第19日-1 奇妙な会社
案の定、カミロ搜しは一日では終わらず。
翌日、俺はバルト区を歩き回り、カミロとサルブレアの施設について訊いて回った。といっても、やたらめったら訊いて回ると警戒されてリュウライのほうに影響が出るかもしれないので、昔馴染みを訪ねる程度に終わってしまうんだけれども。
「ああ、あの根暗な施設ね〜」
ちょうど昼飯時。その昔馴染みの一人のいる喫茶店を昼飯がてら訪ねると、そんな答えが返ってきた。
「……根暗?」
カウンターに腰掛けた俺は、スパゲッティを巻くフォークを止めた。見上げた先にいるのは、背が高くて細い男。口髭とかっちりした服が印象的で、喫茶店の店長というよりはバーテンダーのほうがしっくりくる、清廉でイケてるオジさんだ。
そのイケオジ――純喫茶『ノーチラス』の店長ノースは、そうよぉ、と顔の前で手招きするような動作を交えながら、低い声を高めて言った。
「あそこを出入りする連中、みんなそんな感じなのよ。一人でだんまりとして、でも目はギラギラしてて。使命感という風に取れなくもないけど、あれはなんていうか……こう、勘違いした引き籠もりのガキが『でかいことしてやる』って言っているのに似ているわね」
「でかいこと」
「いるでしょ、たまに。ほら、ある日突然何の脈略もなく爆弾作って公園とかに仕掛けるようなヤツ」
あーまぁ想像はついたけど。ただちょっと偏見に満ちた印象に感じられなくもない。
「ま、ホントに爆弾作ってるかは知らないけど~。どいつもこいつも陰気でいやーな感じよ〜? だからあそこだけ
ヤダヤダ、と蝿を払うような仕草をするノース。それは、なんか後ろめたいことをしていそうだった、ていう風に取っていいのか?
ふーん、と相槌を打ちながら、手前の海老をグサッと刺す。プリプリの海老は歯応えたっぷり。だから咀嚼も力強くなって、脳味噌が活性化する。
嘆息をしながら陶磁器のカップを拭いていたノースは、そうそう、と顔を上げて人差し指を立てた。
「あんたが捜している男かは知らないけど、その施設に金持ちそうなビジネスマンがたまに来ているのは、何度か見たわよ」
俺が捜している男っていうのは、当然カミロのことだ。
「どんな奴?」
「髪は太めで黒。後ろに撫で付けてたわ。目は緑系統ね。長身だけど、体格は普通。いいえ、少し細かったかしらね?」
ノースの情報を耳に入れながら、一昨晩に予めアスタたちに聴いておいたカミロの特徴と照らし合わせる。黒髪にオリーブの眼。色彩の特徴は一致しているな。
「二つの意味でスマートな感じだけど、なんか嫌みなほどに自信満々な感じがあったわね。もうちょっとお洒落のセンスが良ければ、好みだったかもしれないのに〜」
「お洒落?」
「身に着けているものはだいたい高級ブランドだったわ。でもなんか、それだけで身に着けてるって感じ。ただのステータスね、あれ」
「ああ、そういや、預かってる
メイは、ひと目で高いものと判るスーツを着ていたけれど、高級品をちらつかせるような悪趣味な奴だった、と言っていた。ノースが見たそいつは、カミロの可能性が高いな。
「たまにって、どんくらい?」
「さぁ……買い出しのときにたまに見る程度だからはっきりとは分からないわねぇ。月に一度か……多くても、二週間に一回とか、そのくらいじゃない?」
昔ノースが見たのは、四回ほどらしい。頻度を考えると、アスタたちの証言と比べてちょっと多いが……まあ、何も健康診断のお届け以外にも用事はあるだろうからな。
一通り聞き終えた後にお支払いして、喫茶店を出る。とりあえず、カミロとサルブレアの関係は掴めたというわけだ。収穫ありと見ていいだろう。
それから一人で時間を潰し、夜を待つ。向かったのは、まだなんとか栄えているバルト区の中心街にある、ある店だった。
シンプルな白い壁。無垢材のカウンター。木のテーブルと机の向こうに、靴を脱いで上がる畳の座敷。
行くならやっぱ一番奥だろう。座敷に上がり、店の隅のテーブルの一つを占拠する。十分ほど待っただろうか。引き戸を開けて、一人の客が入った。
お待ちかねのお人だ。
「よぉ。お疲れさん」
懐かしい姿に、手を挙げた。
モーリス・シュミット。黒い肌と刈り込んだ金髪と二メートルになろうかという長身が特徴の刑事は、警察学校のときから付き合いのある俺の同期だ。同期といっても、結構仲が良い。それこそ親友と呼んでも良いくらい、なんて言ったら本人は冗談じゃない、と腹に響きそうな低い声で吼えるのだろうが。
「まったく無茶を押し付けやがって、この野郎。結構骨だったぞ」
モーリスは、大型犬や狼の吠声のような低く響く声でグチグチ言いながら、俺の向かいにスーツ姿で胡座を掻いた。
「てことは、収穫あったのね?」
「その前に注文だ」
ネクタイを緩めながらモーリスは店員を呼び、二人して注文する。それから湯呑に入れられた緑色のお茶を啜って、青い瞳をこちらに向けた。
「何から聴きたい」
「大陸の二社から」
モーリスは頷く。
モーリスは、現在セントラル署の刑事で、経済犯罪を専門としている。今回俺がお願いしたのは、サルウィア、キリブレア、そしてサルブレアの三つの会社。リュウライが突き止めたこの奇妙な三社について、シャルトルトの経済に詳しいこいつなら、ある程度のところまですぐに調べられるだろうと思ったのだ。
「まずサルウィアだが、こちらは全く掴めなかった。掴めそうになかったから、早々に切り上げた、というのもあるが。一方、キリブレア精工は少し情報を拾うことができた」
キリブレア精工は、大陸の内陸部にある、とある田舎にある小さな株式会社なのだそうだ。水の綺麗な土地で、半導体基板をはじめとした精密機器の部品を製造しているらしい。
「知名度はそれほど高くないが、何より注目すべきは、株式の百パーセントをオーラス精密が持っているってことだろうな」
「オーラスが、大陸の片田舎の会社を?」
百パーセントの株式ってことは、会社方針の決定権はオーラス精密のみにあるってことだ。買収された上に決定権も牛耳られて、完全にオーラスの言いなりってことだな。
因みに、キリブレアの設立は五十年ほど前。まだ大陸の大手企業の社員だったオーラスが独立してシャルトルトに居を構えるよりも前の話だ。いつかは分からないが、オーラス社がここに設立されてからの四十年ほどの間に買収されたんだろう。
「オーラスの下請けとなっていると考えるのが一番自然だろうが、大陸の方だからな。さすがに一日で実態までは調べきれなかった」
「まあ、半導体ならなぁ。仕入れててもおかしくはないわな」
知っての通り、このシャル島は大陸からおよそ五十キロメートルほど離れたところに浮かんでいる。荷物の運搬は列車。半導体基板は小さくて軽いものだから、オーラス精密が大陸から仕入れていたとしても、おかしなことじゃない。この島じゃ作るのは向いてないし。
「じゃあ、キリブレアがこっちに施設持ってても変じゃないってこと?」
「いや、そうとも限らん」
モーリスは腕を組んで太い眉を中心に寄せた。
「もともと地元企業の上、オーラスの子会社になるような弱い会社だ。そんな会社がわざわざ海を越えて百キロ近く離れた場所に、別の施設を造るのは不自然だろう。しかも、キリブレアがこちらで事業を行っているという記録はない」
「シャルトルトでは、キリブレアの存在は、バルトの施設の所有者っていう名前だけ……?」
「そういうことだ」
となるとやっぱりキリブレアは、オーラスの隠れ蓑として都合よく名前が使われていると思って良いのだろう。
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