第3話 ゴーストホテル その二



 列車で二時間かかるところを、フレデリック神父の運転する車で一時間半で到着した。


 スリーピー・ホローはニューヨーク州のウェストチェスター郡、マウントプレザントの町のなかにある。

 ニューヨーク市から北へ移動すること三十マイル。石油王ロックフェラーの豪邸カイカットや、スリーピー・ホローの灯と呼ばれる灯台、ロックフェラー保護区などがあり、観光にも適した風光明媚な土地柄だ。


 都会の喧騒に飽きたニューヨーカーが美しい自然を求めて着目したのが、近郊をふくめたハドソン・バレーだという。なんとなく地元のM市にも通じる穏やかな景色は、龍郎をほっとさせた。こういうところでなら、住んでみてもいいと思う。


 しかし、龍郎たちは観光で来たわけではないのだ。

 すぐにも怪しいカルト教団の支部を調査に行きたかったが、すでに夜も遅かった。


「今日はいろいろあって疲れてるので、休んでもいいですか?」


 龍郎だけなら平気だ。

 でも、青蘭にムリをさせたくない。

 昨日はM市から東京へ、東京からニューヨークへと十三時間もフライトしたし、それでなくても青蘭はこのところ、あまり眠れていなかったのだ。


「そうだな。しかたあるまい。私はもう少し調べてから寝るが、君たちはさきに休むといい」


 というわけで、龍郎と青蘭は村に来て最初に目についたモーテルに入った。ヒッチコックの映画『サイコ』に出てきたような駐車場と一階建ての個室がならぶ造りだ。オレンジイエローの外壁が、やけに目立つ。


「今夜はここでいいな?」と神父に言われ、しかたなくうなずく。


 受付のカウンターには男が一人いた。三十代のなかばくらいだろうか。座っているので身長はさほどに感じないが、胸板の厚さや二の腕の太さは、日本でならボディビルダーくらいしか見たことがない。黒髪でヒゲが濃かった。


 カウンターにはゴチャゴチャと男の私物が置かれている。家族の写真らしきものもあったから、モーテルの経営者なのだろう。


 何から何まで神父に任せっぱなしというのはカッコ悪いので、龍郎は自分と青蘭が二人一室で一晩泊まりたいむねを述べた。


 男は「はい。四号室」と言って、壁につりさげた鍵の一つを手にとり、カウンターになげてきた。日本なら四という数字が縁起が悪いと言って、多くの旅館やホテルでは欠番になっているが、ここはアメリカだ。不吉な数字も異なる。

 前金でと言うので、宿代を払ってから四号室へむかった。


 神父はとなりの五号室を借りたが、そのまま、どこかへ出かけていった。


「あっ、困ったな。晩飯が何もない。アメリカってコンビニ見ないけど、あんまりないのかな? この時間までひらいてるレストランが近くにあればいいんだけど」

「もう十一時すぎだよ。ファストフードの店は閉まってるんじゃない?」

「青蘭、お腹減ってる?」

「僕はあんまり。でも、龍郎さんが行くなら僕も行くよ」


 青蘭は食が細いから一食くらいぬいてもかまわないだろう。が、龍郎はそういうわけにはいかない。食べ盛りの二十代男子だ。お腹はグウグウ鳴っている。


 スマホで検索すると、近くにバーがあるようだ。バーならまだ営業しているだろう。


「じゃあ、いっしょに行こうか。青蘭」

「うん」


 青蘭がそっと龍郎の腕をとり、自分の腕をからめてくる。

 アメリカ人には青蘭は完全に女に見えるようだから、きっと絶世の美女をつれた羨ましい男と思われる。まだ銃社会の実感はないが、強盗には気をつけたほうがいいかもしれない。


「そう言えば、龍郎さんに先々月からの給料をふりこまないと。ニューヨークで銀行によっとけばよかった」

「そんなのアメリカから帰ってからでいいよ」


 ずっと、このときが続いていくのだと思っていた。二人、ならんで歩くことが、あたりまえすぎて。


 スマホのナビに導かれて歩いていくと、ほどなくバーがあった。いちおう明かりはついている。窓ガラスのなかには数人の客の姿もあった。


「よかった。あいてる」

「僕、スイーツが食べたいなぁ」

「アメリカのスイーツって、なんだろ? ピーナッツバターのサンドイッチとか? 高級レストランと同じメニューってわけにはいかないだろうからね」


 酒がメインだろうから、軽食があるとしてもだろう。スイーツまで置いてあるかどうか保証はなさそうな店だ。外灯がいい感じに点滅している。絶妙にさびれた感がかもしだされていた。田舎っぽくて悪くない。


 店内へ入ると、いっせいに先客の視線がそそがれてきた。誰か口笛を吹いたヤツがいる。


 龍郎は青蘭の肩を抱いて、彼らから離れたテーブルに座った。テンガロンハットをかぶったチャーミングなウェイトレスがメニューを聞きに来る。テンガロンは制服だろうか。


「ご注文は?」

「ディナーをとれますか?」

「おすすめはビッグステーキ」

「ビッグ……」


 ちょっと心配になったが、まあ大丈夫だろう。アメリカの食事は大量だと聞いたので覚悟していたのだが、ニューヨークのレストランは日本と大差なかった。大きくても、せいぜい二人前ていどだろう。それなら青蘭とシェアすればいい。


 そう考えて、

「ビッグステーキ一つ、お願いします。それとビール一つ、ミネラルウォーター一つ」と注文した。


 しばらくして、テーブルを埋めつくすんじゃないかってほど大きな肉のかたまりが運ばれてきた。つけあわせのフライドポテトだけで満腹になる量だ。


「ど、どうしよう。青蘭」

「……僕、いらない」

「ええー? ちょっとは手伝ってくれてもよくない? ポテトだけでも」

「見ただけで気分がいっぱい」


 ライスかパンも頼もうかなんて考えていたが、やめておいてよかった。胃袋が破壊されるところだ。


 まわりの客たちがこっちを見ながらゲラゲラ笑っている。さては小食の日本人をからかうつもりだったのか。

 酔っぱらった彼らは、さらにからんでくる。


「ヘイ、ボーイ。美人をつれて、いい気分だな?」

「ええ。おかげさまで」


 負けずに言い返すと彼らは笑った。


「あんた、日本人かい? ようこそ、伝説の街へ」

「楽しい伝説があるんだそうですね」

「おお、たくさんあるぞ」

「首のない騎士のほかにも何か?」

「あるとも。最新のやつなら、この近くのモーテルに出る先住民の霊だな」

「先住民?」


 ネイティブ・アメリカンと男たちは何度も言った。

 近所のモーテルと言えば、龍郎たちが泊まっている、あの宿ではないのだろうか?

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