第27日-3 手帳の数字
さすがミツルくんは優秀で、救急車と一緒にバルト署へも連絡を入れておいてくれたらしい。ワットを伸したあとすぐに、救急車と一緒にグレンもやってきた。ワットを連行してもらい、救急車で運ばれるカミロを見送ったあと、グレンにアスタと一緒にO監前まで送ってもらうことになる。
その移動の車の中で、宣言通りアスタに説教をかました。カミロが殺されかけたこともあってか熱が入ってしまったようで、運転しているグレンに「おかんかよ」と突っ込まれた。
アスタは反省したようで、項垂れている。顔色が少し悪いのは、ワットが人を刺したのを見たからかね。
「ワットとかいうあの子どもは、こっちで面倒を見るからよ」
送ってもらった車から降りた後、グレンは運転席から顔を出した。
「悪いな。頼んだ」
今回ワットの処遇に関しては、警察が優先される。使ったオーパーツがカミロの物だったっていうのもあるし、傷害(下手すると殺人)の現行犯だっていうのもある。警察よりもO監の権限が上回るように制定されている〈FLOUT〉だが、窃盗よりも重い罪となると、やはり警察のほうが優先される。O監が、警察に
とはいっても、いずれワットが前に使ったオーパーツについて余罪としてこちらが追及することになるんだろうが。まあそれは先の話だ。こっちはやること多いし、今日のところはグレンたちにお任せしましょう。
「落ち着いたらでいいから、ちゃんとこっちにも報告しろよー」
ひらり、と手を振って発進させた車を見送ると、アスタを引き連れてO監局内に入った。ただ、ここで一つ問題があったことを思い出す。いったんカミロの荷物とかオーパーツとかを預けてしまいたいけど、局内は機密の物とかがいっぱいだから、アスタは受付前までしか入れられないんだよな。
「そういやお前、朝飯食った?」
「……調達できなかったから」
だろうと思った。しょうがない。ジャケットの内ポケットから財布を出し、アスタに紙幣を一枚握らせる。
「あっちに自販機あるから、てきとーに買って、あのソファーで食べてなさい。その間に俺は、荷物預けてくるから」
アスタの背を押して自販機の前に押しやった後、俺自身はセキュリティゲートを越えて、エレベーターに乗って上階へ行く。備品管理課に荷物を預け、オーパーツのほうはアーシュラのところへ持っていった。
アーシュラの部屋には、双子がそろっていない代わりに、ワグナー元O研所長が居る。鉄道爆破事件のときにリュウライが護衛していた爺さんだ。アーシュラたちはこの爺さんと一緒に〈クリスタレス〉の解析やこの前リュウライが持ち帰ったデルージョの手記の読解などをやっているのだという。
「ああ、そうだ」
アーシュラにカミロのオーパーツを渡して部屋を後にしようとすると、アーシュラに呼び止められた。
「リュウライくんに伝言を頼める? レーダーが今日の午後には完成できそうだって」
レーダー? ……ああ、この話を引き受けたときに、アーシュラたちが言ってたやつか。オープライトのない〈クリスタレス〉を検知できるとか、そんなやつ。
「了解。伝えとくよ」
リュウライのことだからすぐ取りに来るんだろうな。つっても、あいつの仕事が順調なら、今頃オーラスの工場に潜入しているはずだから、夜になるんだろうが。まだ結構時間があるから、俺もその間にカミロの関係を当たって、リュウライがレーダー取りに来たときに一緒に情報共有でもするかね。
ミツルにその旨を連絡し、危険物が無くなって身軽になった俺は、朝食を食べ終えたアスタをキアーラの居るマンションに送った。短い言葉で端的に説教するキアーラに恐縮するアスタを励ました後、O監に取って返す。
そして備品管理課に立ち寄って、カミロの荷物を見せてもらう。
荷物の確認にはミツルも立ち会った。棚と証拠品の入った籠と、折りたたみ式のテーブルがある箱みたいな部屋で、二人で鞄の中身をひっくり返す。
「あるのは、携帯と手帳、社員証、それにノートパソコン……」
「情報の宝庫ですね」
まったくだ。これなら今までなかなか得られなかった情報も見つかりそうだ。俺は手帳を、ミツルはパソコンを立ち上げつつ携帯電話を見る。
まず、カミロは前にオーラス精密の受付のお姉さんから聞いた通り、営業で間違いなかった。かなり忙しかったのか、スケジュール帳はびっしり。休日も半分は埋まっていた。ここ最近の訪問先はシャルトルトの数社と光学研が主。光学研は週に一度は訪れていたらしい。それから、アスタたちとの約束と、サルブレア訪問の予定も書かれていた。
サルブレアには頻繁に行っていたようだ。健診結果を渡すためか、アスタたちに会って数日以内にはまず行っていたようだし、メイが襲われる三日前にも行っている。……これ、ワットが釈放された日だな。
その二日後に入っている予定。『バルト、レッヘン』とある。状況からして、メイを襲う奴らを雇ったんだろうか。こんなのまで記録に残しているなんてな。ワットをアスタたちの隠れ家にけしかけたときの記録もある。マメな奴だな。
ここまでから推察するに、カミロはおそらく営業で外回りが多いのを利用して、オーパーツのバイヤーのような役割を果たしていたんだろう。奴の鞄は大きく、資料やらを入れてもまだ大きく隙間があるほどだった。ある程度の大きさのオーパーツなら、これで持ち運びができる。
そして、誰かに渡す予定だったオーパーツはサルブレアから持ち出していたようだ。少なくとも俺が関わった中で、オーパーツが使われた数日前にサルブレアへ立ち寄っている。
さて、サルブレアはオーパーツをどのように調達していたんだろうか。さすがにこの手帳からは読み取れなかった。
「ミツルくん、なんかあった~?」
訊いてみると、ミツルは残念そうに首を振った。
「めぼしいものは何も。削除データの復元には時間が掛かりそうですし……」
「そっか……」
なんて応える傍らで驚きを禁じ得ないんだけど。なにこの子、そんなスキルも持ち合わせてんの?
「じゃあ、そっちは夜に期待しますか」
それからもう一度手帳を見る。予定の行き先には他に、リュウくんの行っているディタ区の工場や、もう一つオーラス社の施設と思われるものもあった。ミツルはこれが気になったようで、「リュウライに調べさせますか」なんて言っている。嫌だわホント。リュウライにどれだけ危ないことをさせる気だ。
特捜連中の人使いの荒さにぶつくさ言いながら、翌月のページをめくる。
「うん? 〈輝石の家〉?」
オーラス財団経営の孤児院の名前だ。今朝ニュースでやってたところ。
なんで孤児院の名前なんか書いてんだ? 仕事で行くようなところじゃないだろう。
「オーラス財団経営というのが気になりますね」
「うん」
過去のページを遡ってみると、〈輝石の家〉と書かれた末尾に数字が書いてあった。
「七。こっちは十五。何の数字だ……?」
孤児院の人数……にしては、変動が大きすぎる。金か? うーん、見当がつかん。
これは一度調べてみる必要がありそうかなぁ。
〈輝石の家〉。
どっかで聞いたことあると思ったら、アスタの居た養護施設だ。
と思い当たった俺は、ラキ局長への報告を終えたあと、アーシュラの家へと向かった。目的はもちろんアスタに話を訊くためだ。
既に夕食を終えていたイーネス宅の食卓の上で、アスタは何故かぐったりと机の上に突っ伏していた。
「家の中、掃除させたのよ」
と、キアーラ。なんと俺がO監に戻ったあと、罰を与えたとのことだ。部屋の隅々を掃除させ、ついでに食器も洗わせて、自らの心を見つめ直せと命じたのだという。
心配させたにしても、悪さをしたわけじゃないんだから、それはやり過ぎなんじゃないかと思うわけだが――アスタ申し訳ない。キアーラの機嫌を窺うに、俺は意見できそうにないよ。
「それよりアスタ、訊きたいことがあるんだけど」
のろのろと顔を上げたアスタに、カミロの手帳に書かれた件を簡単に説明する。
「いや、別に心当たりは……。あそこでカミロも見たことないし……」
「じゃあ、なんか変わったこととかは?」
「それも、別に。……あ、いや、特別授業があったか」
なんか怪しー単語が出てきたんだけど。
「あの施設、学校も併設してて。初等教育くらいまではあそこで済ませるんだけど、今にしてみると、一個だけ変な授業……っていうか実習があって。発掘作業なんだけど」
「発掘!?」
これはちょっと驚きだ。だって重労働だぞ。なんだかんだでこの島で採れる鉱石が収入源だから今も発掘に従事する人間がいるわけだけど、時代が時代なら奴隷がやらされていてもおかしくないような、過酷な仕事だ。
それを孤児にやらせるだって?
「この島、VGの採掘がそもそもの起源だろ? だから、採掘作業がどういうものか身を以って体感して、島の歴史を知ろうっていうような趣旨だった……気がするんだけど」
「掘ったのか」
「掘った。敷地内に坑道があるんだ。そこをまあ、何組かに分かれて月に一度くらい」
月に一度。頻度としては、まあまあか。仮に目的がアスタの言うようなものならば、だけど。
「〈輝石の家〉はディタ区にあったよな。採れるのか?」
採れる、とアスタは頷いた。と言っても、採れるのは製品にならないようなクズ石ばかりだそうだが。
「でも、たまに透明な石が出てきたんだけど、職員がやけにあれを有難がってたな」
「……それ、どんなもの?」
石、と聞いて気になったのか、皿を片付けていたキアーラが俺の隣に座る。
「どんなって言われても、石の違いなんて分かりませんし」
「形は?」
「……たまに、割ると綺麗な断面があって……
キアーラの目がすっと細まった。
「
「っていうと?」
「オープライトかしら」
薄々そんな気はしてたけど。ただ、アスタが眉を顰めているのを見てると確証は持てないな。加工前後で印象が変わるとはいえ、石に興味ないだけな気はするけれども。
まあ、仮にオープライトだとして。
そうすると、カミロの手帳に書かれた数字が気になるな。
「それ、どれくらい採れた?」
「そんなに多くない。こんくらいのが月に五個とか十個とか、そんなもん」
アスタは親指と人差し指で、眼球くらいの大きさを示す。大きさの方はともかく、カミロの手帳の数字とおおよそ一致するな。
〈輝石の家〉は、オーラス財団経営……こりゃあ、ますますきな臭くなってきたぞ。
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