第六話 魔女の家

第6話 魔女の家 その一



 空港につくと、ロールスロイスが待っていた。剣崎という運転手が、かたわらに立っている。


「ガストンさまの言いつけで到着をお待ちしておりました。移動のさいはぜひご利用くださいませ」


 神父がレンタルしていた車はラガーディア空港に置いてきた。足がなくなったから、たしかに運転手つきの自動車は助かる。ただし、それが高級車となれば話は別だ。あまりにも目立ちすぎる。


「フレデリックさん。問題の教会までは遠いですか?」

「ボストンから北へ約二十五マイル。車で三十分ほどだな」

「じゃあ、剣崎さん。セイラムまでつれていってもらえますか? そのあと、まずホテルにチェックインして、その後のことをそこで決めます」


 剣崎は黙って頭をさげた。やはり挙動が日本人らしい。

 剣崎があけてくれるドアの内に、龍郎たちはゾロゾロと乗りこんだ。


 ボストンもニューヨーク同様の大都会だ。似たような風景が発車してしばらく続いた。大きな道路を使い、問題なく進んでいく。乗り心地もいいので、時間の経過を苦にするまでもなく、セイラムに到着した。


 魔女狩りの街と聞いていたから、もっと暗い印象を持っていたが、オシャレなカフェやカラフルな建物の多い港町だ。一流ホテルも数多く、その日の宿は難なくとれた。ホテルは外観も落ちつきがあって、ふんいきがいい。剣崎にはこのホテルで待機してもらうことにする。


「電話番号を教えておきますので、ご用があれば、いつでもご連絡ください」

「はい。よろしくお願いします。そのときにはレンタカーで来てもらうかもしれませんが、かまいませんか?」

「ロールスロイスはお好みではありませんか?」

「いや、その、人目につきたくないので」

「ああ、そういうことですか。承知しました。では、準備しておきます」


 剣崎と別れたあと、清潔そうな青を基調にしたスイートルームで、龍郎は青蘭、フレデリック神父とともに作戦を練る。


「教会でしたよね? いきなり訪ねていくんですか?」

「まあ、観光を装ってなかへ入ることはできる」

「また別行動しますか? おれと青蘭、フレデリックさんの二手にわかれて?」


 神父は首をふった。


「いや、プライベートジェットのなかで襲われたんだろ? やつらはこっちがこの場所へ向かっていることを知っていたということだ。あっちはあっちで今ごろ、いつ我々が来てもいいように迎え打つ支度をしているだろう。それでなくても少ない戦力を分散させるのは良策とは言えないな」


 まあ、そうだ。

 それでなくても向こうは何ヶ月……へたをすると何年も前から、そこを決戦の場にするべく用意万全で待ちかねているのかもしれない。


「とすると、こっちも全力で行くしかないんですね?」

「ああ。だが、いかんせん戦力不足だな。もう少し戦闘要員が欲しい」

「エクソシストですか? あなたがたの組織から応援を呼んでもらえるなら助かります」


 しかし、それにも神父は首をふる。


「我々の組織にも君たちほどの力を持つエクソシストはいない。つっこんでいっても犬死にさせるだけだ。そんなこと、君だって望まないだろ?」


 龍郎は気持ちを落ちつけるために、ウェルカムドリンクとしてテーブルの上に用意されていたマンゴージュースを口にふくんだ。神父と話していると、どうもイライラして困る。


「じゃあ、どうするんです?」

「我々の組織からはリエルさまを呼ぶくらいしかできない。しかし、彼は秘密道具を持っているから、その力を借りることはできる」

「秘密道具ですか?」


 龍郎は子どものころに見ていたポケットから便利な道具がいろいろ出てくるアニメを思いだしたが、そういうものではないらしかった。


「聖遺物だ。以前、螺旋の巣へ行くとき、ルリム・シャイコースの涙を使ったろう? ああいったものを彼は所持している」


 フレデリック神父たちの組織のリーダー、リエル・ガブリエラ・ソフィエレンヌの正体は大天使ガブリエルだ。ノーデンスの命を受けて人間界で、アスモデウスの生まれ変わりである青蘭を見張っている。

 つまり、天使だから、天使がかつて戦闘に使用していた道具を持っていることは不思議ではない。


「なるほど。こっちの戦力と言えば、おれと青蘭……あとは清美さんの夢巫女の能力と、魔王が二人。だけど、たぶん穂村先生は本体で戦ってくれそうもないし、マルコシアスだけだな」

「マルコシアスはすぐに呼んだほうがいい。彼は異空間を飛べる。その力が必要になるかもしれない」

「わかりました。清美さんに電話してみます」


 国際電話をつなげる。ふだんはいらないオプションだと思っていたが、アメリカと日本間の通話が無料の契約になっていて助かった。


「あっ、龍郎さん。寝ずに待ってましたよ。これから魔女の家に行くんですよね?」

「すいません。日本は今、夜中でしたっけ?」

「今、ちょうど日付が変わるとこです。夜ふかしは美容の敵なんで、電話すんだら寝ます」


 ふあっとアクビの音が聞こえてくる。清美と話しているとホッとする。

 早く快楽の玉をとりもどし、日本の家へ帰りたいものだ。そして、青蘭の大好物の清美の特製プリンをいっしょに食べる。


「魔女の家というか、教会なんですが、そこがアルバートの本拠地みたいなんです。マルコシアスの力を借りたくて」

「わかってますよ〜。夢巫女ですからね。えーと、長い戦いになるので、リュックに非常食と飲み物入れて持っていってください。あと、懐中電灯があると便利ですよ〜」


 緊張感には欠けるものの、清美の予知夢はたいてい当たる。持っていけと言われれば、そのとおりにしたほうがいいだろう。


「わかりました。ほかに注意することはありますか?」

「えーと……困ったことが起きたら、とりあえず日本へ帰ってきてください。それと、最初は右、最後は左です! じゃ、マルちゃん送っときますね〜」


 宅急便でも送るようなことを言って、電話は向こうから切られた。一瞬、言いよどんだことが気になる。よっぽど言いづらいような事態が、これから起こるのだろうか……。

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