第30日-2 動機
「……というわけで、カミロが〈輝石の家〉にオープライトを取りに行っていただろうことがほぼ確定しましたー」
『ご苦労様です』
〈輝石の家〉を出た俺は、帰り車の中で無線を入れて、養護施設で見たものすべてをミツルくんへと報告をした。話を聴いたミツルくんは、そっけなく返事する。
『〈輝石の家〉がオーラス財団経営である以上、オーラスがオーパーツに関わっているのも間違いないのでしょうね』
「じじいが関わっていると思うか?」
『これだけの規模で、むしろ関わっていないと思うほうがどうかしていると思いますが』
冷え冷えとした声に笑う。
「ミツルくん辛辣」
まあ、実際は同感だけど。
「あとは、奴が何を企んでいるかだな」
『気になるのは、マーティアス・ロッシの存在です。彼女は自らの死を偽装してまで、オーラスのもとへ下った』
「彼女が研究していたのは〈クリスタレス〉……」
『それからRT理論……時間操作ですね』
思えば、いつもこの二つがセットで有るな。メイのオーパーツは〈クリスタレス〉で時間操作。〈クリスタレス〉の捜査をすると、ピートとかいう時間操作オーパーツを持っている護衛に出会う。
「本当の目的は、そっちかな……」
〈クリスタレス〉は、単に結晶を必要としないというだけ。有害物質を直接身体に取り込むことにはなるが、それ以上のことではない。オープライトが発掘され、独自のルートで入手できている今、〝オープライトなしでオーパーツを使える〟なんてことに、さほど価値があるとは思えない。
であれば、使いたいオーパーツが〈クリスタレス〉だと考えるほうが自然だろう。
〈クリスタレス〉にオープライトを嵌めて使う改造を施すことは、アーシュラがやってしまったように、もうできる技術と考えたほうがいいだろう。マーティアスもきっと同じことができる。なら、その程度の改造じゃ足りない何かを動かそうとしているとかだろうか。それはどんなオーパーツだ? エネルギーはどれだけ必要なんだろう?
いずれにしても、どいつもこいつも研究者って奴は、叶わない夢を見ていやがる。
ミツルとの通信を終え、そのまま運転に専念する。坂道を下っていけば、ディタの住宅街だ。その横を素通りして行けば、そのうちセントラルに着く。
「貴方は……これからどうするの?」
俺が通信を終えたからだろうか。レインリットさんが後部座席のアスタに問い掛ける。
バックミラーでアスタの顔を確かめた。奴は足元に視線を落としている。
「無事、自由に動けるようになったら……正式にあの孤児院を出ようと思う。その後は……俺、どうなるのかな」
視線を上げると、瑠璃色の目を不安そうに揺らした。オーパーツに関わったことで法に触れたことを、今更ながらに気にしているらしい。
「オーパーツ利用の件なら、とっくに書類送検されてるよ。前歴はつくけど、刑務所行きにはならないだろ」
「そっか……」
安心した、という感じはない。結果的に経歴に傷は付いたからな。これからの人生、リスクは付き纏うだろう。その上身寄りもなくてまさに行き場なし、か。なんとかしてやりたいが、俺も関わった奴を片っ端から助けるだけの余裕があるわけじゃないからな。
俺の両手は、すでに大事なあの二人で塞がっている。
「何かあったら、相談に来なさい」
それでもレインリットさんはそんな風に声を掛けられる。仕事だからだろうけど、それでもそう言えるレインリットさんが羨ましくもあった。
アスタを下ろし、レインリットさんをバルト署まで送って行った後、俺が向かったのはバルトにある総合病院だ。ワットを捕まえてから三日、手術を終えたカミロは今はもう意識を取り戻し、警察の監視の下入院して傷が癒えるのを待っている。
そんでもって面会許可が下りた俺は、今度こそ腰を落ち着けて、カミロと話ができるようになったというわけだ。
「さて、と。話してもらえるか?」
リクライニングのベッドの背を起こし、傷に障らないようクッションを入れてもらったカミロは、忌々しそうに俺を睨んだ。派手な格好をしていたお洒落さんも、七分丈の病院着ではただのおっさんだ。それでもいけ好かないのは変わらないが。
「話すと思うか?」
「言葉遊びは要らねぇよ。なんとしても話してもらうからな」
部屋の隅にあった丸い椅子を引っ張り出し、ベッドの脇に置いてよっこいしょと座る。じっくりと尋問してやるからな、覚悟しろ。
「〈輝石の家〉にたびたび行っていたのは、オープライトの回収が目的だった。そうだな?」
「……よくそこまでわかったものだな」
カミロは鼻を鳴らした。こういう仕草は、格好がダサくても板についているものなんだな。
それから、視線を自分の真正面に向けた。真っ白な壁にいったい何を思い浮かべているんだか。
「俺は、自分で言うのもなんだが、それなりに優秀な人間だったんだ」
自慢話か、と思ったがちゃちゃ入れるのは止めておいた。黙って先を促す。
「それなのに、何を間違ったのか、はじめに就職できたのは、大陸の片田舎でしかなかった地元の小さな企業」
「キリブレア精工か」
「オーラスに買収されたときはがっかりしたものだったよ。……だが、そのオーラスは俺のことも買ってくれた」
そこでカミロの表情が変わった。誇らしい思い出を懐かしむような表情。あいつにとっては、犯罪に関わるような人間でも、オーラスみたいな奴に認められることが何よりも嬉しいことだったんだな。あの爺さんが優秀なのは本当だし。
「で、おのぼりさんの如く、爺さんに誘われるがままに悪事に手を出したってか」
「おいお前、年下だろう。年上相手に口の利き方を考えた方が良いんじゃないか?」
「俺だってまともな奴にはもうちょっと敬意を払うぜ」
ガキを道具のように扱い、捜査官の俺を鬱陶しいから殺そうとする人には、辛辣にもなりますとも。
カミロは俺の態度が気に入らないのか、また鼻を鳴らした。
「オーパーツ……あれは実に面白かった。この島にしか存在しない、しかし世界を変える力だ」
内心溜息を吐く。違法にオーパーツを使う奴は、だいたい同じことを言う。O監・O研の中にもいるくらいだ。聞き飽きている。
「だが、会長は使えなかった。この島の貢献者であるのにも関わらず、だ。会長はそれが気に入らなかった。お前たち国の手先が会長を無視したからだ」
「っていわれてもなぁ」
「理屈じゃない。感情の問題だ」
ますます手に負えねぇっての。屁理屈こねられるよりはいいかもしれないが、駄々をこねられてもねぇ。
「そんなとき、会長は面白い物を見つけたんだ。時間を操るオーパーツと、それを研究している女」
「スーザン・バルマ……いや、マーティアス・ロッシか」
カミロは薄く笑う。
「あの女もたいがい頭がおかしくってな。すぐに会長に同調したよ。それで二人で世の中をやり直そうと結託した」
「やり直す?」
「過去を遡って、これまであった出来事を書き換えるんだとさ」
ぼんやりと前のことを思い出す。リュウライに、特捜への協力を持ちかけられたときのことだ。
あのとき、RT理論の話を聞いて、あんまり興味が持てなかった。やりたいと思わなかった。それだけ辛い過去を俺が持っていないっていうのはあるのかもしれないけれど。
でも、そんなもん、妄想だ。馬鹿馬鹿しい。
その過去があるから現在がある、なんてお決まりの綺麗事のようなことを言うつもりはない。が、後ろばかり振り返って何になるっていうんだ? そんなことより、これから先を変えていくほうが建設的だ。
なくなったものは、戻らない。
「笑えるだろう。だが、そうできると信じられるだけのところまで、研究は進んでいたそうだ。……ま、会長はそれ以外でもオーパーツを使おうと考えてたみたいだけどな」
「現在が変わるかもしれないのにか」
俺の思想は置いといて。自分が望むように過去を変えるってんなら、そんな必要はないだろうに。
「抜かりないんだよ、会長は」
それからカミロは、オーラスが計画していたオーパーツを利用した事業について洗いざらい吐いてくれた。オーパーツの兵器利用とか、結局は予想の
「なんでお前はそんなのに協力したんだ?」
話の終わりに気になって尋ねてみる。
いつの間にか日が傾いていて、部屋の中の陰影が濃くなっていた。だから、カミロがどんな表情をしていたのか、いまいち判然としない。
「先程のお前の感想は、的を射ているよ、捜査官。俺は、自分を認めてくれた人が悪いことに誘ってくれて、舞い上がっていたんだよ」
ただ、もうこいつはオーラスのもとに戻ることはないだろうな、とは思った。
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