第41話
ゼップーは領主の屋敷よりも優先して建てられた開拓者協会アール伯領支部を見上げてつぶやいた。
「王都の本部よりゴツいな」
「中見てきましたけど、全部石造りでしたよ」
「調度品はないって話でしたが、石像がいくつか置いてありました」
先に中に入っていた部下たちの報告を受けてさもありなんと頷くゼップー。
支部は、神殿の次に大地神官の手で建てられたと聞いている。
アール伯領にいる彼らの本業は彫刻家なのだという。
受付、資料庫、倉庫、宿舎、その他で構成され、宿舎は仮設だがそれ以外は形はできている。
内装はまだということで、そして必要なものを作ってくれるとのことで急いでリストを作らなければならない。
これから忙しくなるからだ。
ゼップーはアール伯領に到着し、アーク代官と再会したのち、ラビットの実験場という場所で一角竜を見て、アール伯と合流、四つの神殿を見てから、改めてアール伯との会談を持った。
現状の確認。
五つの村を同時に開拓しており、うち三つが森に接する。
村と村の間を農地とする。
水路を使い魔法的な防御を整え、同時に最外周を水堀とし、さらに水利を確保する。
水路に合わせて防壁を設置、現在は木材による柵を建てているところ。
王都では難しかった技術の実験、試験を行う技術者を受け入れている。
水路外周内の魔物は多くを狩った。アール伯の配下の武官が見回りを繰り返し駆逐を目指している。
森の魔物は調査中。
森を切り拓くにあたり、魔物の同行に可能な範囲で気を配る。特定の魔物を狩りつくして別の魔物の暴走を招くという事態を避ける、あるいは予見できるように。
当代の間に森の中の旧領都遺跡まである程度の安全を確保することを目指す。
最優先で水路、続いて仮設住宅、神殿、開拓者協会支部、防柵、道、職人用の作業小屋等の整備を進めており、水路は直近で必要な部分を浄水池まで含めて完成、神殿と開拓者協会の石造部分は完了、道と防柵の整備と並行して仮設住宅の充足を今後も人口が増える前提で進めている。
ひと段落したら仮設住宅を流用している宿を専用の建物に、住居も更新し、領主屋敷に取り掛かる予定。
現在の領主屋敷、今ゼップーがアール伯と話しているこの場所は、仮設住宅を三つくっつけたもので、応接用の一角、仕事場、住空間で構成されている最低限のもののようである。伯という肩書からするとはっきり言って粗末なものだ。通常ならば権威を示すために立派な建物を建てるところ、優先順位を落としていることから余裕のなさがうかがえる。
「農地はどうされるおつもりで? 見たところ、荒れ地で地の質は高くないようでしたが?」
ゼップーの知っている限り、元のアール伯領の村、現在の門の村周辺を除いて、森までの範囲は荒れ地だった。そして今日回った限りでもそれは変わっていない。水路があるので水の心配はなさそうに見えたが、土地がやせていては。
「神官の方々の協力を得られました。豊穣祭を行って土地の力を補充します。二年ないし三年で結果を出せるでしょう。その間の安全を確保するため開拓者協会の力を借りたい」
一年目で試し、二年目で継続できるかの確認、あるいはもう一度試し、三年目で確認といった目算だろうか。
豊穣神官の力を借りて、というが、カネもかかるし効果範囲の面でも限界があるはずだ。とはいえこれだけはっきり言い切るのだから何か根拠があるのか。
農地が確保できればひとまず領地の経営は回り始めるだろう。農作物は魔物に悩まされるこの世界で貴重なものだ。だから土地を持つ領主の力が強い。
だがその農地を確保するのに必要なのは武力である。
その武力の主軸を開拓者協会に外注しようというのだから、肝が据わっているのか考えが浅いのか。
この一か月ほどでアール伯が行ってきた対魔物の施策を考えれば慎重なほど考えているので単純に考えが浅いとはいいがたいだろうか。
「地形情報と遭遇報告をまとめたこの地図はわかりやすくていいですな。この魔物の人形もいい。目に見えてわかりやすくなりますな」
「彫刻家が趣味で作ったものでね。例の実験場の幻影を見て触発されたらしく、ちょうどいいので使っています」
地図の上に置かれている、大地神官が手慰みで作ったという魔物の人形は、妙に生命力あふれいきいきとしている。これだけで売り出しても買うものは出るだろう。
地図自体には地形や目印を示すもののほかに方眼が引かれており、縦横の記号を組み合わせることで場所を示すことができるようになっていた。
「魔物情報の共有、選別しつつの間引きという方針は承知しました」
「この地図と同じ物としこれまでの資料の写しを用意しました。記号を揃えているので共有にはこれを使ってください」
「それはありがたい。その他は以前の取り決めの通りでよろしいか?」
「ええ。緊急時の冒険者の初動はお願いします。追加の依頼があれば都度。それと現金は用意してありますが、食料の配給券と、将来的には宿の利用券を、利用したいと思っているのですが」
「配給券ですか」
「ええ、依頼を受けた冒険者への対価の前払い分の一部として。今は寝食を提供していますが、将来的にはこのままではいけないでしょう。それこそ囲い込みと見られてしまう。貨幣による取引の前段階として雇用期間中利用可能な券という形で提供できるようにと考えているのですが」
貨幣で取引すればいいじゃないか、と考えるのは気が早い。
もともと辺境や農村などでは貨幣が流通しない。規模が小さいと物々交換で十分だからだ。当然税も物納だ。
現在のアール伯領の施策、そして魔物の領域と接していることから考えると、魔物の素材を換金し戦力を保有しなければ、予算が足りないだろう。継続してかかる費用だ。
その戦力は開拓者協会で賄うつもりのようで、そうなると貨幣による取引となる。
そして貨幣によるサービスの提供を求められるようになるだろう。食事、宿、装備の補修や補充など、これから魔物退治が増えれば増えるほど需要は高まる。
領民も貨幣を扱うようになる。
切り離そうとすると決済をすべて領主が扱うことになる。それは恐ろしい手間であり取引件数が増えていきまず手が足りなくなる。
だからこれは避けられない。
そんな中、これまで貨幣をろくに触っていない元からの領民が、何かしら不利な立場になる可能性がある。不慣れなものを触るのだ。
取引相手は商人や冒険者になるだろう。貨幣での取引は慣れている。
そこで、ということだろう。
交換券のやり取りを間に挟んで領民に物々交換以外の取引に慣れさせようと。
アール伯領での活動のため、食事の提供や宿の利用と交換する券、当然アール伯領の外では価値はない。盗みや詐欺の対象にはなりにくいはずだ。
さらに、領内でしか使えない交換券をもらったなら、前金を取って逃げるような不届きな冒険者も出にくいだろうし被害も減る。そよでは価値がないのだ。
そういう輩は開拓者協会で取り締まるが、絶対にいないわけではない。開拓者協会は伝統的に来る者は拒まないからだ。
なるほど考えてある。
もっとも、ゼップーとしては失敗しても初めから貨幣を触らせる方が手っ取り早いと思ったが。そこは口を出すべきところでもないだろう。
「少し検討が必要でしょうな。貨幣価値にしてどの程度に充当するかなども取り決めなければ」
「そうですね。では改めて配給食料の試食の場と、提供する宿が出来次第確認の場を用意するということで」
「手間をおかけしますな」
「いえ、こちらが言い出したことですので。それとですね」
「なんですかな?」
「領民に護身の術を、戦い方、逃げ方などを教えてもらいたいのですが。依頼料はどの程度が妥当でしょう?」
それからこまごまとした確認をしたのち、引き渡された開拓者協会支部の建屋へ到着した。
これから冒険者の配置、探索範囲についての検討と割り振りの手続き、冒険者の希望の受付などを進め早急に支部を稼働させなければならない。
正直冒険者の指揮をほぼ丸投げされるとは思っていなかった。想定以上に仕事が増える。かといって開拓者協会の発言力が高まることを断るのもおかしな話。
そして最後にぶち込まれた領民への指導。
個人に教えるという仕事はたまにある。開拓者協会は協会員に指導をしている。
だが、外部の者に大規模に指導するということはまず聞かない。
開拓者協会の利益の保護という点でも、相手方の組織にとっても開拓者協会親派が生まれる可能性や戦力が見抜かれる可能性があるので都合がよいことではない。
アール伯はそれを押しても利益があるとみているのだ。
いったん持ち帰って検討としたが、どうするべきか。
ゼップーは連れてくる人員を抑えたことを後悔したのだった。
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