第8話 激闘のインスマス その二



 ワンピースのせいでよくわからないが、おそらく下半身は蛇なのだろう。

 上半身は美しい少女。

 スカートから下が数十メートルもある蛇の体になっている。蛇の部分にも大きな翼が二対あった。合計六枚の翼だ。


 少女からはあいかわらず天使の香りがただよう。

 だが、悪魔の匂いもする。

 天使と蛇神、その両方の力を有しているということか。


 少女は長い胴体をくねらせながら急降下してくる。

 両手のかぎ爪の攻撃だ。


 龍郎は右手に力をこめた。

 ガブリエルから借りた天使の剣が現れる。その刀身に退魔の剣が重なり青く輝く。

 祭壇にとびあがり、その上から降下してくる少女の腕を狙った。

 残酷だとか言っている場合じゃない。青蘭の体に深刻な変化が始まる前に、なんとしても快楽の玉をとりもどさなければならない。


「チェストー!」


 薬丸自顕流でふりおろした剣はあやまたず、つきだした少女の手首を切り落とす。まずは左手。武器を一つずつ奪っていかなければ——


 そう考えたのもつかのま。

 少女はスッと体勢を低くし、自分の手首をひろいあげる。よく見ると、その断面は石のようになっていた。ギラギラ光るガラスのような断面のなかを流動性の半液体がうごめいている。


(あれ、どっかで見たことが……)


 少女が手首を断面に押しつけると、たったそれだけで切り落とされた体の一部がもとどおりにひっついた。


 石のような断面。

 切断されてもすみやかに修復する能力……。


 とにかく、じっとしてはいられない。続けざまに剣をくりだす。太い蛇の胴を切断することはできないが、狙いどころが長いぶん、刃を走らせれば傷口がいっきにひらく。

 血がしぶくと、そこから紫色のガスがふきだした。強い酸の匂いがあたりに充満する。


(酸……毒ガス……)


 これにも既視感がある。

 なんだろうか?

 以前にも、こんな相手と戦ったような?


 そう思った瞬間、少女の髪がねじれ、数本ずつの束になった。それはまたたくまに生きた蛇になる。


 青蘭が叫ぶ。

「アスタロトだ!」


 そうだ。まちがいない。以前、魔界で戦い、浄化し、青蘭のなかに吸われた魔王。


 そして、いったんひいた少女の両手のなかに弓矢が現れたとき、龍郎は確信した。


「石のように化身する能力はマイノグーラ。あの弓矢は魔王レラジェだ。全部、これまでにおれたちで倒してきた。あの子は快楽の玉に吸収された悪魔の能力を、自分のものとして使えるんだ!」


 言っているそばから、少女の手から矢が放たれる。

 それは矢尻に猛毒がぬられている。体にふれただけで傷口が腐りおちるのだ。


「危ない!」


 少女が狙っているのは青蘭だった。やはり青蘭を殺して、その魂を奪おうとしている。


 龍郎は青蘭をかかえ、よことびに跳んだ。ゴロゴロと床をころがる。

 マルコシアスが青蘭をくわえて宙に舞いあがる。教会内部の空間を不規則な動きで飛翔し、弓矢の攻撃で狙われにくくした。あれなら矢はもう当たらないだろう。


 すると少女は自分の髪からできた蛇を両手でひきぬいた。それらは少女の体から分離すると、龍郎の腕くらいの太さと長さがある一匹の毒蛇となる。スルスルと無数に這いより、龍郎たちの足場を悪くした。


 龍郎は仲間たちに忠告する。


「気をつけろ。アスタロトの血はそれだけで猛毒だ。ふれると体が腐敗するぞ!」


 レラジェの毒矢はもともと、アスタロトがその身の毒を与えたものだという。

 つまり、あの蛇たちにかまれれば、龍郎たちは体組織が壊死してしまう。


 アスタロトは腕を切り落としても、また生えてきた。ましてや少女がぬいているのは髪だ。いくらでも補充がきくらしく、かぎ爪でサッと自らの髪を払うと、そのすべてが蛇となって床に這った。


 ふれることができない上に、これでは近づくことすらできない。

 少女は反撃できない龍郎たちを見ると、満足げに蛇の増殖をやめて、背中の翼を羽ばたかせる。飛ぶ気だ。青蘭をくわえたマルコシアスを攻撃するつもりなのだ。


「龍郎! 蛇くらい浄化できるだろう? サッサと片づけてくれ」


 神父に罵倒され、龍郎は右手を高くあげた。天使の剣の輝きが増し、周囲を白熱する光で照らす。


 蛇は焼けおちた。

 が、それもほんの一時だ。

 少女が髪をふりはらえば、またすぐに無数の蛇が復活する。


 少女は飛びながら髪を切り、そしてマルコシアスを追った。天井付近で二柱の巨大な魔王がめまぐるしく飛びまわる。


「こっちも飛び道具、ないんですか?」

「ある!」


 神父がポケットから拳銃をとりだす。


「そんなもの効くんですか?」

「効くわけないだろ? あの巨体だぞ」

「じゃあ、どうするんですか?」

「やるだけやる。それしかない!」


 今しも少女の手が青蘭の体に届きそうだ。かぎ爪から毒液がしたたりおちるのが、下にいる龍郎たちにも見える。

 神父はピストルをかまえ、引き金をひいた。銃撃音が空を裂く。が、鋼のような音を立て、銃弾は鱗の胴体の表面で跳弾ちょうだんした。


「やはり、効かないか」

「これを使え」


 そう言って、ガブリエルは三発の弾をさしだした。まとうオーラで、天使たちの武器と同じ、石物仮想体からできているとわかる。


 神父は素早く弾をつめかえ、狙いすまして撃つ。

 すると、今度は蛇の胴体にめりこみ、血がふきだす。流血は最初、細い筋にすぎなかった。が、少しずつ量が増え、まるで蛇口をひねったように噴出する。命中したあとも銃弾が内部を破壊している。


 神父はすかさず残り二発も撃った。少女の動きが鈍る。

 しかし、そのおかげで教会のなかは毒霧が蔓延し、息苦しい。なみの人間には耐えられないレベルだ。


「フレデリック。おまえは外へ出ていろ。死ぬぞ」


 ガブリエルが命じる。

 神父は迷っていたが、顔色がみるみるどす黒くなっていく。確実にこのままだと死ぬ。それが自分でもわかったようで、しかたなさそうに外へ退避した。


 龍郎も苦しかったが、気力で立っていた。青蘭が危ないのに自分だけ逃げていくことなんてできない。


「青蘭ッ!」


 両手で剣をにぎりしめ、祭壇にかけあがる。

 タイミングを見計らい、ふたたび、跳躍した。少女がちょうど低空飛行をしているときを狙い、切っ先をつきだす。手応えがあった。

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