第40話

「ううううおおおおおおおおりゃあああああああ!」


 一角竜の突撃に大剣を合わせて正面からはじき返す。

 お互いに体勢が崩れるが、そうなれば立て直しは身体が小さい方が有利。

 更にはじかれた勢いを大剣の振り上げに利用しながら、流れた体をしならせ、踏み込み、全身を使って。


 振り下ろす。


「どっせあああああああああああああああ!」


「うおおおおおすげええええええ!?」

「うっそ」


 圧倒的な質量と速度に対する力と技を兼ねそえた一撃。

 一角竜は真っ二つ……ではなく、ビリビリと震えたかと思うと淡い光を放ちながら崩壊していった。

 同時に歓声が上がる。


 ついに一角竜を倒す者が現れたのだ。

 それは冒険者ではなく、アール伯の臣下の騎士でもなく、ひょっこり現れた開拓者協会の支部長ゼップーであった。

 23話でアール伯領入りしたその足で、アーク代官に案内されてラビットの実験場にやってきて、幻影魔物の一角竜を見て曰く。


「本物より弱いな。迫力も足りん」


 じゃあ倒してみせろよ望むところだ、とこうなった。


 そして実際に正面から打倒せしめたのである。

 こんなん無理だよ倒せねぇよと蹂躙されるばかりだった一角竜が斬り捨てられたことで、今まで散々弾き飛ばされてきた冒険者たち、そして騎士(見習い)たちは大いに歓声を上げた。

 しかしそこでゼップー支部長から一言。


「お前らそれだけ集まってワシができることも出来んのか」


 煽った。


「鍛えようが足りんようだな。ワシが来たからにはみっちりしごいてやるから覚悟せいよ」

「ひぇっ」


 冒険者たちをギロリと睨みつけての宣言に、先ほど歓声を上げていた冒険者たちは悲鳴を上げるのだった。








「あれが開拓者協会の支部長ですか。とんでもないですね」

「どうやったらあの質量差で打ち負けずにいられるんだ」

「鍛えてるんだろうねえ。いい踏み込みだったね」


 引退おじさん大暴れから、やってきたアール伯に支部長が引き取られていった後。

 ラビット玩具開発一同は額を寄せ合って先ほど起きたことについて感想を言い合っていた。


「実際のとこ、幻影の衝撃力ってどんなもんなんだ」

「本物よりは衝撃は小さくなるが、大差ないともいえる。仕組み上、対抗できる威力の攻撃でなければ弾き飛ばされるから、あれは本物も受け止められるんだろう」

「魔法もなしにそんなことできるんだなあ」

「どんなスキル構成なんだろうね」


 一般に、魔物を倒せば倒すほど強くなる。

 人類はレベル、スキル、クラスという三つの力を神々から授かっている。

 レベルは生存性と魔力を高め、スキルとクラスは過去の人類が到達した地点まで追いつくことを容易にしてくれるもの。

 つまり、人類は家ほどの大きさの竜と正面からぶつかることができる可能性をもっているということだ。

 鍛えれば誰でもできるということ。


 だが、近いところまで鍛えていない人にとってはちょっとイメージ湧かないだろう。

 自然とかわしながら対応することを考える。

 そうならないということはそれだけ鍛えているということで、ゼップー支部長は頭一つ抜けた実力者だということだ。引退していても。鍛えるのをやめてもスキルなどは下がらないのでそこはまあ。


 実験に参加してくれている冒険者は雑用を選んだ人たちなので実力的にはそれほどでもないということもある。その中では最初に関わったカッツたちが最も動きがいいだろうか。

 それでも四人揃って一角竜を正面から倒せるほどではないから、ゼップー支部長の強さが際立つ。


「でもこれで、強い魔物が出ても対応できるようになったってことですかね」


 アール伯領全体の話だ。


「一体ならね。それはそれとして防壁はあった方がいいだろうし、アール伯が結界を使えばかなり戦力は補強できるでしょ。まあわたしたちが考えることでもないけど」

「そんなこと言ってー」

「それよりさあ、あんな簡単にやられたの悔しくない? そっちの方が気になるっていうか」

「わかる」

「一泡吹かせたかったよな」

「俺のかわいい一角たんが」

「かわいいか……?」


 強い人が増えれば領の防衛力が上がる。アール伯にとっては喜ばしいことだろう。

 だが、戦力が一個人にゆだねられているというのはあまり良いことではない。

 その人が病気にでもなったら?

 うっかり寝過ごしたら?

 暗殺でもされたら? これはまあ、対魔物では滅多にないことだから必要ない考えだが。

 ぎっくり腰にでもなったらどうだ。若くてもなることはあるが年を経るとなりやすくなる。

 一角竜の勢いを殺した一打目もすばらしかったが、断ち切った全身を使ったあの二撃目も見事なものだった。

 だがあれは一歩間違えば腰をやる。間違わなくとも負担がかかる。昔取った杵柄というやつで、うさみは少し剣を知っているのだ。

 そう何度も使える技ではない。実際対戦後、隠していたが腰に違和感を覚えている様子だった。ちょっと張り切っちゃったのだろう。



 うさみは代わりがいないことは長期的には良くないことだと考える。

 代わりがいない人は休みなしで働き続けなければならないのだ。

 そんなのつらい。

 まあ支部長が前線で戦うことなんてそうそうないだろう。しかし、そうせざるを得なくなった時、引退した支部長は休めなくなる。修羅場からは逃げられない。

 それに開拓者協会の支部長は厳密にはアール伯の部下ではないし。


 ともあれ、アール伯領の戦力は相互に替えがきくものを複数揃えるべきである。

 と、うさみは勝手に考えていた。特にエニィに伝えてもいないけれど。いうまでもなく理解しているはずだ。

 うさみは戦いには基本関わらない。それは領主の仕事だ。意見を求められない限り口は出さないだろう。だっておもちゃ屋さんだもの。あるいは魔動錬金技師。


 というわけで、改善である。

 どうすればゼップー支部長を驚かせることができるか。


「火でもはかせる?」

「目を魔眼にするとか」

「あんまり元が持ってない能力つけるのはどうですかね」

「というか一角竜にこだわることなくない?」

「もっと強い魔物を再現するのか。素材がなあ」

「弱い魔物を使って戦術や動きで驚かせられないかね」

「行動の型四つじゃやっぱり足りないな」

「それなんだけど、親指じゃなくて別の指で押せるところに」

「ボタンの組み合わせ……その手が!」


 刺激があるとアイデアも出やすくなる、こともある。

 今回はうまく働いたようで様々な意見が交わされた。

 これでまた幻影魔物対戦(仮)が完成に近づくことであろう。

 それはそれとして、うさみはそろそろ違うものもいじりたくなってきていた。

 なにがいいだろうか。そういえば車用のオーディオ機器が欲しいなあと考えた覚えがあった。車用以前にオーディオ機器がない。記録媒体をどうするかが問題だ。


 今日もラビット玩具開発は平和であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る