第12話
旧領都から帰還した翌朝、アール伯エニィ・ウェアは領民を集めて演説をすることにした。
昨夜のうちにアーク代官、さらにラビット玩具開発のローズと今後について話をした結果だ。
「皆、竜肉は行きわたったかな?」
村の中心近く、領主館の前にある広場で、偶然手に入った竜肉を焼いて領民に配布する。直火焼きドラゴン。滅多に食べられるものではない。だいたい火に強いくせに肉は焼けるのは不思議だ。魔法的な作用によるものだろうか。
手にいれた本人は冒険者用の宿舎で寝ており欠席、領民のおかあちゃんたちに手伝ってもらっている。
この場には百人足らずの領民と、アーク代官及び部下二名、外部の人間だがローズとケニス、冒険者カッツ、マーグ、アユ、サヴァが肉を手にしていた。
「こほん。我はアール伯である!」
「知ってるよ」「姫さまー!」「食べていい?」
「姫さまはやめなさい。珍しい竜肉が手に入ったので皆に分け与える。食べていいぞ」
「やったー!」
エニィは領民に舐められているんじゃないかと思ったが、喜ぶ子どもを見てまあ子どもの言うことだから、と気を取り直す。
「我が領民たちよ、これまでよくこの領を維持してきてくれた。今日は新しい話をするために集まってもらった。ああ、肉は食べていい。おかわりもあるからもらいなさい。みんな腹いっぱいになるくらいあるから。今日領地を訪れたのは他でもない、アール領の再開発が決まったからだ」
「おかわりー」「あたしもー」「再開発」「なんと」
ざわめき、おかわりする領民たち。
竜肉は筋張っているが、あごが強い領民たちは平気で食べていた。おかあちゃんたちが丁寧に筋を切ってくれているおかげもあるだろう。
「魔物による浸透を受け、アール領は狭くなってしまったが、失われていない。諸君の努力のおかげである。しかし、もう少し力を貸してもらいたい。かつてのアール領を取り戻すための段階に入ったのだ。人を集め、力を集め、新たな経済をこの地に築く。そのためにこれまでこの地で生きてきた諸君の力が必要だ」
「租税が増えるんですかい?」
「いいや」
「労役ですか?」
「そうなるだろう。だがただ増えるだけではない」
エニィは領民を見回す。
不安げな者、にやにや笑っている者、渋い顔をしている者。様々であった。
「まず三カ所を新たに開拓する。必要な人とモノを他所から持ってくることになるだろう。諸君には魔物の領域との境界で生きてきた知恵と経験を新たにやってくる者たちに教え導く役割を任せたい」
「教え導く、ですか?」
「そうだ。新たにやってくるだろうものたちは戦いを知らない者もいるだろう、あるいは畑を耕したことがない者も、その両方であるかもしれない。新しく開墾しながら彼らをまとめ導いてほしい」
「そんな役立たずを連れてこなきゃいかんのですか」
「そうだ。諸君のうち、多くは引退した冒険者か、あるいはその子孫だ。中には畑の耕し方を知らなかった者もいるだろう。だが諸君はここでの生き方を教え同胞となってきた。規模が大きくなり苦労は増えるだろうが同じように考えてもらいたい」
ざわめきが大きくなる。
アール領の村の構成員は開拓者協会で役につけなかった元冒険者が多くいる。
怪我や年齢のため引退した者たちがすべて街で食い扶持を得られるわけではないが、あぶれたすべてが魔物に殺されているわけでもないのだ。
アール領のような自前の戦力が少ないが魔物の脅威にさらされているような村はそういった人員を引き受けることがあった。
開拓者協会は冒険者の囲い込みは嫌うが、使えなくなった人員の処分においては利害が一致するのであった。
少なからず魔物の脅威がある辺境の村では衰えても戦いの経験がある元冒険者は都合がよいのである。
あとは元の住人と融和できるかどうかだが、アール領では冒険者に対して比較的友好的な政策をとっているために、そして代官が冒険者を経験していることもあってかなりマシな方と言える状況を維持してきている。
「大きな仕事になるだろう。その中心になれるのは信頼でき実績がある者。つまり今までここで生活し、我が家に尽くし、自らのため生き抜いてきた諸君だ。もちろん新しい事をするのだから、諸君も新しいことを取り入れなければならないこともあるだろうけれども、この地を知っているのは諸君なのだ」
エニィは皆を見回した。
「そしてこの場所、現在のこの村を守ることも必要だ。この村は中央や隣領との窓口として人の出入りが激しくなるだろう。新たな村はこの村への魔物が流れないよう抑える役割も持たせる場所に目星をつけている。また、人の出入りの中に怪しからんものが混ざることもあるかもしれない。様々な人との折衝を行う場所になる」
「そんな不安があるのにやらにゃあならんのですか」
不安げな領民が問う。
悪い輩が入り込むようなおそれがあるようなことをあえてするべきかと。
エニィはその領民を見据え大きく頷いた。
「そうだ! やらなければならない! そうでなければ、このアール領は静かに消えていくことになるだろう」
「婿が来んのですか」
「そういうのじゃない」
後継問題は確かにあるが直ちに影響はないのだ。
「この度、ラビット系列の者たちの助力を得た。知っているだろう、この村でも使っている魔動錬金具を扱っている組織だ。彼女がラビットのローズ殿である。そして皆が口にした竜肉を狩ってきたのも彼らである」
「なんだって」「すげえ」「おもちゃすき」
夜間働いたうさみは寝ていることもあり、狼系獣人族、ローズを紹介する。
今後当面この村を拠点としてラビットの窓口として活動してくれるとのことだ。
うさみは一旦王都に戻って折衝を受け持つとのこと。大丈夫なのか確認したところ、うさみは何とかなると、ローズは王都ならお目付け役はいらないと思いたいと言っていた。大丈夫かわからん。
「今ならば諸君の力を借りられればうまくいくと確信している。我々の、諸君や私の子や孫に、我々より豊かな生活を与えるためにどうか力を貸してくれ!」
エニィは少し大げさかと思うほど、大きな身振りで目の前の百人足らずの皆に訴えるように声を張り上げた。
わずかな時間、誰の声も咀嚼音も聞こえない沈黙が降りた。
そして。
「俺はやるぜ、なあみんな!」「姫さま命じてくださいよ、やれって」「まものやっつけるのー?」「肉が食えるな」「畑が広がるよ」「やったね」
わいわいと話し出した領民たちの声。
聞こえてくるのはおおむね好意的なものだった。
エニィは内心胸をなでおろし、しかし敢えて胸を張って告げた。
「ありがとう。目標は、私の代で旧領都を取り戻すこととする。皆、よろしく頼む!」
こうして、アール領再開発は本格的に動き出したのである。
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