第四話 スリーピー・ホローの怪異

第4話 スリーピー・ホローの怪異 その一



 青蘭のひたいのケロイドが消えている。さっき、モーテルのオーナーの魔力を吸ったからだ。人間から悪魔化した者なんて、大した魔力じゃない。じきに効果は切れるだろう。

 しかしそれでも、やはり、青蘭の心臓もまた“快楽の玉”であるという確証を得た。


 青蘭はまだ自分の体の変化に気づいているようすがない。


 外へ出るとフレデリック神父が待っていた。


「おはようございます。何かわかりましたか?」

「とりあえず、朝食を食べながら話そう」

「そうですね」


 神父の車のトランクにキャリーケースをつっこみ、ファストフード店へ乗りつけた。

 また異様にデカイ肉のかたまりが出てくるのかと覚悟したが、注文したダブルワッパーチーズはごくふつうのサイズだった。昨日のステーキのあとでは、もともと大ぶりのクオーターパウンドが標準サイズに見える。


「よかった。バーガーキングは日本と同じだ」

「僕、ポテトだけでいいよ」


 Lサイズを青蘭とシェアして食べた。

 神父は一人でLサイズを頬張っていたが、龍郎がまだ半分も進んでいないうちに、もう食べおわった。ポケットから地図を出してテーブルに広げる。


「現在地がここだ。我々がこれから行くのはここだ」


 トントンと神父の示すのは川沿いの土地だ。ハドソン川と英語で書かれている。


「ハドソン川ですか。なんか映画ありましたよね。航空機物だったかな」

「龍郎。君、意外と映画、好きなんだな」


 そう言われてみれば、昨日からやけに映画のタイトルばかり思いだしている。


「アメリカの知識って映画くらいからしか得られないじゃないですか」

「まあいい。この川沿いに問題のアジトがあるんだ。夜になるとゲートが閉ざされるが、昼間なら訪ねていける」

「訪ねる? カルト教団のアジトに?」


 神父は周囲を気にして、しッと人さし指を口の前に持ってくる。


「彼らはカルト教団を名乗ってるわけじゃないんだ。その場所には工場が建っている。魚肉を加工する工場だ」


 工場、それも魚肉加工業者。

 なんだか、カルト教団の表の顔にしては珍妙な気がした。


「アルバートが日本で起業していたのは製薬会社でしたが」

「そうだな。だが、同じ業種では目をつけられやすいと考えたかもしれない」

「ごもっともです」

「あの工場にはニューヨーク市やその周辺からつれてこられたホームレスが働いているという。そして、しばしば従業員が消えるというウワサがある」


 従業員が消える……それは日本のアルバートの会社でも口の端にのぼっていた。会社が製造する化粧品を使うと、人間が化け物になってしまうのだ。つまり、内部ではアルバートの奉仕種族を作っていた。


「怪しいですね」

「そうだろう。だから、調べてみたい。夜間に何度か忍びこんだが、ダメだね。完全に工場はストップして無人になっていた。宿舎は別の場所にあるんだろうな」

「なるほど。でも、どう言って工場に入りこむんです? 工場見学でもさせてもらうんですか?」


 言いながら、薄いアメリカンのカフェオレが気に入ったようで、何度もおかわりする青蘭を、龍郎は目で追う。少しは食欲が出てきたようだ。アメリカンドッグのドッグぬきのピーナッツバター入りを注文して帰ってくる。


 何をしても可愛いなぁと目を細めていたが、神父に視線を戻したとき、彼も同じ目をして青蘭を見つめていたので、むしょうに腹が立った。


「見て見て。龍郎さん。ピーナッツバター」

「青蘭はスイーツ好きだよね」


 戻ってきた青蘭の肩をこれ見よがしに抱きよせる。

 微妙な空気のまま、工場へ向かうことになった。


「工場の近くに灯台があるんだ。君たちはそこを観光しているふりをして、まわりからコレで観察してくれ。私は内部調査に行ってみる。何かあれば電話で呼ぶから」


 神父はそう言って、龍郎たちに双眼鏡を渡してきた。

 要するに、神父に何か危険が迫ったときの緊急救助要員のようだ。


「灯台ですか。わかりました」


 この村のなかで灯台と言えば、観光名所の一つであるタリータウンライト、別名スリーピー・ホローの灯だろう。見物しているのも楽しそうだ。


 近くまで車で送られた。

 摩天楼の森から牧歌的な田舎町へ来て、風景もそこを歩く人々も、どこかのどかだ。ほんとにこの穏やかな小村に悪魔がひそんでいるのだろうか?


「あれが工場だ。君たちはここから歩いてくれ」


 車から降りると、右手に塀にかこまれた敷地があった。問題の工場だろうが、思っていたほど広くない。工場というより、古い納屋のようだ。あるいは波止場によくある倉庫。レンガ造りのガレッジだ。


 塀のなかを見ることはできない。だが、二階の窓には人影が見えた。一瞬のことだが、なんだかそのさまが奇異に思えた。龍郎は窓を凝視したが、すでに姿は見えなくなっていた。


 なんだったのだろう?

 ただの人にしては妙にいびつなシルエットだったが……。


「龍郎さん。どうかした?」

「いや、灯台、見えるね。ずんぐりむっくりして、なんか可愛いなぁ」

「うん。白くて、ちびたロウソクみたい」


 土台の部分は赤く、上部は白い。橋がかかっていて、歩いて行けるようだ。

 それにしてもハドソン川が広い。対岸が遥か遠い。アメリカの雄大さを感じる。


「灯台、行こうか」

「うん」


 龍郎は青蘭の手をひいて歩きだした。

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