第18日-4 カミロを捜して
リュウライと別れてそのままエレベーターで一階まで下り、オーパーツ監理局の外に出た。ビジネス街に足を向けつつ、ジャケットのポケットから携帯電話を取り出す。気付けばもうお昼直前、ちょうど良い時間だ。
二つ折りを片手で開いて、ボタンを操作し、電話帳を開く。お懐かしい名前を見つけると、コールボタン。数回の呼び出し音で相手が出る。
「なぁ、ちょっとお願いがあるんだけど」
要件を告げ、明日の夕飯の約束をしたところで、電話を切る。折り畳んだ携帯電話をポケットに戻すと、溜め息が零れた。
「……まあ、無茶だよなぁ」
何をお願いしたって、リュウライが言っていた三つの会社の調査だ。明日の夜までに調べといて、とお願いした。電話の向こうのあいつも知らないような企業のことだ。かなり無茶な願いだと分かっている。でも、大見栄きった手前、使える手札を全投入するくらいのことはしないと。
……とはいえ、見込みはないに等しい。
「あのオバサンもわかってんだろうなぁ、そこんとこ」
それでいて条件を鼻で笑わずに飲んでくれたのは、ある種の優しさというべきか。だが、ふと口元を歪めた局長の顔が思い浮かぶ。いやいや、面白がっているだけか。
アスタと再会したあのビジネス街の広場で、胃もたれしそうな腹に昼飯を突っ込む。茶を飲んで腹ごなししてそこそこの気力を取り戻すと、いざオーラス精密の本社に乗り込んだ。
二つの自動ドアを通り過ぎた先にある広々としたホール。右側はオーラス精密の代表的な製品を展示したショールームとなっていた。ガラスケースに恭しく飾られた製品たち。大きなモニターと操作パネル。製品のことなど何も知らない俺でも楽しめそうな展示に、この会社の〝力〟を思い知る。
果たしてそれは、クリーンな方法で手にした力なのか。
当然ショールームは無視して、俺は左側のカウンターへと足を向けた。二人並んだ受付嬢。若いほうを狙って声を掛ける。
「すみませーん。ゴンサロ・カミロさんに会いたいんですけどー」
「アポイントメントはされていますか?」
ナチュラルながらもしっかりと化粧を施した清純派の顔は眉を顰めることもなく、落ち着いた様子で切り返す。
「いえ、してないです」
受け答えは冷静に。想定内の質問だ。
「ご用件をお伺いしても?」
「知人と連絡取りたいんですけど、居場所が分からなくて。で、前にその知人から名前を聞いたことのあるカミロさんにお伺いしたいと思いまして」
用件がプライベートと分かると、受付嬢の営業スマイルが少しだけ崩れた。人差し指を口元に当てて、しばらく考え込む。
「……確認してみます。所属先はお分かりでしょうか」
「いえ、すみません。分かりません」
「では、調べてみますね。少々お待ちください」
そうして彼女はコンピュータを操作しはじめた。データベースを確認している間、俺は大人しく待つ。
広々と綺麗な白いホールは、俺たち以外の人間はおらず、しんとしていた。たぶんこっちは来客用で、従業員用の出入口は他の場所にあるんだろう。普段、この場に立っている受付嬢たちは退屈してるんじゃないか、なんて考える。こんな静かすぎるところじゃ、雑談だってしにくいだろう。
キーボードの操作音が止まる。
「ゴンサロ・カミロ……営業部、第一営業課ですね。確認してみますので、少々お待ちください」
受付嬢は電話口で二、三言会話すると、静かに電話を置いた。
「申し訳ございません。カミロは現在外出しております」
思わず舌打ちしそうになった。いや、分かってたけどね、そうそううまくいくはずないって。でも、どんなに小さくても期待ってものをしちまうと、叶わなかったときに裏切られた気分になっちまうんだよなぁ。
「外出先は分かります?」
「いえ。外回り、とだけ」
「そうですか……」
しょんぼり、と顔を俯かせる。
「ご伝言を残されますか?」
「いえ。止めておきます。ありがとうございました」
本当は知り合いじゃないんだから、伝言なんて残せるはずもない。受付嬢に挨拶をして、会社を出ていった。
自動ドアの外に出て、なんとなくいたって普通のビルディングを見上げる。
「営業ね。これはまた意外だったな」
健康診断のデータ収集をしてるっていうから、てっきり技術職だと思ったけれど、違うのか。〝敵〟が組織体であることを考えると、カミロはただデータを持ってくる人材と考えたほうがいいのかな?
そうすると、やっぱり気になるのがサルブレアだ。サルブレアの施設を所有する一方――キリブレアは、カミロの昔の会社であるわけだから。
オーラスとサルブレアのパイプ役をカミロがやっているとすれば、奴一人を確保するだけで事態は大きく動くはずだ。
「とはいえなぁ。見つからんことには、どうにも……」
アスタたちは、所詮ビジネスライクな関係性だったらしく、カミロの行き先に心当たりなどないと言っていた。あとは、ワット少年か。アスタによると、知り合いらしいし。だが、あいつは行方不明。まったく、俺もとんでもない奴を野放しにしちまったもんだぜ。
オーパーツを取り上げられただけ、まだマシってなものだが……。
「考えてもラチがあかねぇ。行動だ、行動っ!」
なにしろ期限は明後日の昼なんだから。
見栄張るんじゃなかった。ああ、恥ずかし。
さて、オーラス精密で見事に空振った俺は、バルト署に来ていた。グレンにワット少年の居場所を訊くためである。が、こっちも空振り。昨日の今日だ。仕方ない。
でも、何処に行ったんだ、ワットのやつ。二つのスラムは既に捜索済。家にも帰っていない。なら、カミロの奴が匿ってるのか? だとしたら、見つけるのは無理だ。そもそも俺はカミロを見つけたくてワットを捜してるんだし。
バルト署に来たついでに、少年課にも寄っていく。レインリットさんに会うためだ。ワットから逃げた子どもたちのことを訊くのと、アスタとメイのことを報告に。
子どもたちは、きちんと家に返したそうだ。家に身の置き所がないとはいえ、結局彼らはそこしか帰る場所がない。施設とかそうそう利用できるものではないし、そうするしかなかった、とレインリットさんは心苦しそうに言った。アスタのところは、居場所としては理想的だったんだろうな。守ってもらえて、悪さをする必要はなくて。だが、大人としては複雑だ。そういう子らができないように環境を整えるのは、大人の役目だろう。
「……アスタたちは、元気ですか」
「ええ。今は俺の知人の家にいますよ。O監の近くで、セキュリティもありますので、そうそう襲われることはないかと」
「なら、安心ですね」
個人の家と聴いて少しは不安がるかとも思ったが、レインリットさんは本当に安心している様子だったから、驚いた。
「私が言うのもなんですが、あの子たちのこと、よろしくお願いします。……貴方になら、任せられる」
「……なんでですか?」
俺ってば、つい二週間ばかり前にあっただけの人間なんだけど。
「グリッターさんから聞きました。昔はここの警官だったのでしょう? 私はその頃セントラル勤務だったので、知らなくて」
「セントラルにいたんですか?」
「ええ。結婚を機に、転勤しまして」
旦那さんがアーキン区に勤めているので、その隣のバルト区に住むことになったそうだ。バルト区からセントラルに通うこともできたが、家のことを考えるとバルトに住んでいるほうが良い、ということで、バルト署への異動を希望したらしい。
「セントラルだと、バルトの事情は分かりません。スラムのあるこの区域は、豊かな南の区画のように形式的な対応では通らないことも多いですから。柔軟な対応の仕方を心得ている方であれば、あの子たちも悪いようにはならないと思っています。それに、信頼されているようですし」
「……どうなんでしょう?」
それこそ、アスタは二回、メイは三回だけ顔を合わせた程度なんだけど。
「されてますよ。警戒心が強い子たちです。数回しか会っていない人間を容易に信じる子ではないですから。アスタも、メイも」
バルト署で彼らから信用されているレインリットさんも、今のような関係性を築くのに長い月日を掛けたのだそうだ。彼女からしてみれば、あの二人がもう俺を受け入れたことのほうが信じられないらしい。
まあ確かに、あの二人俺を助けてくれたしな。メイなんか二回も。
「なら、いいんですけどね」
俺なんかといることで、二人が少しでも安心できるなら、それに越したことはない。俺もその信頼に応えられるくらいの働きを見せなきゃな。
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