第27日-1 いなくなったアスタ

 二日後。日が昇る前に起きた俺は、早々に着替えを済ませ、だんだん明るくなっていく部屋でブラウン管テレビを眺めながら、クラッカーを苦いコーヒーで押し流していた。

 爽やか系女子アナウンサーを押し出したバラエティ多めのニュース番組では、オーラス財団が経営している養護施設の話題を流している。昨日、設立十三年を迎えたとか。オーラスのお爺さまが訪問して、子どもたちにプレゼントを配ったらしい。サービス精神旺盛なことで。クリーンなのをアピールしているのか、それとも王様気取りの優越感によるものか。いずれにしても、裏で違法にオーパーツを扱っていると思うといけ好かない。


 ……そういえば、アスタってオーラス財団の養護施設から出てきたんだったな。まだその辺のこと詳しく訊いてなかった。

 オーラス財団の動きを探る手掛かりになるかもしれない。もしかしたら奨学金事業と同じように、何かウラがあるかもしれないし。今晩アーシュラの家に行ったら、その辺のことをアスタに訊いておくか。


 袋のクラッカーをバリバリと食べて、テーブルの上で手についたゴミを払うと、ソファーから立ち上がった。キッチンで袋とカップを片付け、台拭きを持って戻ってきたところで、テーブルの上に置いた携帯電話が鳴っていた。台拭きを放り投げて、慌てて電話を取る。


『良かった、繋がった!』


 切羽詰まった女神の声。どうやらモーニングコールじゃないようだ。


『アスタくんが、居なくなったの!』

「はあ!?」


 頭の中が真っ白になる。居なくなるって、どうして。どうやって。

 アーシュラによると、朝起きたらアスタの姿がなかったらしい。言伝も書き置きもなく、忽然と姿を消した。買い置いた衣服はそのまま置きっぱなし、となると、戻ってくるつもりはありそうだが……。


「まさか、あいつ……っ!」


 一昨日の会話が頭を過る。カミロが見つからないのを心配してくれたアスタ。まさか、ワットかカミロを捜しに行ったんじゃないだろうな。


「あの馬鹿……っ」


 そういうことがないように、厳重に入出管理がされているアーシュラたちのマンションで匿っていたというのに。

 しかし、いくら厳重と言っても、入るよりは出るほうが簡単だからな。その気になれば、監視システムをかいくぐることができても不思議じゃない。

 頭をガリガリと掻きむしる。せっかく綺麗に結わえたっていうのに、台無しだ。


「セキュリティの記録のほうは?」

『今、キアーラに調べてもらっている』

「なんか分かったら連絡くれ。俺は心当たりを捜してみる」


 アーシュラの返事を聴いて電話を切ると、台拭きをそのままテーブルに放置し、急いでジャケットを羽織って家を出た。ミツルに連絡を残しつつ、セントラルの駅に急ぐ。

 おそらく、アスタはバルト区に行っているはずだ。スラムで過ごしていたあいつは、少なからずあの場所に詳しい。それに、カミロはともかく、ワットは現在もスラムの何処かにいると思われた。自宅に帰っているんだったら、もっと簡単に見つかっているからな。潜伏しているものと思ったほうがいいだろう。


 バルト方面に行く電車に飛び乗り、景色を眺めながら、バルトの中でアスタが行きそうなところを考える。

 アスタが一番詳しいのは、やはりペッシェ街だろう。しかし、ワットはアスタたちと別れた後は、海側のレッヘン街に居たのだから、捜すならそっちのほうが良いか。カミロについて言うんなら、やはり光学研付近か、サルブレアの施設の辺りだろうか。……いや、そっちは最近リュウライたちが行ったっていうからな。O監の目を気にして、近づかない可能性のが高い。

 頭を掻いてどちらへ行くべきか悩む。もし奴らと接触したら、アスタがどうなるか分からない。一刻も早く見つけ出す必要があるってのに。


 考え込んでいると、アーシュラから再度電話が掛かってきた。車内での電話はマナー違反だが、今回ばかりは急を要するので周囲の痛い視線は気にしないことにして、電話に出る。

 キアーラが管理人室に問い合わせたところ、確かに夜中にマンションを出ていくアスタの姿が監視カメラなどに映っていたという。一人だったそうだ。自分の意志で出ていったことは間違いないだろう、と。


『それから、メイちゃんが……』


 何か伝言があるというので、変わってもらった。


『アスタのことなんだけど……』

「カミロに会いに行ったか?」


 躊躇いがちなのをこちらから切り出せば、たぶん、と返事があった。


『もしアスタがカミロに会うとしたら、ペッシェの何処かだと思う』

「会う手段、あるのか?」

『前にあいつに、何かあったら光学研に連絡しろって言われたことがある』


 と言っても、カミロはあそこに常駐しているわけではないから……。


「光学研に、オーパーツの件でカミロに伝言できる誰かがいるってことか」

『だと思う。誰に繋げ、って指示はなかったけど……』


 それからメイが電話の向こうで苦々しげに小さく唸っている声を拾った。


『実は昨日、アスタがキアーラさんに隠れて電話を借りているのを見たの』

「光学研に連絡して、カミロを呼び出してたっていうのか?」

『たぶん。あいつが捕まりそうにないのを気にしていたから』


 メイによると、アスタは仲間がカミロに何かされたりしないかを心配していたのだそうだ。アスタの仲間たちはバルト署が面倒見てくれることになっているけれど、アスタはアーシュラの家に匿われて外に出れなかったから、仲間たちの様子を知ることができずにヤキモキしていたらしい。


「……分かった。とりあえず行ってみる」


 電話を切って折りたたみ、ジャケットの胸ポケットにしまう。


 電車が駅に着いてすぐ出口に向かって走る。改札を出て北東部へ。ペッシェは工場区に近いこともあって、奥のほうに行くと廃工場や古びた倉庫などが増えてくる。メイに寄れば、アスタはその倉庫街の何処かにいるのではないか、という。

 一つ、二つと見て回り、三つ目の線路沿いの廃工場に立ち寄る。そこは既にラインの機械が運び出され広いコンクリートの床が剥き出しになったところに、空き箱やら灯油缶やら資材やらが放置されたところだった。

 障害物に身を隠しながら様子を窺う。耳をそばだてると声が聴こえた。


「オーパーツを持ってきたっていうのは本当か?」


 聴き慣れない大人の男の声。カミロだろうか。いよいよご対面ってわけだ。


「ああ。ラルフの分はO監に取られなかった。それを持ってきた」


 受け答えるのはアスタ。

 ……って、それは嘘だ。アスタは自分の持っていたオーパーツと、メイのものと、もう一つを俺たちに渡してきた。ラルフって奴の分だとあのとき言っていた。そして、それらのオーパーツは、次の日にはアーシュラたちがO監に持っていっている。アスタがオーパーツを持ち出せるはずがないのだ。

 それに、リュウライが見つけてくれた検査結果もアスタとメイとラルフの三人分。アスタんところのグループが、それ以上のオーパーツを持っていたとも考えにくい。

 総合するに、アスタはその持っていない〝ラルフのオーパーツ〟を餌にカミロを呼び出したんだな。その後どうするつもりかは知らんが、なんにしても無茶しやがる。


「それで? それを返す代わりに、俺に何を要求する」


 続く話を聴きながら、そっと移動する。《トラロック》も抜いておく。ワットや何処かのおバカさんたちにオーパーツを渡して、アスタやメイたちの命を狙うような奴だ。何をしてくるか分からない。

 積まれた木箱の陰に隠れながら、アスタたちを窺った。薄暗い中で見える、アスタから少し離れて立つビジネススーツの長身の男。なるほど、あれがカミロか。モーリスから貰った写真の通り、見るからにスカした奴だな。


「俺とメイは手遅れだけど、仲間はまだオーパーツに関わっていないことになっているんだ。だから、あんたが俺たち全員と関わったっていう証拠を渡してほしい」

「もらってどうする」

「消す。あいつらが捕まるようなことは避けたい。だから、あんたのことも話さない」

「なるほど。仲間想いだな」


 カミロは考え込む仕草をした。さて、アスタの嘘をどう読むんだ……? 隠れておきながら、ちょっとハラハラしてきた。


「……いいだろう。オーパーツを渡せ」


 アスタがポケットに手を突っ込んだ。どうする気なのか分からんけど、これ以上はもうヤバいな。俺の心臓も限界。

 足音を鳴らして、物陰から出て、《トラロック》の銃口をカミロに向けて一言。


「はーい、そこまでにしてもらおうか」


 ……なんか俺、毎回同じような登場の仕方をしている気がするんだけど、気の所為?

 次回から捻りのある登場を検討すべきだろうか。

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