第7話 虚構への道 その二
やつらの目的がだんだんと明るみになってくる。
邪神による地球上の支配。
現行の文明はすべて滅び、この世の勢力図が大きくぬりかわる。
そのちょうど境いめに、今、龍郎たちは立っているのかもしれない。
「どうにかして、防がないと」
「そのためには邪神を倒すしかない。龍郎。今こそ、我々の組織に入ってもらえるだろうか?」
「えーと……」
急に矛先がこっちに来た。
クトゥルフに復活されるのは困るが、かと言って、ノーデンスの狙いがなんなのかもわからない。ノーデンスは青蘭を——というより、アスモデウスを使って何かを成し遂げようとしている。つまり、青蘭の害悪となる可能性が高い。
「ちょっと、そのことはまたあとで。とりあえず、ここが人魚を育てる畑だってことはわかったけど、それだけじゃなぁ。誰もいないし、ここからどこかへ行けるわけじゃないのかな?」
ガブリエルは残念そうな顔をしたが、それ以上強く誘ってくることはなかった。
龍郎はあらためて、神父にたずねる。
「この教会のどこかに邪神、または少なくともアルバートはひそんでいるはずだ。フレデリックさん、さっきの祭壇脇の左側の扉でしょうか?」
この霊廟にも右手に扉が一つある。が、それはさっきハービー家から見た裏口だ。外へ出入りするだけのものだろう。
「そうかもしれないな。戻ってみよう」
と、話していたときだ。
どこからか足音が響いた。
くぐもった音だが、確実に近づいてくる。外からではない。壁をへだてて、どこかに広い空間があるかのような響き。天井の高い空間に反響している。
「地下だ」と、神父がつぶやいた。
そう。耳をすますと、足元のどこかから、その音はこっちへ向かってきているとわかる。
龍郎たちは棺桶のかげにしゃがんで身を隠した。懐中電灯も消して待つ。
しばらくすると、棺桶の一つのふたが内側からひらかれる。棺桶の一つが地下への入口を隠すフェイクになっているのだ。
それが見えたのは、なかから出てきた人物が明かりを持っていたからだ。災害時用の大型の懐中電灯だ。あれなら、かなり広範囲を明るく照らせるだろう。
棺桶をかついでいた尼さんたちだろうか?
ふたを持ちあげる手が見えたあと、ようやく頭が棺桶のなかから現れる。
プラチナブロンドの巻毛が光にきらめく。ひたいも真珠色に輝いている。なぜなら、鱗が照明を反射させるからだ。
青と緑。左右の瞳の色の違う双眸。
あの少女だ。
アルバートの妹である。
「アスモデウス……」
ガブリエルが聞こえるか聞こえないかの小声でささやいた。
少女の造作は双子のガブリエルが見ても、自身の片割れに酷似しているのだろう。そう言えば、左右の瞳の色の異なるオッドアイも、彼らは鏡写しになっている。
あの子を今度こそ捕まえなければならない。快楽の玉をとりもどす。
一人で出てきてくれたのは助かった。今回は飛行機のなかのようには行かない。こっちにも、ガブリエルとマルコシアスがいる。もしも空間を飛んで逃げられても追っていくことができる。
青蘭をマルコシアスに任せ、龍郎はそっと少女に近づいていった。
少女はまだ、こっちに気づいていない。
だが、ちょうどそのとき、青蘭が意識をとりもどした。うーんと、かすかにもらした声が、静寂のなかではやけによく通った。
ハッと少女が息を飲み、棺桶のなかへ逆戻りしていく。龍郎は走りだし、閉ざされようとするふたをつかんだ。そのなかは地下へと続く階段だ。真っ暗な闇のなかへ、どこまでも続いていく石のきざはし……。
龍郎は急いであとを追った。
少女はなれた道らしく、見る見るうちに姿が見えなくなる。手にした強い照明が遠くのほうでゆれる。
百メートルは走っただろうか。
なんだか、空気が湿っぽい。
それに、どこからか潮騒のようなものが聞こえる。
おかしい。
ここは教会の地下のはずなのに。
「おい、待て。龍郎くん。一人で進むのは危険だ!」
背後でフレデリック神父の声がした。
しかたなく、龍郎は立ちどまった。後方から次々に仲間たちがやってくる。神父、ガブリエル。マルコシアスはすでに狼の姿に戻り、青蘭とガマ仙人を乗せていた。
「龍郎さん。置いてかないで」
青蘭が泣きそうな顔をするので、龍郎は素直に謝った。
「ごめん。気持ちが、はやって」
マルコシアスの背をおりてくる青蘭を抱きしめて、龍郎はふと気づいた。
真っ暗闇のはずなのに、なぜ、青蘭の表情が読めるのだろうか?
(あれ? ちょっと明るい?)
少女の手にしていた懐中電灯の光はとっくに見えなくなっている。こっちの誰かが明かりを持っているわけでもなかった。それでも、あたりはなんとなく、うすぼんやりしている。
「どこからか光がさしてる」
「水音もするよ。龍郎さん。波の音かな?」
あらためて懐中電灯をつけてみる。人工の階段をおりていると思っていた龍郎は驚愕した。
ここは教会の地下のはずだ。
いったい、いつのまに、こんなところに迷いこんでいたのだろうか?
そこは天然の洞窟だった。鍾乳洞だ。黒い岩盤がほのかに水にぬれている。
そして前方から陽光がななめに入りこんでいた。
(変だな。たしかに下へ下へ走ってきた。一度も上がり坂なんてなかったんだけど……)
違和感をおぼえる。
だからと言って、ひきかえすこともできなかった。
あの少女はこのさきに逃げていった。一本道だから、どこかですれ違ったり、見逃してしまったということはない。
「行こう」
そう言って、龍郎は歩きだした。
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