オマケ プロポーズ大作戦



 龍郎と青蘭がアメリカへ旅立って一週間。

 清美は腐った趣味を思うぞんぶん満喫している……はずだった。


「清美くん。茶菓子を買ってきたぞ。茶をいれてくれ」

「…………」


 穂村だ。

 また来たのか、と、清美はため息をつく。

 正直、毎日だとウザイ。それでなくても、今、読んでる新刊がいいところなのだ。


「穂村先生。なんで毎日来るんですかぁ? 食材が一人ぶんしか買ってないんですよ。龍郎さんがいないと買い出しもバスや電車だから、めんどうなんですよ?」

「買い出しくらい、私が車を出してあげるとも」

「えっ? ほんと?」

「うむ。だが、その前に茶にしよう」


 言いながら、ズカズカあがってくる。しかたあるまい。

 清美は続きを読むことをあきらめて、ヤカンをガスコンロにかけた。


「せっかくの静かな日々が侵害されていくぅ」

「何を言ってるんだね。三英堂の和菓子だよ。いらんのかね?」

「それはいりますけどぉ」


 清美には龍郎たちが帰ってくるまでに、シリーズ全五十冊を読んでおくという目標があった。誰にもジャマされたくないのだ。


 だが、老舗のおいしい和菓子につられて一服していると、穂村は急にコホンとせきばらいして、あらたまった口調で言いだした。


「清美くん。私と結婚してくれ!」


 なんだろうか?

 今、なじみのない単語を聞いた気がする。


「えーと、おかわりですか? はいはい。二番茶ですよ〜」

「いや、そうではない。私と結婚してくれないか」

「…………」

「…………」

「はいはい。二番茶ですよ〜」

「いやいや、君、違うだろ。それなら、さっきの間はなんだったんだ?」

「二番茶ですよぉ……」


 穂村はバン!——と両手で座卓を叩き、明言した。


「二番茶ください!」

「はいはい。二番茶ですよ〜」

「ハッ! しまった! いや、違う。違う。清美くん。茶はいいから、ここにすわりたまえ」

「えっ? お茶飲まないんですか?」

「茶はあとで飲む」

「ふうん。じゃあ、わたし、さっきの続き読みますんで、お茶が欲しくなったら言ってください」


 敗北の魔王。

 肩を落として帰っていく。


 翌日。


「おーい。清美くん。買い物に行くんだったな。送ってあげよう」

「はいはい。よろしくお願いしま〜す」


 市内のスーパーへ移動。


「清美くん。買い物ついでにコーヒーでも飲んでいかないかね?」

「ヤですよ? 今日のノルマをまだこなしてないんで」

「ノルマ?」

「一日五冊は読まないと、龍郎さんたちが帰ってきてしまうんですよ!」

「…………」


 魔王敗北。

 翌日。


「清美くん。寿司を買ってきた。いっしょに食べよう」

「毎日来ますねぇ。大学教授って、そんなにヒマなんですか?」

「ヒマなわけじゃない。だから、君に大事な話があるんだよ」

「はいはい。なんですか〜? あっ、お茶わかしますねぇ」

「茶はもういい! 君はどんだけ二番茶が好きなんだね?」

「わたしが好きなのは一番茶ですよぉ」

「いやいや、茶の話はいいんだよ。だからだね。私と結婚してくれ!」

「…………」

「…………」


 清美は玄関の天井を見あげて、しばらく考えこんだ。


「えっと、もう一回言ってください」

「結婚してくれ」

「血痕? 穂村先生って、吸血鬼だったんですか?」

「字が違う!」

「というと?」

「結ぶ婚約だ」

「結びコンニャク……? 煮てほしいんですか?」


 魔王敗北。

 玄関さきにくずれおちた。


 じつはこういうことは、龍郎たちが旅行へ行くたびにくりかえされてきた。

 この魔王を前にしてもまったく動じない、ゆるい精神性。くわえて絶品のスイーツ。しっかりと胃袋をつかまれた。清美のお菓子は悪魔を虜にする味なのだ。


「えーと……清美くん。そんなに私と結婚したくないわけでもあるのかね? わたしは魔王だがこの体は人間だし、元妻とは円満離婚した。定期収入もある。何が不満だね? 人柄? 私のパーソナリティが気に食わないというのなら、それはいたしかたない。潔くあきらめるが、理由を述べたまえ」


 清美はあいかわらず天井を見あげ首をかしげている。雨もりでもしているというのか!


「そんなの決まってるじゃないですか!」

「うむ。なんだっ?」

「結婚したら、この家から出ていかなくちゃいけないんですよ? 龍郎さんと青蘭さんのイチャイチャが見られなくなるじゃないですか! そんなの楽園からの追放です! キヨミン、ロストパラダイスッ!」

「…………」


 キヨミン、ロストパラダイス……。

 ロストパラ……。

 ロスト……ロス…………。


「……わかった。今日のところは寿司を置いて帰ろう」

「もう毎日ジャマしに来ないでくださいねぇ。あっ、でも、お寿司は歓迎ですよ〜」


 人間の女とは怪奇な生き物なり……。


 秋風に吹かれ、一人、帰路につく穂村であった。




第十一部『ルルイエの夢魔王』に続く

https://kakuyomu.jp/works/1177354055321748845

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宇宙は青蘭の夢をみる10(旧題 八重咲探偵の怪奇譚)『アザトースと賢者の石編』〜見せかけの王のレゾンデートル〜 涼森巳王(東堂薫) @kaoru-todo

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