第6話 魔女の家 その四
教会のまわりは背の高い木にかこまれている。
女の自宅はその林が切れたあたりにあった。隣家と言えるが、敷地的にはそれなりに離れている。建物が道路から奥まった位置にあり、閑静なのはいいが、夜などかなりさみしそうだ。
「さあ、入って。お客さん。おいしいお茶をいれるわ」と言っている。
目尻にくっきりしわができるほど微笑んでいるが、なんとなく目が冷たい。よほど龍郎たちが怪しく見えたのだろうか。しかし、それなら少なくとも龍郎と神父は上背もあるし、屈強な男二人をふくむ四人の旅行者を自宅にあげて、無用心だとは思わないのだろうか?
どうも不審な女だ。
信用ならない。
しかし、家のなかはテレビドラマで見るような一般的なアメリカの家庭だ。テレビがあり、家族のためのソファーがあり、赤毛のアンの部屋のような可愛い家具がある。シャレた油絵も飾ってあった。家族写真には丸々と太ったハズバンドと息子や娘がいっしょに写っている。今は不在のようだが、家族はいるらしい。愛犬は龍郎のよく知らない珍しい犬種だ。
すわって待っていてくれというので、龍郎たちは思い思いソファーに座した。
「今のうちにフレデリックさんだけ戻って、鍵をあけておいてもらえませんか?」
「そうだな」
急いで神父が窓から出ていこうとしたときだ。神父が立ち止まるので、龍郎は問いかける。
「どうしました?」
「あそこ、教会の裏口みたいだな」
神父が示す樹間を見ると、たしかに枝の重なりの向こうに教会の側面が見えている。木の扉があった。
その扉の前に数人のシスターがたむろしている。いや、棺桶をかついで裏口から運び入れようとしている。
「位置から言って、さっきの祭壇脇の扉の奥にあたるな。右側にあった扉の奥だ」
「そう言えば、清美さんがさっき電話で変なことを言っていました。最初は右、最後は左だとかなんとか」
「右の扉へ進めということか?」
「そうかもしれません」
「なら、あの裏口から入ったほうがいいな。あのシスターたちがいなくなるのを待つか」
それにしても、これから葬式だろうか? 棺桶を教会のなかへ入れるとなれば、葬儀くらいしか思い浮かばないが。
(いや、相手はクトゥルフだからな。缶詰工場でも人魚の肉を調理してたし、常識で考えてちゃいけない)
思案しながら目線を室内に戻そうとしたとき、龍郎は気づいた。林につながる芝生のあたりだから、この家の庭だろう。妙にポコポコしている。小さな山がいくつもあるのだ。しかも、そこに木の十字架がさしてある。割り箸くらいの枝を交差させているので目立たないが、それはどう見ても手作りの墓だ。
「フレデリックさん。あれ……」
「ああ。怪しいな。ちょうど家族の数と同じだな」
「一つ多い」
「一番小型なのは愛犬じゃないか?」
「なるほど」
まさか、あのでこぼこの下に家族が埋まっているのだろうか?
もしそうなら、なぜ、そんなことになったのか?
そもそも病死なのか、事故死なのか、殺されたのか?
話しているところにハービーという女が盆を手にして帰ってきた。異様に早い。ずいぶん前からお茶の支度をして待っていたんじゃないかと思えるほどだ。
「さあ、どうぞ。みなさんはお友達同士ですか? いいですね。仲よしグループで観光旅行」
さしだされるカップからは強いハーブの香りがした。飲まないわけにはいかないだろうか?
だが、自分のぶんのカップがないのを見て、ガマ仙人がガッカリしている。
龍郎はガマ仙人をひざの上に乗せて、カップを口元あたりに持っていった。
ハービーはガマ仙人を目視できていないようだから、龍郎が胸の前あたりでカップを持ったまま話に聞き入っているようにしか見えないだろう。
ガマ仙人がペロペロとハーブティーをすする。おかげで、龍郎はたまに飲むふりをするだけですんだ。
しばらく柔和な顔つきの女とあたりさわりのない話を続けた。が、数分もすると、龍郎の肩にコトンと頭を落として、青蘭が眠りだす。
(やっぱりか。さっきのお茶に睡眠薬が入ってたんだな)
神父も睡魔に抗おうとしていたが、どうにも不可能だったらしい。そのうち、テーブルにつっぷす。
ガブリエルは天使だから人間の薬など効かないみたいだ。龍郎に目配せをよこしたあと、じゃっかんわざとらしかったものの目を閉じた。
しょうがないので、龍郎もウトウトしながら眠りこんでしまうお芝居をする。
すると、そのとたんに本性をあらわして、ハービーがヒヒヒとイヤな笑い声をあげた。
「かかった。かかった。お魚はみんな始末しないとね」
そんなことをブツブツ言っている。
(魚? なんのことだ?)
女はいったん、部屋から出ていった。それを見すまして、神父とガブリエルが起きてくる。
「なんだ。フレデリックさんも寝てなかったんですか」
「あたりまえだろ? あんな怪しいものが飲めるか」
龍郎は自分の肩にすがる青蘭と、ひざの上でヨダレをたらしているカエルを交互にながめた。
「青蘭のことは、マルコシアス。君が守ってくれ」
「わかっている」
あわただしく、ささやきかわすうちに、女の足音が近づいてきた。そっと薄目をあけると、手に大きな包丁をにぎっている。
「まったく、魚くさいったらありゃしないよ。前は静かで清潔でいい家だったのに。なんで、いつから、こんな魚くさくなって……マークも、ドンも、アンナも、魚に……」
言いながら、女はいきなり包丁をふりかざしてきた。
龍郎は青蘭とガマ仙人をかかえて床にころがる。
そのすきに、神父が立ちあがり、女の手首をつかんだ。が、ものの数秒で女は神父の手をふりはらう。とても女の力とは思えない腕力だ。
女はキイキイ奇声を発しながら包丁をふりまわす。
「魚のぶんざいで、しゃらくさいマネするんじゃないよ! 魚はみんな駆除しないとね!」
目つきが尋常じゃない。
あきらかに発狂している。
家族を殺したのもこの女だろう。さっきのつぶやきから察すると、家族が人魚になってしまったようだ。あるいは狂った女が、そう思いこんだ……。
「もしかして、クトゥルフのせいか?」
「だろうな。ふつうの人間は邪神の姿をひとめ見ただけで正気を失う」
邪神を見たせいなのか、それとも別の何かのせいなのかはわからない。ただ、教会にヤツらが巣食っていることが原因で、この女は悪い影響を受けてしまったのだ。
そばにあるだけで人の心に恐怖と
いったい、どれほどの力を有しているのか……。
龍郎は右手をかかげた。
浄化の光にさらされ、女は雄叫びをあげた。体から煙が立ちのぼり、やがて消える。
もう正気に戻すこともできなかった。心をなくして、とっくに人ではなくなっていたのだ。
「すみません。でも、仇は討ちます」
今度こそ、教会だ。
悪魔の住処へ、いよいよ乗りこむ。
了
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