第19日-2 王様と城下町

「はい、お待ち」


 タイミングよく、注文の品が運ばれてきた。俺たちが注文したのは、東洋の伝統食〝うどん〟。モーリスが大好物で、二人でメシを食うときは、いつもだいたいここになる。

 俺はもっと別の物が好きなのだが、モーリス曰く、ジャンクフードなど食べていられるか、とのこと。いくらキャベツが山盛りにされているからとはいえ、栄養価の面ではハンバーガーもうどんも大きな違いはなさそうだが、どうなんだろうか。

 話もちょうどキリが良かったのもあって、揃って黙々とうどんを食べる。このうどん、一般的なものと違って、麺が太くて硬い。スパゲッティなどを想定していると、まず顎が疲れてくる。が、味は上手い。質素な見た目に反して食べごたえもあるので、なんだかんだ俺も気に入っているわけだ。

 十分ほどで完食する。


「たまには、こういうのもいいな」


 アーシュラもキアーラも料理上手だが、こういうエスニックなものは作らない。だから、こういう料理はすごく新鮮で美味く感じられる。

 なんとなく出た台詞だったが、モーリスは難しい顔をしはじめてしまった。


「まだ、付き合っているのか」

「アーシュラのことか? ……当然だろ」

「……正直、六年前、お前が女のために警察を辞めるとは、思いもしなかった。それも、十七の少女に、だ」


 アーシュラと出会う前の俺は――当時二十三だったわけだが――それなりに大人の女が好みだった。良くて同年代。それか年上。年下の女には見向きもしなかったと、今振り返って思う。

 けれど、アーシュラは別だ。はじめて見た瞬間にこいつだ、と思った。隣には、顔がそっくりなキアーラもいたが、俺の心を惹き付けたのはアーシュラだった。だから必死で口説き落としたし……彼女たちのためにO監にも入った。それまで着々と積み上げてきたキャリアを蹴って、だ。

 周囲の連中に取って見れば、さぞかし意外だったことだろう。客観的に自分を見てもそう思う。だけど。


「戻る気はないのか」


 掛けられた声に、眉を顰めずにはいられなかった。


「それ、俺に恋人おんなを捨てろって言ってる?」

「そういうことではないが。……そういうことになるのか?」

「さあ、今となっては分からないけど。仮に必要なかったとしても、戻る気はねーよ」


 だけど、時間を越えてもう一度同じ選択肢を突き付けられたとしても、俺はこの道を選ぶだろう。後悔はしていない。刑事時代も懐かしくはあるが、未練はない。

 それに、案外O監の仕事も楽しいものだ。局長には振り回されているが、すぐ上の上司はいい人だし、可愛い後輩もいるし。


「お茶、御替わりいるかい?」


 店主が気を効かせて声を掛けてくる。俺たちがまだ話を終えていないことを察してくれているのだろう。本当、いつもお世話になっているから、頭が上がらない。湯呑を差し出し、有り難く緑茶をもらう。さすがにこいつが冷める前に切り上げないとな。


「……サルブレアについてだが」


 俺たちの間に漂った微妙な空気を打ち消すように、モーリスが口を開く。


「こちらもキリブレアと同じく、シャルトルトで事業を行っている様子は見られなかった。先程の話を踏まえると、サルウィアとキリブレアが組んで一企業を立ち上げる意義も見当たらない」


 結論を言うと、サルブレア製鋼はとにかく怪しい、ということなのだという。


「こっちでも少し調べてみた。まあ、大したことは分からなかったけどさ。ただ、俺が今追っている男が、どうやらあそこに出入りしているようなんだが……」


 コトン、と湯呑を置く。


「今、俺が追っているのは、ゴンサロ・カミロという男だ。オーラス精密の営業職」


 オーラスの名に、モーリスはピクリと反応した。


「興味ある?」


 にやりと笑ってみせると、モーリスは恨めしそうにこちらを睨んできた。もったいぶるなってところかな。


 実は、昨日電話を掛けたとき、オーラスが俺の事件に関わっている可能性を示唆してみた。そうすると、まあなんと、こいつは見事に食いついてきた。こっちが驚くくらいにな。どうやら、モーリスの方でもオーラスをマークしているらしい。

 それで、モーリスは快く俺のお願いを引き受けてくれたってわけだ。代わりの情報が欲しいから。


 これまでの経緯を、差し障りのない範囲で説明する。例えば、アスタたちのことや、オーラス光学研究所のことについて。

 さすがに〈クリスタレス〉やRT理論に関わる情報は取り除いておいた。これは下手すると、O研やO監の威信に関わる。俺はモーリスを信用しているが、情報が何処から漏れるか分からないからな。念には念を入れて、損はしない。


「オーラスとオーパーツの関係性、か……」


 モーリスは、親指で唇を拭うような動作をした。青い視線は何処か宙空を睨みつけている。


「もしかすると、とんでもない話になるんじゃないか、これは」

「まだ確証は得てないけどな。良いとこ、精密までだ。大物まで引っ張り上げられるかまでは分からねーよ。……ところでさ」


 もしかして狙ってるの? オーラス。

 尋ねれば、モーリスの雰囲気がピリリとした。大きな男が唇を引き結べば、それはもう見事な貫禄が感じられる。……なるほど、こいつは相当気合を入れているらしいな。

 モーリスは組んだ手をテーブルに置き、神妙に口を開いた。


「アルベリク・オーラス。知っての通り、このシャルトルトの創設者。この島は、いわば奴の国だ」

「……国?」

「奴の都合で造られ、奴の都合で発展し、奴のためにある都市。シャルトルトはオーラスなくしてならず。政治も経済もほとんどが奴の手中だ」


 いわゆる〝企業城下町〟ってやつだな。会社によって街の生活が成り立ち、支えられている。シャルトルトの暮らしがオーラス財団に依存しているのは、この街の住人なら誰でも知っている話だ。

 知っている話なのでうんうんと適当に頷き、一点だけ気になって首を傾げた。


「ほとんど?」

「一部例外がある。お前たちO監、O研をはじめとした国家機関と、ダーニッシュ交通だ」

「警察は?」

「半々といったところだな。俺たちみたいに奴を追う者もいるが、オーラスにおもねっている人間も少なくない」


 警察組織は一応国家の機関だが、ローカルルールが大きく反映されてしまうから、結局地方独自のやり方が反映されてしまう。その中で、まあ政治家とか地元の有力者との癒着が起こってしまうのも、まああるにはあるわけで。

 実際、オーラスの経済犯罪を暴こうとしているモーリスたちの班は、時折内部から妨害が入っているそうだ。


「奴は、思い通りにならないものは、徹底的に排除する主義だ」


 幾度となくその憂き目に遭い、悔しい思いをしたモーリスは、そう語る。


「これまでに、ダーニッシュ以外にこの島に参入しようとした企業が全くないと思うか? だが実際、シャルトルトにはオーラスに関わらない企業などほとんどない。唯一、ダーニッシュだけは独立的に生き残りオーラスと共存の道を辿っているが、これはシャルトルトと大陸間の鉄道を建設した当時にオーラスにその技術がなく、彼らなしに事業を展開できなかったからに過ぎない」


 そうしてダーニッシュはオーラスが力を付けていく間に独自に自分たちの事業を展開することで、何とかこの都市での地位を守ってきた。経営者の手腕ももちろんあるが、まさに時機が良かった、ということなのだろう。

 もし少しでもシャルトルトへの参入が遅れていたら。ダーニッシュはオーラスに叩き潰されていたことだろう。


「目の敵にされてそうだな、ダーニッシュ」

「されているだろう。あちらは得意分野が違うからとあまり気にしていないが」


 なんだか鈍いような気もするが、もしかするとその鈍感さがかえって生き残るのに役立っているのかもしれない。それとも鋭いのかな? オーラスが手を出しにくい分野で活躍しているわけだし。


 さて。そうした〝時機〟を逃した企業は、シャルトルトから追い出されるか、オーラスの傘下に組み入るか、そのどちらかの道を辿ることになった。そして、このシャルトルトでは、オーラスを起点にして経済の網が広がっている、という状況ができあがったというわけだ。

 その網が形成される間に不自然な部分、強引と思える部分があったから、モーリスたちはオーラスを追っているわけだな。


「実際、不審なところはいくつもある。が、どうもその闇が深すぎてならん。真っ暗なだけに正体も掴めん。俺たちは、ただ手をこまねいているしかなかった」


 モーリスの視線が手もとに落ちる。その黒い顔に苦渋の表情が浮かんだ。


「だからもし、お前の方でオーラスを追っているというのなら、こちらとしても協力するのはやぶさかではない」

「そりゃあなんと心強い」


 テーブルに頬杖を付き、にんまりと笑って見上げれば、モーリスは不愉快そうに顔を顰めた。だが、やがて諦めたように溜め息を吐くと、立ち上がる。


「もしまた何かあったら、連絡を寄越せ」


 そう言い残して、颯爽と立ち去っていった。ここの食事代はもともと俺持ちの予定だった。うどん一杯であれだけの情報を貰えるんなら、ずいぶんと安いものだが。


「この島を支える王様を相手取るなんて。その準備、O監おれらにできるのかねぇ」


 今更かもしれないが、ちょっと心配になった。

 伝票を拾いつつ立ち上がる。

 局長が特捜なんて無茶な組織を作った理由が、なんだかちょっとだけ解ったような気がした。

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