第9話「逃げた理由」


 「ヒュー、田辺くん。何とか逃げ切れたな」

 「ふっ、やりましたな。松坂殿。ひやひやしましたぞ」


 「でも本当に。俺達はあくまでアニメ同好会がメインだし、この後に打ち上げなんてマジ勘弁だよな。そもそも本来はサッカー部に入ったつもりだってない。あんなの不当だ」

 「当たり前。今日の我々には絶対に外せない使命がある。さあ超天才声優、風宮空様のサイン会に行きましょうぞ」

 「おう!」


 抽選に当たって1カ月前から楽しみにしていたあの大人気声優、風宮空ちゃんのサイン会。やっぱり同士である田辺くんも申し込んでいたか。さすがだぜ。

 間違ってもサッカー部の打ち上げになんて邪魔されていいものではない。

 まぁ、とりあえず急いで乗り込んだ電車ももう出発したから安心だ。

 危なかった。


 「そういえばさっきの美少女は松坂殿のお知り合い?」

 「ん? 玲奈のこと? まぁ知り合いというか隣人?」

 「え、え、び、美少女幼馴染の隣人属性!? なんですぞ、なんですぞ! その萌えすぎる王道な設定は」

 「いやいや、玲奈はそんな良いもんじゃないから」  


 ふ、美少女か。確かに外見はな。

 でもそう言えば玲奈、かなり大人っぽくなっていたな

 不覚にも「くっ、やっぱり松坂殿は侮れないですぞ。ならやはり、その幼きころに一緒にお風呂とか.......」

 

 「い、いやいやないない。田辺くん、断言しよう。幼馴染にそこまでの夢はない!」

 なかった.....よな。あれ? 


 「ふっ、まぁやはり二次元が最高ということですな」

 「そ、その通り!特に日本の二次元は世界一!」


 本当に日本の二次元はレベルが違う。

 ふっ、現に昨日また俺の嫁が一人増えたところ。


 「そう言えば松坂殿。唐突ですが、マネージャーの山岸殿ことはどう思いますか」

 「山岸さんか、俺も彼女の事についてはちょっと気になっていたよ」


 もちろんだ。俺が見逃すわけがないだろう

 

 「やはり松坂殿も気になっていましたか。良いですよな。彼女。まさに一聴惚れですな」

 「あぁ、超良いね」


 あの声は良い。超絶癒しボイス

 正直、プロになれる逸材だと思う。

 ルックスも悪くないし、むしろ普通に良い。

 なんで彼女ほどの逸材がサッカー部のマネージャーなんてしているんだよ。おかしいだろ

 今度俺と田辺くんでその才能を自覚させてあげる必要があるかもしれないな。

 もったいなさすぎる。彼女の声をアニメで聞きたい!



 『次は米華町~、次は米華町~、お出口は左側です。———へとお向かいの方は次の駅でお乗り換えください。次は米華町~、次は米華町———』


 

 「お、田辺くん次だな」

 「ん? いやいや次の次ですぞ。松坂殿」

 「え? そうだっけ」

 「はっはっはっ、気持ちが先走りすぎですぞ。松坂殿」

 「く~、だって楽しみすぎてさぁ」

 「わかります。痛いほどわかりますぞ、その気持ち」


 空ちゃん、早く空ちゃんに早く

 

 「って、え? あ、ま、松坂殿、う、後ろ」

 「ん? どうしたんだ田辺く......」


 あ、なんで


 「も、萌香、何も聞いてません、聞いてませんよ。聞いてませんっ」


 何でここに山岸さんが.......


 「そ、それに萌香、そんな可愛くなんてありませんし、そんな」


 あと何でそんなにモジモジと.......

 ん? それに可愛い? 

 俺らそんなこと言ったっけ? 

 まぁ可愛い女性だとは思うけれど。ん?



 『米華~、米華です。お忘れ物のないようにご注意ください。米華~、米華です。お忘れ物のないように――――――――」



 「そ、それじゃあ、も、萌香行きますので。また」


 ん? ただ家がここら辺だっただけ? 

 とりあえずそそくさと電車から降りて走っていく山岸さん......。


 「どうしたんですかな。彼女。あんなにあたふたとして」

 「わ、わからん」

 「やっぱり我々には三次元はわかりませんな」

 「うん、本当に。でもやっぱり良い声だな」

 「うむ。そこは激しく同意」


 って......あれ? 

 でも打ち上げは?

 めっちゃ楽しそうに打ち上げ、打ち上げって言ってなかったけ。山岸さん。

 まぁ別にいいんだけど。ん?


 「松坂殿、もう、もう着きますぞ!」 

 「お、おう。気合入れていくぞ、田辺君!」


 「もちろん!行きますぞおおおおおお!!!!」

 「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」



 『———電車からのお知らせです。電車内ではマナーを守ってお静かにしていただきますようお願い致します。———電車からのお知らせです。電車内では――――』



 「す、すみません........。」

 「申し訳ない........。」  

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