第27日-2 対峙
「ようやく会えたな、カミロさんよぉ」
口の端が吊り上がるのが止められない。一週間近く、あれほど捜したカミロさんが目の前に立っているのだ。すごくこの瞬間を待ち望んでいたのだと気付く。アスタがピンチじゃなきゃもっと手放しに喜べたのにな。
「オーパーツ監理局か。子どもを囮にしたのか?」
俺様の登場に悔しがって――はいないものの、それなりに驚いているらしく、カミロさんはご機嫌斜め。辛辣なのはその所為かね。
囮なんてそんなわけないが、お敵さんにあえて俺の善性を教えてやる必要もないので、ここは黙ってアスタの傍へと寄る。
「グラハムさん、どうして――」
「話は後だ。説教だからな」
一番驚いているアスタの肩を叩き、後ろへ追いやる。
「さてと。いろいろと訊かせてもらいたいな。O監にご招待するぜ?」
もう一度銃を構え、カミロに向ける。奴は銃口を向けられても動じた様子を見せない。ズボンのポケットに手を突っ込み、斜に構えた様子はむしろ余裕そうだ。
「悪いが、遠慮させてもらおう」
「任意だと思って――っ!」
ふと嫌な予感がして後ろへ飛び退いた。アスタを後ろ手で押し倒しながら尻もちをつくと、足の先の床に焦げのようなスポットが付いた。
舌打ち混じりにカミロは吐き捨てる。
「……外したか」
「……いい度胸じゃねーの」
頬がひきつる。俺のこと殺す気でいるわけだ。
「いつまでも嗅ぎ回られるのも迷惑なんでね」
「お前! ただで済むと思うなよ!」
ぜってぇシバいてやる! 心に決めた。
素早く立ち上がり、カミロの右側を大きく回るように走り出す。
「アスタ! 隅に行って、物陰に隠れてろ!」
そう後ろに投げかけて、カミロに向けて銃を構えるが、足元を何かがかすめたので中断する。またしても焦げたあと。たぶんレーザーの類いだ。何度か見ているので覚えている。
問題は射出された方向。今、レーザーは俺の左前から来た。カミロのいるほうじゃない。そっち方向にレーザーを射出する何かがあるわけだ。
さらに左から撃たれた。これは躱した後に気付いたが、目の端で微かに光を捉えた。けど、そっちの方にはやっぱり何もない。
「ちっ」
舌打ちしながらも努めて冷静に、周囲に気を配りながら、カミロに怒鳴る。
「ずいぶん危ないもん持ってんな!」
「護身用だ。こういう仕事なもんでね」
会話の間にもあちこち視線を走らせるが、奴が持つ武器らしきものは見つけられなかった。
カミロはアスタたちにオーパーツを渡した男だ。ということは、奴がオーパーツを使って俺を攻撃してきていると見て間違いない。どんなオーパーツかはわからないが、そんなことはO監の現場にゃよくあることだ。敵の持つオーパーツの機能を状況から判断しながら相手を叩く。これが捜査官の基本。
ただ、見えないっていうのは、厄介だよなぁ。分析以前に、躱すのにも一苦労だ。
――だったら、さっさと奴さんをとっちめちまうか。
《ムーンウォーク》のスイッチを入れ足を踏み出しかけた、そのとき――。
「ぐぁ」
カミロが妙な喉の鳴らし方をした。
異常事態にたたらを踏んで、目を凝らして奴を見る。ゆっくりとした動作で首だけ背後を振り返ろうとした奴は、足の力がなくなったのか、床に崩れ落ちた。その背後に、誰かが立っていることに気がつく。
「ワット……?」
それほど大きくないはずのアスタの声が、廃工場内に反響する。
血の滴るナイフを持ったワットがそこに居た。
「なん……で……」
洒落たスーツの背中を血に染めたカミロは、俯せの状態のままでワットを振り仰ぐ。
「……あんたが悪いんだ」
ナイフを放り捨てながらカミロを見下ろすワットの眼は、ぞっとするような色を宿していた。
何度か見覚えがある、狂った瞳。
「あんたが、俺にあれをくれないから……っ!」
ワットはカミロの傍でしゃがみ込むと、カミロのズボンのポケットに手を伸ばした。カミロが阻止しようとするが、その手を乱暴に払いのけて、服が破れるのも
「何してるんだ、お前は!」
予想外の事態に止めてしまった足を、もう一度動かす。スイッチが入りっぱなしだったブーツの底を力強く蹴り、反重力の跳躍力を利用して一気に距離を詰める。
が、時すでに遅し。ワットはカミロのポケットから小さな黒い鉄アレイのようなものを引っ張り出した。
一瞬表情が輝き、悪い笑顔を浮かべたかと思うと、片側の球体を俺に向けた。
咄嗟に身を捩った俺の目の前を、光の線が通り過ぎた。そして、空間の途中で折れ曲がり、明後日の方向へ飛んでいったのを見る。……何かにぶつかったか? だが、折れ曲がった地点には何もない。
深く考察する間もなく、二発、三発と続けて発射されたのを後ろに飛び退きながら躱す。
まだ使いこなせず当たらないからか、ワットは苛立たしげに舌打ちした。
「いい加減にしろよ、ワット少年! なんだってこんなことしてるんだ、お前!」
「うるせえ! 警察は邪魔すんな!」
邪魔? 俺に言えたことでもないが、そもそも割り込んできたのはあっちのほうだっていうのに。
「これは俺のもんだ……っ! もう、お前らに取られてたまるか!」
憎々しげに俺を睨むワットの眼を見て、苦々しい既視感を覚える。あれは狂った人間の目だ。過ぎた力に執着する人間の目。
オーパーツに魅せられたか。
「そんなもん手に入れてどうするつもりよ? そいつを刺してまで……知り合いなんだろ?」
銃を構えつつ、床に転がったカミロを見やる。奴は倒れてから動いていない。背中の傷は心臓の位置は外していそうだが、動けないところを見ると深手だろう。早く病院に連れていかないとヤバい。
「知るかよ! こいつ、俺が役に立たねぇと切り捨てやがった! オーパーツ寄越せっつってもくれやしねぇ! だから……だから……っ!」
奴を刺してオーパーツを奪ったってんだな? まったく、どうかしてやがる。
「ミツル」
まだ何かに取り憑かれたようにぶつぶつと呟くワットを横目に、無線を入れてミツルを呼ぶ。
「救急に連絡。カミロが刺された。重傷」
場所と状況を簡潔に伝えて、ワットに集中する。救急車が来る前にこいつをどうにかしないと、応援が巻き込まれちまう。
「残念だけど、ワット・ネルソン。そのオーパーツは没収させてもらうよ」
構えた銃はそのまま、寄越せと言うように左手を差し出した。
「渡すわけ……ねぇだろうがぁ!」
獣のように吠えて、ワットはリモコンをあちこちに向けてレーザーを乱発した。ワットの撃ったものとなにかにぶつかり跳ね返ったものが入り混じって、変な方向からも飛んでくるので、躱すのにも苦労する。
障害物に身を隠しながら電気の弾を撃つが、さすがに三回目、こちらの手の内は知れていてオーパーツを庇われるし、身を隠されてこちらの弾は当たりゃしない。その癖、光の弾は思わぬところから飛んでくる。ワットの奴も何度か撃っているうちにコツを掴んだらしい。折れ曲がるのを考慮した上で俺を狙ってくるようになってきた。……初めて会ったときも、アスタたちを狙ってきたときも、なんだかんだいってオーパーツを使いこなしている。意外に勘がいい奴なのかもな。
ワットのいる位置からどう弾が飛んでくるかを予想しながら、ワットの持つオーパーツを観察する。カーブしている感じじゃないから、磁力による歪みとかそういうのじゃないだろう。光が折れ曲がってるわけだから、やっぱり屈折か反射ってところか。
問題は、どうやって折り曲げているか。
鏡のようなものがあれば分かりやすいんだが、生憎そういうのは見つからない。光線が飛んで来た方向に銃を撃つが、何にも当たらなかった。なんらかのパーツを飛ばしているわけじゃなさそうだ。
てなると、考えられるのは二つ。ワットが手元で光線を操作しているか、屈折、もしくは反射する物をオーパーツが作りだしているか。
どっちにしろ、ワット自身を叩くしかない点は一緒だな。
そうなると、取るべき行動はむしろ限られてくる。
物陰で少し助走を取ってブーツの力で跳ぶ。重力に反発するこのブーツは、俺の身長よりも高く積み上げられた障害物をやすやすと飛び越えた。レーザーの飛んできた角度からおおよその位置を予測して、ワットの居場所を確認。……いたいた。
当然こちらも見つかって狙われるわけだが、そこはブーツの力を反転させて重力の影響を増して素早く着地する。足は痛いんだけれども、少し我慢。転がることで少しでも受ける痛みを失くす。
足が動くようになったら、駆け出してワットの元を目指す。カートリッジを交換して、サブバレルを取り付ける。障害物から飛び出してワットの姿が見えたところで銃を撃った。
大きな水の玉――片手ほどの水球が、ワットの手元に向かって飛ぶ。俺より少し反応が遅く撃たれた光線は、水球の中に入り込み、折れ曲がった。
運に任せはしたが……目論見通り。
真ん中から少し外れて水球に入った光線は、屈折してあらぬほうへ飛んでいった。
「なんで!」
驚愕しているワットに接近して床に押し倒し、身体の上に乗り頭を押さえる。オーパーツは手で払い除けて遠くへ。
「はい、おしまい。……今度は保釈なんぞさせないから、覚悟しろよ」
「ちくしょおぉぉぉぉ!」
俺の下でワットがバタバタと暴れながら悔しそうに吠えた。
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