第25日-2 手掛かりなし

 それから、モーリスにバルマのことや光学研での出来事を話し、ついでにカミロのことを訊いてみた。どうやって手に入れたのか、カミロの顔写真をもらったので、セントラルのビジネス街へと向かってみる。

 着いてみれば、ちょうどお昼時。さっきモーリスを誘ったらフラレたので、一人寂しくご飯を食べることにする。


 ハンバーガーもあったが、なんとなくここでアスタと会ったときのことを思い出して、ホットドッグを購入。ベンチにふんぞり返って、行き交う人々を眺める。

 セントラルにある会社ともなると、やっぱり高収入なのか、みんなビジネスルックでも洒落っ気があった。スーツも靴もそれなりの良品。男も女も洗練されている。

 写真のカミロもそんな感じだった。メイやノースの言ってたように、嫌みな感じのお洒落さん。そんな奴が工場だったり自営業だったりが多いバルト区に出入りしていたら、確かに目立つだろう。あそこは、作業着やくたびれた私服の、もっと埃っぽい印象の人間が多いから。


 俺が危ないことをしている間のことだが、モーリスは奴の家を訪ねてくれていたらしい。家のポストにはおよそ一週間ほどの新聞が詰め込まれていた、と教えてくれた。つまり、最近帰っていない。たぶん、ワットがアスタたちを襲ったのと同時期にどっか別のところに逃げたんだろうな。ホテルか、他に隠れる場所があるか。恋人や友人の家に逃げたって可能性もある。けれどこちらは交友関係が分かっていない以上、捜しようもない。

 後は職場を張り込むしかないか、と思って安易にこっちに来てみたが、考えてみれば、自宅に帰っていない奴が堂々と会社に来るか? 前みたいに知り合いのふりをして会社を訪ねるのも不審に思われそうで限度があるし、バルトのほうを聞き込みしたほうが有意義かもしれない。


 ホットドッグの端っこを口に放り込む。涙が出そうなほどキツいマスタードで醒めた頭が、そうするべきだと訴えてきた。これ食ったらそうしよう。


「ここ、いいですか?」


 後ろの方から声を掛けて振り向く。仰天した。黒っぽい服装に、手や首にゴテゴテとシルバーを身に着けたヘヴィメタなにーちゃんが、俺に相席を求めている。金髪をハリネズミのように逆立ててるし、浮きまくっていることこの上ない。しかも、意外に幼い顔立ちから、たぶん未成年……って――。

 せた。

 その反動で、口の中でまだ噛み潰されてなかったソーセージの端っこが喉の奥に転がり込む。

 更に、口の中の水分を奪い取るパンが喉を塞ぎにかかるものだから、握りしめていたコーヒーを口の中に流し込む。それでなんとか落ち着いたが、大きな塊が通ったものだから、喉とか胸とかが痛ぇ。


 ヘヴィメタくんは、リュウライでした。


 何度か全身を見たが、窒息しかけた俺を冷ややかに見下ろす眼の色からして、間違いない。いや、カラコン入れてるのか今は黒から赤に変わってるけどさ。


「いったい何があったの! ちゃんとお兄さんに話してみなさいっ」

「別にグレてこうなった訳じゃないです」


 アホか、と仏頂面の目が語る。うん、その冷めた切り返し、やっぱリュウライだ。


「工場に潜り込むんだっけ?」


 隣に座ったリュウライに話しかける。

 サルブレア潜入前、リュウライがアロン・デルージョの行方を探ってたときのこと。バルトに住むある奥様から奇妙な話を聴いたという。オーラス鉱業のある工場が住み込みの従業員を募集しているという話。

 シャル島内は狭い。人の住んでいるところであれば電車で一時間程度で移動できる。だというのに、わざわざ住み込み人員を募集するというのは変だ。そして実際に就職した人間が戻ってこないという話まである。これを奇妙に思った特捜は、リュウライをそこに潜り込ませることにしたという。ミツルからそのことを簡単に聴いていた。

 そんで、リュウライが別人になりすまして、従業員の面接を受けてくるんだそうだ。

 あちらさんがそんな重要な話を俺なんかに教えてくれたわけは、その工場とやらにカミロが絡んでいる可能性があることがわかったからだという。


 マーティアス・ロッシを逃した今、俺たちに残されたのは、カミロという手掛かりだけ。俺が正攻法で本人を捜す傍ら、リュウライは非正攻法で施設側を探ることにしたようだ。


「すぐに僕と分かったんですね。変装が甘かったかな……」


 マジでがっかりした表情を浮かべているんだが、ハジケたにーちゃんの顔でやるもんだから、妙なものをミテイル気分になる。


「バーカ、人の顔がすぐ分からなきゃ捜査官なんてやってられないぞ」


 なんて言ってみるも、カミロを見つけられないんじゃないかと不安に陥っている俺ですが。まあ、後輩に見栄張ったっていいじゃない。


「で? 単にお喋りに来た訳でもないんだろ。何の用だ?」

「グラハムさんに、確認して貰いたいものが」


 そう言って、リュウライは黒いジャンパーのポケットから数枚の写真を出した。光学研に出入りする人間を隠し撮りしたものらしい。そこには、副所長のダニング、書類をひっくり返した研究者、受付のオネエさんなどが写っていた。

 リュウライは、あのあとサルブレア製鋼を探ったその過程で、カミロやバルマなどとを取る連絡係が存在する可能性に行き着いたらしい。そいつが光学研の従業員の中にいる可能性を考えて、誰が誰だか確認しておきたかったのだそうだ。


「バルマの部屋には、明らかに隠蔽工作があった。バルマの奴が夜中に戻って来た可能性もあるが……かなり雑だったし、他の誰かが慌ててやったんだろうな。連絡係がいるとしたら、そいつだろう」

「となると、やはり研究者のうちの誰かでしょうか?」

「その可能性は高いだろうな。……あ、そうだ」


 一応見せておこうとリュウライにカミロの写真を見せる。リュウライは写真を受け取り、ものの十数秒で返却した。さすが、特技なだけあって早い早い。


「じゃ、これで」

「え、もう行くの?」

「そろそろ時間なので」


 これからその潜り込む工場の面接があるのだという。この恰好で行くのか。マジか。採用されんの?


「一応、住み込みを希望しようと思っているので、しばらく連絡は取れなくなります」


 しかもオーパーツも装備できない状態だっていうんだから、心配になってしまう。


「何かあったらミツルに。定期連絡はするつもりなので」

「わかった。……くれぐれも、無茶はするなよ」


 釘を刺したら、過保護、と顔に書いてあった。俺がサルブレアに潜入するときは、あれだけ心配してたっつーのに。どうして自分のことには疎いのかね。

 それでは、と別れを告げ、リュウライは広場の近くに停めていたバイクに乗って行く。


 さーて、俺もそろそろ仕事すっかな。




 それから半日掛けて、光学研とサルブレアの施設を中心にバルト区内を歩き回ってみたが、あまり成果と言える成果はなかった。目撃情報はいくつか拾ったが、どれも光学研やサルブレアに関わる感じで、現在カミロの居所を掴めるようなものはなにもない。


「あーもうどうしよー」


 終業時間を迎えて今日も今日とてアーシュラの家に寄った俺は、この部屋に暮らす人たちが夕飯の仕度に動き回る傍らで、テーブルの上に突っ伏した。


「ほら、邪魔よ」


 サラダの大皿を持ったキアーラがしっし、と俺を邪魔者扱いする。なんて冷たい。お仕事で疲れている俺にその仕打ち。


「私も一日仕事だったわよ」


 ぶすーっと不貞腐れる俺に、キアーラが冷たい眼差しを向ける。その通りだ。あまりに気まずくなって立ち上がる。ただでさえごちそうしてもらっている身だもんな、せめて手伝わないと。後で食器も洗おうと心に決めた。


「カミロの奴、まだ見つからないのか?」


 取り分け用の皿を渡しながら、アスタが尋ねてくる。こいつも黒いエプロンも着けたりして、すっかりここに馴染んでるみたいだな。


「ああ。どうも捕まる気配がない」


 ここまで手を尽くしているのにまだ姿を拝めていないことが不思議で仕方ない。俺の運が悪いのか、奴が用意周到なのか。


「くっそ、本気でどうするかな……」


 きっかけとなったワットのナックルダスター。あれの流通ルートの源流は、おそらくオーラスだ。だが、カミロかバルマ、どちらかを見つけなければ、そこまでの経路を見つけることができない。

 奨学金の件はミツルに調べてもらっているが、あちらは確実な手掛かりとは言えないから、より確実にオーラスへ辿り着けるのはカミロのほうだ。どうにか奴を見つけたい。

 頭の中がぐるぐると回転する。けれど、これまで得た情報が脳内で掻き混ぜられるだけで、ひらめきもなにもあったもんじゃない。


「ちょっと! ぼーっとしてるくらいだったら、座っててよ」


 メイの呆れた声で我に返る。俺は取り皿を持ったまま部屋の真ん中で立ち尽くしていた。台所からダイニングテーブルまで物を運ぶのを、すっかり邪魔してしまっていたらしい。腹を立てたメイが、邪険に俺を追い払おうとする。


「悪い悪い。ちゃんとやる」

「いいわよ、もう。人手は足りてるから、好きなだけ考え事していなさい」


 しっしっ、とカウンターの向こうからキアーラが手を振る。突き放したような物言いだが、あれはキアーラなりの気遣いだ。

 意地を張ってかえって邪魔するのもあれなので、今持っている皿だけ運んで、お言葉に甘えて大人しくテーブルについていることにする。


「なあ……」


 おずおずと近寄ってきたアスタに声を掛けられて、考え事を中断する。


「俺、囮になろうか」

「はあ?」


 突拍子もないことを言うもんだから、もうオニーサンはびっくり。


「何を馬鹿なこと言ってんだよ。ちょっとは殺されかけた自覚を持てよ」

「でも、ワットも見つかってないんだろ? 俺が奴らに見つかったら、ワットかカミロ、どっちかがやってくるはずだ」

「だろうけどね」


 溜め息を吐いた。役に立ちたいのか、じれったいのか、どっちなのかは判らんが、なんつー無茶な提案をする。若い子の正義感ってやつなのかしら。気持ちは嬉しいけど、気持ちばかりが先行してるよな。

 あまりにも相手が悪すぎる。怪我で済むとは思えない。今度は本当に殺されるかもしれない。そんなのを、見逃すわけにはいかないだろう。


「俺はな、お前さん方みたいな一般人をオーパーツに関わらせないために、この仕事をやってんだ。オーパーツは人生を狂わせる。それを防ぐためにここに居る。すでに遅いとお前さん方は思うかもしんないけれど、俺は今ならまだ間に合うと思ってる。……これ以上、お前らをオーパーツに関わらせるわけにはいかない」


 アーシュラたちは手遅れだった。その後O監に移ってからの六年間、彼女たちの他にもオーパーツに触れたことで平穏な人生を大きく狂わされた人間をたくさん見てきている。その全員が全員、自ら望んでオーパーツに触ったというわけじゃない。でも、アーシュラたちと違って牢にぶち込まざるを得ない奴は少なくなかった。

 アスタたちにはそういう道を辿ってほしくない。


「だから、馬鹿なこと考えてないで、大人しくしていなさい。そのうちお前らが無事外で生活できるようにしてやるから」

「うん……」


 いまいち煮え切らない返事に不安を覚えつつ、でもあんまりしつこく言っても反感を買うだけだろうとも思って、これ以上のことを言うのはやめた。アスタも賢いから突っ走るようなことはしないだろうし、メイもいるし、アーシュラたちも見てくれている。滅多なことは起こらないだろう。

 ……たぶん。

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