第4話 スリーピー・ホローの怪異 その三



「怪しいね。どうする? 龍郎さん」


 青蘭に言われるまでもなく、とてつもなく怪しい。

 何か恐ろしいことをしている可能性の高いカルト教団が、こんなふうに不用心に門戸をあけっぱなしにしておくものだろうか? それとも、やはりここはただの工場なのか……?


「いや、でも、ほかに方法がない。行こう」


 なんなら、青蘭だけ外に残しておこうかとも考えたが、もしも二人を分断させることが敵の魂胆だったとき、快楽の玉を失った青蘭が単独では危険だ。龍郎がそばについていたほうが安心だった。


 ドアノブに手をかけると、カチャリと簡単にまわる。

 そっと、なかをのぞいた。

 昼間なのに暗い。窓が一つもなく、電灯もついていない。細長い廊下が奥へむかって一直線に伸びていた。

 人影はない。


 しかたないので、龍郎は廊下へふみこんだ。防犯カメラなどがついているふうはない。が、潜入が得意な神父が見つかって捕まったということは、なんらかの監視は立てられているのかもしれない。


「ドキドキするね。龍郎さん。手をつないでよ」

「うん。しっかりにぎってるんだよ」


 廊下の両側には木の扉がいくつか並んでいた。鍵はかかっていないので調べてみる。できあがった商品の倉庫のようだ。大きな缶詰や木箱が詰みあげられている。とくにおかしなものはない。拉致した人間を隠しておけるようなスキマなどもなかった。


「ここは製品化されたものばかりだね。原材料もどこかに保管されてるんだろうけど、大きな冷蔵室みたいなものでもあるのかな?」

「神父、冷凍されてたりして」

「やめてくれよ。死んじゃうじゃないか」


 たしかに、それは考えられる。

 冷凍にしてドラム缶に詰め、ハドソン川に沈めてしまうのだ。

 恋敵とは言え、それはかわいそうすぎるので、早く助けなければ。


 倉庫を出ると、廊下のつきあたりに鉄のドアがあった。小窓がついていて、のぞくと外から見えた工場のようだ。冷凍室のようなものは、少なくとも裏口付近にはなかった。


 工場のなかには人の姿がある。

 双眼鏡でのぞいたときのように職員が作業中だ。長い台の上に載った加工済みの魚肉を缶詰につめている。


 だが、そのとき、裏口のほうがザワザワした。トラックのエンジン音もする。


「また出荷するんだ。マズイ。隠れよう」


 青蘭の手をひいて、さっきの倉庫の一つに身をひそめる。

 まもなく、裏口からドカドカと複数人の入ってくる足音が聞こえた。何やら外から持ちこんでくる。どうやら出荷ではなく、材料を運び入れてきたようだ。廊下の脇にあるドアは素通りし、工場のなかへ直通で運んでいくのが音でわかる。


(缶詰の材料か。きっと大量の魚だな)


 何往復かして、運搬人はまた裏口から出ていった。入口に近い倉庫から缶詰を運びだしていったようだ。


「よかった。見つからなかったね」

「龍郎さん。なんだか生臭いよ」

「魚を運びこんできたみたいだからね」


 運搬人が出ていったのを確認してから、倉庫のドアをあけた。工場のなかをもう一度、のぞき見る。


 さっき運びこまれたばかりの材料を台に載せ、これから解体するようだ。数人がそこに集まっているので、テーブルの上がよく見えない。


「……ここはただの魚の工場か。じゃあ、フレデリックさんはなんで捕まえられたのかな」


 単に不審者が侵入していると思われたのかもしれない。しかしそれなら、警察に引きわたすなりなんなりで、騒ぎになっているはず。何事もなかったかのごとく営業を続けるだろうか。

 この工場に何かが隠されていることは間違いないと思うのだが……。


 思いきって工場のなかまで入っていくしかないだろうか。

 おそらく、敷地内のどこかには冷凍室や事務室などもあるはずだ。そのどこかに神父は囚われている。


 どうにかして、なかの人たちに気づかれずに工場内へ入りたい。

 試しにドアノブをにぎってみた。まわすとキィッとかすかに軋む。あわてて、もとに戻す。

 なかの人たちがいなくなるのを待つしかないだろうか?

 しかし、もしほんとに青蘭の言うように、神父が冷凍室に閉じこめられていれば、あまり長時間放置しておくと凍死してしまう。


 気ばかりあせりながら、小窓からうかがっていたときだ。

 作業中の手前の人物が、大きな肉切り包丁を手にとった。それを勢いよくふりおろす。ダン!——と硬い音がした瞬間、ギャーッとかん高い獣の断末魔の声が響いた。おどろいたことに締めてないらしい。まだ生きているのだ。


(うわッ。悪趣味だな。たしかに鮮度は保たれるけど)


 ダン、ダン、ダン!

 何度か大きな音が続くと、獣の悲鳴はとだえた。


「龍郎さん。気持ち悪い……」

「そうだね。いくら魚だって言ってもね」

「そうじゃない。なんだか……変な匂いが」

「えっ?」


 青蘭の肩を抱きながら、気をとりなおして、なかをのぞく。

 包丁をにぎった人物がそれを置くために体をずらした。

 すると、さえぎるものがなくなり、台上のが龍郎たちの視界に入ってくる。


 龍郎はあやうく悲鳴を飲みこんだ。

 バラバラに切断されてはいるが、それは明らかに……。


(人……間、か?)


 こみあげる吐き気を必死にこらえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る