第22話
「な、なるほど……」
「ラビットに被害はありませんでしたが、今後王都から神官様を派遣していただけることも決まっています、道中の安全を確保していただければと。この点において双方の利害が一致するものと考えています」
アール伯エニィ・ウェアはダイク直轄領デルス代官にお願いをしに来ていた。
お願いをする立場でも下手に出過ぎるわけにはいかないのが面倒である。などと考える自分はもしかすると貴族に向いていないのではないかと内心思う。
「くわえて、ですね」
「まだあるのですか?」
「いえ、ダイク領との交易についてです。こちら、陛下からの書状です」
「陛下からの?」
デルス代官は書状を受け取り目を通す。
この内容をエニィは知らされていないが、陛下に交易の許可を求めた時に預けられたものだ。その時の手ごたえからして悪い内容ではないはずだ。
「ふむ、わたくしの判断で可否を決めろ、と、陛下はおっしゃっておいでです」
「なるほど、ではまずはこちらの要望を聞いていただいて、それから条件あるいは可否を判断していただくということでどうでしょう?」
「妥当かと」
デルス代官の判断で決めろということは検討しろということだ。
問答無用で断られないということ。エニィには非常にありがたい後押しだった。
エニィはデルス代官に用意してきた資料を渡す。
宮仕えで覚えた説得手段の一つ、資料を用意して実際的な話をする、だ。
エニィの要望は食料を含む物資の購入。
領境までの輸送の委託。
そしてダイク直轄領の余剰人口の受け入れ打診。
大枠ではこの三点、さらに先に求めた領内の治安維持、具体的にはアール伯領への旧街道での賊の取り締まりを合わせて四点となる。
まず物資の購入。つまり交易だが、これはお互い得になる話だ。
ダイク直轄領やアール伯領から、遠く王都へ、そして王都からの輸送費用を考えればずいぶんな節約になる。
浮いた分をどう配分するかは両者での調整になる。
余剰人口の受け入れ。
実は、ジューロシャ王国全体の問題でもあるが、基本的に農村では人が余りがちだ。
大した娯楽もなく、また若くして亡くなる子どもがいることもあり、一家族における子どもの数は都市部と比べて多くなりがちだ。
しかし土地の量は限られている。それどころか、ここ百年は王国量は減り続けてきたのだ。可能な範囲は開拓しつくされ、残るは難しい場所ばかり。
つまり働き口が限られているのが問題なのだ。
食い扶持にあぶれたものは別の生き方を探す必要がある。
それは冒険者であったり、日雇い労働者であったり、あるいは野盗であったりするのだ。
それ以外の職はなかなか難しい。なぜなら農民の子は農民の教育しか受けていない。街での働き口に必要な技術や知識がないのだ。また、当然地縁や血縁もない。教育を施すなら身内が先であるため、田舎から出てきた者に。
したがって誰でもできる単純労働や危険だったりきつかったりする職につくか、国に逆らって賊になるかという選択になってしまうのだ。
逆にそれだけ人が余らないような村は維持できなくなって滅んでしまう。
アール伯領の村は常に滅びかけていた。人口を増やす余裕がないうえに魔物の対処が必要だったためだ。
話を戻すが、そういった余った人たちが賊になってしまうと統治する側も、もちろん村のものたちもたまらない。
なので引受先があるなら歓迎すべきことだった。
危険な場所でなければだが。
「魔物の領域の開拓に従事したいと思うものがいるかどうかは難しいですな。危険な仕事は皆嫌がります。もちろん賊となって討伐されるよりはマシでしょうが……」
「そこは輸送の仕事にでも使って実際に見てもらって。それでこちらに来ても構わないと思うものがいたら、でかまいません。領境からこちらまで運んでもらえるならその分の報酬も出しますよ。多少の食い扶持にはなるでしょう」
「ふむ、
「ええ。アール伯としてダイク直轄領内での輸送に手を出すと護衛戦力を持ち込まないといけませんから、これは控えたいと」
「ああ、それはそうですな」
輸送をダイク直轄領側に負担させようということには他領に持ち込む戦力を減らしたいという意図もある。
アール伯としては人材を別に回すことができ、デルス代官としては自身が管理する領内に武力を持ちこむものを減らすことができる。
民間の商人であればまだいいが、領主間の取引となると扱いが変わるのだ。
商人に委託することもできるが、そうするとお互いの利益を商人に吸われることにもなる。
人が余っているなら労働力に使う、それで仕事が生まれるなら維持できる人口も増えるということだ。
その後アール伯領に流れても流れなくても悪くない提案、とエニィは考えていた。
デルス代官も資料の数字に興味を持っているようで、ここまでは悪い印象を持っていないように見えた。
「なるほど、よく考えておられる。それぞれの案件が相互に関わって合理を補強しているのですな。この条件であればこちらで盗賊狩りをすることは理にかないますな。安全に移動できるようにしておけば直接つける護衛の費用を削減することで吸収できると」
「どうでしょう」
交易の利益配分はダイク直轄領側に有利になっている。
これは、今までなかった一部領内の治安維持の負担を考えてのことだ。
街道及び街道跡の安全を買うためである。
仮に一時的にでも、得られる利益は魅力的に見えるはずだ。
「もう一つ言っておくとですね」
「なんでしょう?」
「私が冒険者という戦力を集めてよからぬことを企んだ場合、あるいは想定外の魔物災害が起きた場合に備えて警戒はしておくべきかと」
そのためにもこちらに協力して様子を探る正当な名目を整えておいて欲しいなあ、という話しだ。交易の護衛戦力と交易そのものに前向きになれるための材料。
これを聞いてデルス代官はきょとんとした後、噴き出した。
「わはは、自分でそんなことを言う方は珍しいですな。ですが万が一にも疑われかねないことを口にはしない方がよろしい」
「はは、その通りですね。反省します」
笑いながらも窘められてエニィも笑ってごまかした。気を引くための衝撃的な言動としてもすこそやりすぎたらしい。
「それとですね」
「まだなにか?」
「これは我々の利益になると考えたので。お納めください」
エニィは厳重に包装された荷物を取り出し、その場で開封した。
それは一冊の本だった。
題には『道のすすめ』と書かれていた。
「百年以上前の先祖の覚書の複製です」
「! それは……!」
百年前まで、アール伯領は栄えていた。
旧帝国と王都を結ぶ街道を領内に持ち、その街道上に都市を築いたことで栄えたのである。
その後の破局からは逃れられなかったが、それはアール伯領に限らない。
『道のすすめ』はつまり、特別な産物などなくとも、立地を利用して栄えたアール伯の領地経営の手引きであった。
通常であれば秘するものだ。
武術で例えれば一子相伝の奥義のようなものだろう。
そういう大事なものを、エニィはデルス代官に差し出した。
「どう扱っていただいても構いません。何か参考になるかもしれないし、参考にできる誰かに渡しても。あるいは陛下に献上しても。きっと我々の、お互いの利益に役立てられるかと」
「このようなものを……」
デルス代官にエニィの覚悟が伝わった。少なくともエニィはそう感じ取った。
アール伯としては最後の機会。旧臣や多くの人たちを巻き込んだ以上、成功させなければならない。そのためなら多少の無茶はいとわない。使える手は使う。そういう覚悟である。
この後、エニィが用意した提案は微調整ののち、大筋で当初の提案通りに正式に契約が為された。
隣接する領を管理する代官と良好な関係を築けたことで、エニィは一安心したのだった。
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