伯領の村は領境からほどなく到着する。

 街道跡にくっつくように半円状に広がった村と街道跡を挟んで反対側に広がる農地がゼップーが最後に見たアール領の姿だった。

 村の中心部には井戸がある広場があり、これを囲うように領民の住居が。そして領主の屋敷と、少し外れて冒険者用の宿舎があった。

 これだけがアール伯領の村の全てである。


 はずだったのだが。


「あれは、噴水か?」


 到着したゼップーは隊商たちと共に進んだ。

 領主の屋敷に行く必要はあるがひとまず村の様子を見ようと思ったのだ。だから対象の流れに乗って歩いたのである。


 すして、井戸があった場所に石造りの噴水が置かれていたことを見つけた。

 更に噴水から、水路が二本、奥に向かい六十度ほどだろうか、広がるような角度で引かれていた。

 周辺にはまばらに人がおり、露店を広げている者もいた。

 だが領民の家に囲まれた半円の広場には商人の獣車や魔動車などは置かれていなかった。

 ただ、街道跡部分はきれいに何も置いておらず、これは今まさに道として使われているようだ。

 おそらく奥側にそのための場所を作ったのだろう。小さな村の小さな広場では手狭すぎる。


 その証拠に。


「商人は一度街道沿いに奥にすすめ! 車と荷物を置ける場所がある! 留まらずそこまで進みなさい!」


 と声を張り上げている男がいた。

 そしてその男はゼップーに気づき、歩み寄ってきた。


「ようこそ、開拓者協会副協会長補佐殿、いや、アール支部長殿になるのかな」

「おお、よろしく頼みます、アーク代官殿……新たに肩書は変わったのか?」

「いや、変わらず代官で構わない。ここ、門の村の代官ということになったからな」


 握手をして肩をたたき合う二人。


 アーク代官はゼップーとは旧知である。

 彼と同時期に王都で冒険者活動をしていたことがあるのだ。

 固定のチームではなかったが、情報交換や一時に協力などの機会はあり、友人とまで呼ぶには若干微妙だがともかく顔見知りの同業者だった。

 冒険者を生きて引退し、アークは故郷で代官となり、ゼップーは開拓者協会の職員になった。

 冒険者の終わり方としてはどちらも成功した部類に入る。

 また、それぞれの競争相手ではなくなり、むしろ協力することが多い立場になったことでかつてよりも友好的になったともいえる。

 とはいえ年に一度会う機会があるかどうかというところではあったが。

 今後は変わってくることになるだろう。

 肩をたたき合ったのはこれまでの関係以上に、これからも友好的にやっていこうという意思確認でもあった。



「門の村、名前がついたのか」

「領内にひとつではなくなったからな。現在、アール領内では門の村を含めて五カ所の開発が進んでいてな」

「早いな。当代のアール伯はやり手らしい。それともアーク殿の手腕かな?」

「はは、俺など手伝いしかできていないよ」

「しかし合点がいったよ。アール伯領に向かった人も物もみあたらなかったからな」


 心なしか口調が若くなる二人。


「さて、代官殿の上司に挨拶をさせてもらいたいのですが、その前に聞きたいことが山ほどありましてね」

「支部長殿、それなら案内がてら説明を引き受けましょう。おーい、君、ここを任せていいか?」

「了解っすー」

「頼むぞ。……さて何から話しますかね」


 話し方を仕事中のものに戻す二人。

 一つの慣例、あるいは様式。微妙な距離感のなせるわざである。


 そしてゼップーもまた、連れてきた人員に身振りで指示を出し、アークの案内でアール領の奥へ向けて歩き始めた。


「そうですな、手近なところで、あの噴水はどうなっているので? 以前は井戸があったと記憶していますが」


 規模はともかく、王都にあってもおかしくない。

 美しい女性像が持つ水瓶から水が滾々と噴き出す噴水。

 井戸があった場所にあるわけだが、井戸を噴水とするというのはいかにも無理がありそうな話だ。


「あれは、水神様の眷属の像ですな。水神官様と大地神官様の合作です。大地神官様は彫刻家でもあるそうで」

「ははあ、それは便利そうで」


 大地神の神官は土や岩も神聖魔法で扱える。彫刻の材料を自分で用意できるなら自由に創作活動にいそしめるだろう。

 この大地全てが神の領域と宣い野宿もいとわない者たちなので扱いが難しいところもあるが、腕のいい芸術家なら……いや、芸術家の方が制御が効かないだろうか。

 これに合わせて水神の神官が噴水に仕立てたのであれば、この噴水は神聖な施設ということになるだろう。

 光景としては浮いているとはいえ、ごく当たり前に村落の中に設置してあるのだが。


「同種のものをここと合わせて三カ所。この水路の先に開拓地があり、三角形を描く形になっています」

「それは何か意味が?」

「魔法的に結界を構成する助けになるようです。私は専門ではないのですが、我が主は魔導師でして。ラビットの技術と合わせ、開拓に役立てようということになりました」

「よく神殿が許しましたね?」


 神殿は神を別の技術に利用されることを嫌う。

 信仰を根拠とした世界なので、異なる考えに排他的なところがあるのだ。


「金銭神官様が間を取り持ってくださいました」


 金銭神はがめつい印象が強いが本質は交流である。排他的とは逆の方向性を求められるため、嫌われているように思わせて実は顔も広いし口もうまい。商人の特徴と似ているのは、商人であることも多いことからも納得できる。


「それと、都市計画には協力的でしたよ。王都の設計の際にもそうだったという記録があるそうで」

「ははあ、神殿はいい場所に建てたいですか」

「それもあるでしょうな。まあ神殿には神殿の理屈があるようですよ」



 しばらくそんな話をしながら、街道跡を進む。

 街道跡は通行はできるが荒れたまま、補修の手が追い付いてないようだ。

 そして生活に使う資材のための林を抜けた先で、ゼップーは思いもよらぬものを見ることになった。


「あれは!?」


 一角竜が人々の中で吼えていた。


 一角竜は前のめりのような姿勢で二足歩行する亜竜の一種で、小さな家ほどの大きさがある危険な魔物である。

 アール伯領に一度現れたと聞いていたが、再び現れたのか。

 危険な魔物の元へ駆けだそうとしたゼップーを、アーク代官が引き留める。


「アレはおそらく大丈夫です」

「おそらく? どういうことです?」

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