第38話

「自由度が減るかと思ったが、なかなかいいじゃないか」

「いろいろ組み合わせれば選択肢は確保できますね」

「誰でも操作できるのがいいな。消費魔力はもう少し制限をかける必要はあるか」


 ラビットの実験場ではいつものように幻影魔物が動き回っていた。

 ただし、現在はアール伯の部下や冒険者と対決しているのではなく、幻影自体の動きを確認しているところである。


 幻影の魔法によって再現されている幻影魔物を玩具に、娯楽に落とし込むための工夫の最中で、これがうまくいけばまた人を相手にすることになる。


 今回の工夫は魔物の動かし方である。

 これまでは魔法使いが直接操作することで本物そっくりの動きを目指していた。

 しかし、それでは腕のいい魔法使いがいないと遊べなくなってしまう。

 娯楽に特化した魔法使いなんてラビット玩具開発のほかに何人もいないだろう。

 常識的に考えて、魔法は魔物と戦うための武器の一つだ。

 魔物との戦いに役に立つから魔法使いは地位を得ている、というのはうがった見方だが、そういう一面があるのは事実。

 そんな今までの地位を投げ捨てて他者の娯楽に時間や労力を振り分ける魔法使いは、多くはないのだ。

 平和な国であれば違うかもしれない。

 しかし、ジューロシャ王国は隣に帝国があり魔物に削られてきた国であった。


 ともあれ、腕のいい魔法使いを前提とした娯楽は成立させることが難しい。

 腕のいい魔法使いでなくとも幻影魔物を操作できることが求められた。

 そこで出てくるのが魔導錬金技術である。

 ラビットの本業だ。


 魔導錬金技術は完成した品を使うだけなら誰でもできるという目標をもっている。

 魔法を使うのは魔法使い。開発するのは魔導師。魔力次第で万能無限。

 錬金術による産物の多くはだれでも利用できる。技術としては世界の法則を突き詰め利用するものだ。世界の法則を凌駕する魔法による対策されると効果っを得られない欠点がある。

 この二つを合わせた魔導錬金技術はいいとこどりを目標としているのだ。

 魔法をより身近で誰でも扱える道具とし、その前提を積み上げて新たなものを作る。

 ただ、欠点を克服もできていないのも現状で、有限な魔力と魔法と錬金術の組み合わせによる不安定性との闘いが続いている。


 話がそれたが、幻影魔物を誰にでも扱えるようにするにはどうすればいいか、その答えの一つが今回の成果。

 幻影魔物の行動パターンを複数用意し、どの動きをするかを選ぶだけで自動的に一連の動き、例えば走るであるとか、かみつくであるとか、体当たりするであるとか、そういった行動をとることができるようにしたのだ。

 そして、その行動パターンを操作者の手元にある入力板のボタンを押すだけで選択できる。

 入力板の形状はうさみの提案がひとまず採用された。両手で持てる程度の大きさで、上下左右を示すボタンと行動選択のボタンが四つ。あまり多いと操作が混乱するためである。

 上下左右を移動に使うので移動ボタン。四つのボタンが行動ボタンと名付けられ、一つの魔物に移動と四つの行動を設定できるようになった。


「とはいえ再現可能な行動パターンはもう少し増やしたいが。四つで十分なのもいるが足りない方が多いだろ」

「ウサギが耳を立てて警戒するだけの動き要る?」

「要るよ?」

「移動の加減も調整したいな。わずかな間合いを詰めたいだけなのに大股で移動するのは隙が」


 ああだこうだと話ながら試作が繰り返される。簡易な試作なら魔法カードを使えば十分で、在庫はたっぷりあるのでやり放題である。


 そうやって皆が楽しんでいると。


「うーさん、アール伯が来たよ」

「はーい」


 アール伯が現れた。

 幻影魔物の開発はアール伯も噛んでいる。

 そのことも含め、頻繁に、ほぼほぼ日を置かずに様子を見に来るので、この短い期間で皆慣れてしまっている。

 丁度いい休憩の目安とするものや、まるで気にしないで作業を続けるものも出るようになった。


「うさみ、調子はどう?」

「いらっしゃーい。新しい手法がまずまずの手ごたえでね。課題も多いけど」


 実験場の隅に応接セットというには心もとない質素だが機能的な組み立て式の椅子と机が置いてあり、いつもそこで応対している。

 常備してあるお茶セットで、魔法で出した水と炎によってお茶を入れて一息。


「輸送車ありがとう」

「費用出してくれれば全然いいよ。うちが原因みたいだし」


 ラビットの飯が美味いせいで領の皆に美味いものを食わせなければならなくなった、などという冗談のような話である。

 普通なら一笑に付すところだが、冒険者が集まって陳情してきたとなると冗談ではすまなかった。現状のアール伯領の戦力は、まあ少ないと言っていい。飯が美味いので反乱とか前代未聞の事態に発展したかもしれない。

 しかし、調理技術はともかく食材がなければラビットの社員食堂基準の質には届かない。となると食材を用意する必要があるが、植物も動物もすぐには育たない。よって輸入するしかない。


 早急に、結構な量をとなると、限られる。

 なのでアール伯エニィはうさみを頼ったのだ。

 ラビットは独自に輸送車による定期便を用意していた。

 輸送車なら王都からアール伯領まで片道一日以内ですむ。王都近隣から新鮮な食材をアール領まで持ち込めるのだ。

 これに便乗できないか、と相談したのだ。

 最終的には、輸送車の数を増やす結果になったのだが、これは特に問題にはならなかった。

 ラビット全体を考えると人手が不足しているのだが、身内向けの輸送の仕事ということで社員の技能育成に利用されることになったのだ。

 輸送車の運転ができる人員はいくらいてもいいだろう。


「それともう一つの件、魔法を教える件だけど、現状保留にしたわ」

「そうなの? この国の人は魔力が多めだからいいと思ったんだけどな」


 魔動石生成リングを装着し続けることで、装着車の魔力を奪い続ける。これによって魔力の最大保持量と回復量が鍛えられるという副作用があるのだ。

 とはいえ、本職の魔法使いほどになるには何年、何十年とかかるし、魔法使いとしてきちんと鍛えるほうが効率は良い。

 それでもこれから新たに魔法使いになろうとするならば他よりも有利であることは間違いないのだ。


「魔法使いギルドとの関係や教師、それに取り締まりの体制が用意できないから時期尚早」

「そっかー」


 戦力的に不安定なアール伯領だからこそ、魔法を広めれば役に立つと思ったが、不安定だからこそ下手に広められないのだと、エニィの言には一理ある。

 時期尚早というからには将来的にはやる気なのだろう。早いに越したことはないだろうが、手が足りないなら先送りもやむなしといったところか。


「それなら、領内のリングの強度を強めて素養を高めるのはどう?」

「え?」

「今閾値を九割にしてるけど、日常的に魔法を使わないなら五割とかでも全然平気なはずだから。いや不慣れだとしんどいかな。八割でも二倍になるし。魔動石の産出量が増えたらこっちもうれしいしね」

「できるの? いえ、安全の担保は?」

「水路結界の使用許可がもらえるならできるよ。安全についてはリングを装着できる人なら問題ないよ。少なくとも八割ならよっぽどじゃないと気づかない程度」

「影響が出ないわけではないのね。……検討の時間をちょうだい」

「どうぞどうぞ。いつでも言って」


 その後、幻影魔物の具体的な進捗と、少しの雑談をして、アール伯は帰って行った。


「ちゃんと休めてるのかな」

「まあ忙しそうですしねえ」


 だいたい仕事の話ばかりなエニィを心配するうさみだった。ちょっとだけ。

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