第三話 ゴーストホテル

第3話 ゴーストホテル その一



 ヘンリー・ガストンは死んでしまった。彼から手がかりを得ることはできなかった。


 アメリカ人がさわいだので、マンションの住人が警察を呼んだらしい。

 そのあと、龍郎たちはやってきた警官にかなり長時間、拘束された。龍郎たちが犯人だとは思われていないだろうが、ありえない現状に警察も困りはてているようだった。


 青蘭は弁護士を呼んでと言いかけて笑った。その弁護士の佐竹が気絶したまま、意識をとりもどさないからだ。救急車で病院へ送られたらしい。一般人には、それもしかたない。

 龍郎や青蘭は怪異になれているから、さまでショックを受けずにすんだが、あたりまえの感覚の人であれば正気を失いかねない。


「セオドア・フレデリックさんを呼んでもいいですか?」


 龍郎は主張した。

 弁護士の代わりになる人物と言えば、フレデリック神父しか思い浮かばなかった。神父は国際警察のような特権を持っているし、それに今、アルバートが教祖をしているというベネフィット教団の本拠地を探すために、アメリカに来ている。本拠地が判明したらすぐに連絡してもらう約束になっていた。


 とは言え、アメリカは広大だ。

 もしも、神父がラスベガスで漫遊でもしていれば、飛行機で移動したとしても、ずいぶん待たされるところだったのだが、意外と彼は近くにいた。


「ああ、龍郎くんか。どうした?」


 電話をかけることがゆるされたので、さっそく呼びだすと、すぐに通話がつながった。先日、青蘭がさらわれたとき、このくらいの速さで通じていれば、あの苦渋の三択をルリムからおしさつけられることはなかったかもしれない。


 とにかく、現状を説明する。


「——というわけなんです。今、警察で事情聴取されてるんですが、なかなか納得してくれなくて」

「青蘭もいっしょか?」

「もちろん」

「じゃあ、すぐ行く」


 青蘭のことが心配だから来るのだろう。龍郎一人ならほっといたのではないだろうか。


「今、どこなんですか?」

「スリーピング・ホローだ」

「えっと、そんな名前の映画があったような」

「ニューヨーク州にある村だよ。二時間までは待たせない」

「そうですか」


 なぜ、そんなところにいたのか気にはなったが、とりあえず来るというので安心した。神父を待っているあいだの時間は何度も同じことを聞かれてウンザリだった。が、約束の二時間より三十分以上も早く、神父はやってきた。「おまえがやったんだろう!」と言われてこそいなかったものの、ガタイのいいポリスマンに囲まれ、疑いの目を浴びせられていたため、神父の姿が聖剣を持った勇者に見えた。


 そして、神父は何やら口早に英語をまくしたて、龍郎と青蘭をマッチョの軍団から救いだしてくれた。ようやく、ミッドタウンサウス分署をあとにすることができた。


「ありがとうございます。助かりました」

「なんで君はすぐ警察に捕まるんだ? もっと要領よく立ちまわれよ」

「すいません……」


 ごもっともではあるが、いったい誰が玄関ドアをあけたら室内のすべてが雑巾のようにしぼられているだなんて想像できるだろう。わかっていたら、もっと用心していた。


「……ところで、ベネフィット教団の本拠地はわかったんですか?」


 神父はちょっと考えこむ。

「いや、本拠地かどうかはわからないが、少なくともベネフィットの支部だろうとあたりはつけている。それを確認しようとしていたら、君から電話がかかってきた」

「すみません」


 もう一つオマケで謝っておく。もうこのさい、謝罪の言葉なんて安いものだ。


「じゃあ、スリーピー・ホローという村が、そうなんですか?」

「スリーピー・ホローはもともと伝説の場所なんだ。首なし騎士が出るという。スリーピー・ホローの明確な場所はわかっていなかったが、最近になって、伝説の場所とおぼしき地に、伝説と同じ地名をつけた村ができた。それが、スリーピー・ホロー」


 龍郎は考えた。

 スリーピー・ホローと聞いたときから、なんとなくオカルトっぽい映画のイメージがあったのだが、首なし騎士と聞いて映像が思い浮かぶ。


「えーと、たしかティム・バートン監督の映画で、主演がジョニー・デップ」

「ご名答」


 なんだかバカにされているような口調だが、まあいい。気にしていたらキリがない。


「その映画なら観ました」

「映画化は何度かされている。原作はワシントン・アーヴィングの『スリーピー・ホロウの伝説』だが、じっさいに言い伝えのある場所だ」

「そこにベネフィット教団が?」

「ベネフィットかどうかはわからないが、最近になって、妙なカルト集団が暮らすようになったというウワサを聞いた」

「なるほど」


 アメリカの新興宗教なんて数えきれないほどありそうだが、神父がそう言うからには、なんらかの根拠があるのだろう。


「じゃあ、おれたちもそこへ行って調べてみます」


 アルバートがその地にいるのなら、一分一秒でも早く行方をつきとめたい。


「いいだろう。荷物は? このまま向かってかまわないか?」

「ホテルに着替えを置いてあります。とってきてもいいですか?」


 しょうがないなというようすで神父は肩をすくめた。


「乗れ」


 到着が早かったはずだ。神父はレンタカーで移動していた。アメリカ人の体型にピッタリの大型車を指さされ、龍郎は青蘭をつれて乗りこむ。

 快適にすごすはずだった高級ホテルから荷物を持ちだし、伝説の村へと旅立った。

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