第七話 虚構への道
第7話 虚構への道 その一
教会の裏口付近は無人になっていた。さっきのシスターたちはいない。忍びこむのなら今だ。
「青蘭は眠ってしまったのか。どうするんだ?」
「つれていきます。人目につかないところまで行けば、マルコシアスが本体に戻れるから」
「青蘭だけホテルに帰したほうがいいんじゃないか?」
そうかもしれない。
迷うところだ。
これから行くのは、かなり危険な場所であることは間違いない。とは言え、長丁場になるらしい。長期間、一人にしておくと、青蘭が何をするかわからない。龍郎たちを追ってくるかもしれない。それなら最初からいっしょにいるほうがいい。
「いえ。つれていきます。清美さんの言いかただと、なかに何日いることになるかわかりませんし」
神父は肩をすくめただけで反論はしなかった。
裏口へ近づいていったが、そこにも当然のことながら鍵がかかっていた。神父が外したものの、どうやら、なかから
「しょうがない。表にまわろう」
けっきょく、教会のなかへ戻ることになる。
「右だな」
「たぶん」
とりあえず清美の言うことを信じて、右側の扉を選択する。ものの数十秒、神父がガチャガチャやっていると、旧式な鍵はノックアウトされた。カチリと小気味いい音を立て、扉がひらく。
龍郎は青蘭をかかえているので、神父が先頭に立って、扉のなかへと入っていく。次にガブリエル。龍郎で、そのあとをガマ仙人を乗せたマルコシアスがついてくる。
とても暗い。
何も見えない。
それに、生ぐさかった。魚の腐ったような磯の香りが急激に強まる。
「そうだ。懐中電灯」
用意していたのが功を奏した。さっそく清美の助言が役立つ。龍郎はしゃがんで青蘭の頭を自分の胸にもたれさせたまま、鞄から懐中電灯をとりだし、スイッチを入れる。神父も同じく明かりをつけた。二つの懐中電灯が照らしだしたのは、殺風景な墓所だ。石造りの室内に棺桶がたくさんならんでいる。
「ただの霊廟かな?」
日本では土葬があたりまえだが、アメリカでは遺体が腐敗しないようエンバーミングをほどこして、生前の姿を保ったまま安置しておくことがあるはず。とくに富豪や著名人などの場合。
「いや、それにしては魚の匂いがひどすぎる。ふつうの墓場じゃないだろう」
そう言って、神父は棺桶の一つのふたを外した。強烈な臭気があふれだす。遺体が損傷しているから……ではなかった。棺桶のなかには海水が満たされていて、そこに変な生き物がよこたわっていた。鱗の生えかけた人間だ。まだ、ところどころに人だったころの面影が残っている。
(人魚……)
青蘭が育った診療所で、以前、アンドロマリウスが秘密裏におこなっていた実験。
自身の細胞をもとにアスモデウスの遺伝子配列を再現し、天使を造るというもの。
研究の途上で、おそらく、人間や邪神の奉仕種族なども実験台に使用していた。その犠牲になり、人魚になりかけた女性を見たことがある。全身のなかで口元だけが人の形を残していた。
あのときの残酷な姿が脳裏をよぎる。
「ここは、人魚の製造工場だ」
「ああ。どうやら、そのようだ。ほかの棺桶のなかも、あらかたそうだ。缶詰工場に運びこまれていた人魚は、ここからつれだされていったんじゃないか?」
あの工場、ホームレスを雇っているという話だった。うまいことを言って行方が知れなくなっても都合のいい連中を集め、人魚に変えて缶詰の原料にしていたのだ。
問題はその缶詰をどうしていたのかということなのだが……。
「やつら、缶詰をどうしてたんでしょう?」
「製品ができあがれば、とうぜん出荷していただろうな」
「どこへ?」
「消費者のもとへだろう?」
「それって、邪神ですか?」
「まさか。邪神なら生の人魚を踊り食いだ」
それはそうだ。そのほうが新鮮だし、加工する意味がない。
「じゃあ、いったい、誰に出荷して……」
暗がりのなかで見るせいか、心なし神父の顔色が悪い。神父は歯切れ悪い口調で言った。
「人間だろうな」
「人魚の肉を、人間に。人間が食っても害はないんですか? 気分的に気味が悪いってだけじゃなく、体にさわりは……」
龍郎はふと思った。
さっきのハービーという女。家族がみんな魚になったと女は思いこんでいた。それが狂った彼女の妄想ではなかったのだとしたら……?
「まさか、人魚の肉を食べると、その人間も人魚に……?」
神父は答えない。が、その表情が告げている。龍郎の考えが正しいことを。
「人間を次々、人魚にして……そんなことをして、なんになるんだ? 邪神の食料か?」
すると、口をひらいたのはガブリエルだ。
「グレート・オールド・ワンズ。邪神はもともと地球の神だった。我々が駆逐し、封印するまでは。やつらは眠っているだけ。目覚めれば、またこの星を支配するだろう。そのための奉仕種族を増やそうとしているのではないか?」
それは恐ろしい考えだ。
これまで何度か邪神と戦ってきた。ツァトゥグアやマイノグーラは倒した。でも、それは彼らのほうから青蘭を目当てに襲ってきたから、言わば正当防衛だった。
でも、やつらの狙いが人類全体におよぶのだとしたら、否が応でも戦わなくてはならない。でなければ、人類は滅ぶ。
「いつ、やつらは目覚めるんだ?」
「そのときは近いのかもしれない」
鉛の重みが胸にズシリと落ちてきた。
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