第21話

 調べた範囲では、歴史的に考えるとアール伯領は道路である。

 だからやはり開拓の成功は難しいとゼップーは評価した。


 かつては旧帝国とジューロシャ王国王都を繋ぐ最短の陸路が開かれたことで繁栄したのがアール伯領だ。

 特産物があったわけでもなく、伯領として広かったわけでもない。

 旧帝国との交易のおこぼれを得ていただけなのだ。

 地力、つまり食糧生産は並かそれより下だったのを立ち回りで権勢を得た貴族なのである。

 そういった場所なので、旧帝国との連絡が途絶えている現状で開拓の最前線として選ぶには優先度が低いだろう。

 過去に何らかの特産物を生産していた実績のある地域を開拓するほうが見込める利益は大きくなるはずだ。


 もっとも、現在のジューロシャ王国の情勢を考えれば、食料生産基盤が増えるだけでも十分な成果ではある。

 だがそれにしたって穀倉と呼ばれたような場所もあったのだから、選択を違えていると考えられる。


 ただし、これは王国全体を見た場合の視点である。

 アール伯の視点で考えれば、領地の場所を変えられるわけでもなく、開拓できる場所の選択肢もない。

 聞けば現在保有している領地は極小であるということだから、今回の動きは最後の賭けだったのだろう。

 後がない故の性急さで思い切った決断ができるのだと解釈すれば、直近で成功しているとしても今後は不透明。


 難度が高い事業を追い詰められ焦った指導者が実行するのだ。


 ゼップーは自身の役目の重要さを改めて認識し、指示された期限の十六日前にアール伯領へ向けて出発した。

 必要な物資の買い付けと輸送の手配をするのにそれだけ時間が必要だったのだ。

 また、にわかに物流が活気づいた経路上に賊が出現したという情報もあり、他のアール伯領へ向かう冒険者や商人などを集めてまとまった規模の隊商を編成した。

 これも被害を減らすためだ。

 誤算としては想定より人が集まり、集まった中で規模の大きな商人に差配を任せることになった。

 冒険者はともかく商人を率いるなら商人に任せるほうがよいのだ。


 さて道中商人から話を聞き出したところ、ラビットとアール伯から輸送を依頼されている者たちと、それに便乗して稼ごうと狙っている者がいるようだ。

 前者はともかく後者が現れるというのは想定以上に話が広がっており、評価されているらしい。

 神殿と開拓者協会が拠点を作ることも知られていた。

 さすが商人は耳が早いというべきか、誰かが噂を流しているのか。

 噂になってしまったから賊が寄ってくるのだ。まあ物流が活発になれば遅かれ早かれだが。

 放っておくといくらでも湧いてくるので、まめに排除しなければならない。

 そのあたりの調整も考えなければならないだろう。



 アール伯領に入るまでの街道は途中までは整備されている。

 百年前以上前に作られた道は需要がある場所までは維持されており、そうでない場所は荒れてしまっている。

 アール伯領までの道はかつての精度で維持するほどの価値がなかった。

 人の行き来が増えれば道も整備する必要があるだろうが、それを決めて実行するのはアール伯ではなく経路上の直轄領、その担当する代官が決めるものだ。

 隣接する領を担当する代官は領内の村を巡回しつつ政務を行っており、固定の拠点を持たない。

 ゼップーとしては居場所を固定してもらいたい。そうはいかないからそうなっていないのだろうが。

 この代官とも話をしておかなければならないだろう。退路の確保のためにも。

 到着後に現地の確認と支部設置の指示を出してから話をつけにいこう。

 やるべきことは多いが、あまり早く失敗されても困るので協力してやらなければ。

 この時のゼップーはそう考えていた。



 その考えはアール伯領に到着する前に訂正されることになった。


 アール伯領へ向かう道、その道中に騎士の陣営が築かれていた。

 検問あるいは関所かと疑ったが、道を封鎖している様子でもなく、通路を確保された状態だった。

 隊商から確認のための足を止め使いを出したところ、この先アール伯領までつながる街道を騎士に警邏させているので滅多なことはないだろうが気を付けて進むべしとの伝言が、問題の代官本人の名前で送られてきたのだ。


 ゼップーは先に進む隊商を離れ、代官に面会を求めた。

 開拓者協会副協会長補佐であり、隣接領の支部長内定者として申し込んだところ、速やかに話が進んだ。


「やあ、ゼップー殿。支部長だって? おめでとう」

「ありがとうございます、デルス殿。ご無沙汰しております」


 ダイク直轄領と呼ばれる、アール伯領に隣接する国王直轄領の現在の代官、デルスはゼップーと面識がある人物である。

 開拓者協会の仕事で各地を移動する過程で面識を得たのだ。


「これから大変だろうが、なかなか面白い体験ができそうですぞ。うらやましい」

「と、いいますと?」

「今まではさほども思っていなかったが、動き出したアール伯は最近の若者にしてはなかなかの人物でした。どのような結果に終わるにしても、今までにない経験ができるでしょう」


 デルス代官、アール伯を絶賛である。

 ゼップーは詳しく話を聞いた。


 なんでも、半月ほど前にデルス代官を訪ねてきたアール伯が、挨拶もそこそこに領内の治安維持を依頼してきたのだという。

 通常ならば内政干渉となる事案であるが、今回は単純な話ではなかった。

 隣接領、つまりアール伯領で今までと違う動きがあること。

 そして新たな人、物、カネの流れが生まれつつあること。

 そしてモノの流れの一環としてダイク直轄領からも物資を購入したいこと。

 さらに人の流れの一環として、人口過剰な村があれば引き取りたいこと。


 後半は要望になっていたが、アール伯領の利害とも関わる問題でもあり、またアール伯の動きの波及についての勧告でもあった。

 なにより、陛下からデルス代官宛ての委任状よきにはからえを携えてきたとなれば簡単に判断することはできなかった。


 アール伯がいうには、陛下の許可を受けて王都内外からアール伯領へ人員や物資が送られる。その経路上にダイク直轄領が存在する。

 人やモノの流れがあればよからぬことを考える者も現れるもの。

 これが一時的なもので終わるかはアール伯が出す成果次第であるが、当座神官や商人がダイク直轄領内を通過することは間違いない。

 そして実際に盗賊による襲撃があった。

 それはアール伯領に向かう以外の用途がなく整備が行き届いていない地帯で、ラビットの輸送車が襲われたのだという。


 よりにもよってラビットである。

 ラビット系列をまとめるラビット魔動錬金会社は現在国内でも有数な企業で対新帝国への外交にもかかわっている。

 それはカネは持っているだろうが、なにかあればどう話が転ぶかわからない。

 ダイク直轄領内でそんな事件が起きたなら間違いなく厄介事だ。


 事前通知もなく厄介事が領内を行き来していたと知り、デルス代官は顔を青くしたそうだ。

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