第五章 アスタとカミロ

第25日-1 奨学生

「ハロー」


 エレベーターから下りてきたモーリスを発見すると、ひらひらと手を振った。モーリスの厳しい顔がたちまち顰められる。かなり嫌そう。


「何の用だ」

「あらーせっかく親友が来たってのに、つれない」

「勤務中でなければな」


 モーリスは腕を組み、ソファーに座った俺を見下ろす。ガタイが良いので、なかなかの迫力だ。カッコいい。


「そのお仕事の話、聴かせてくれない?」


 サルブレアの施設に潜入し、光学研にお邪魔して四日。俺はセントラル警察署に来ていた。光学研での収穫がないままバルマについて調べていたが、案の定行き詰まってしまったのだ。

 それで、モーリスからオーラス財団絡みの話を聴けないかと、こうしてセントラルの警察署に足を運んだってわけだ。

 昔は俺と同じバルト署にいたあいつも、今では出世してセントラルの捜査官だ。同期の中では着実にキャリアを積んでいることだろう。羨ましい……とは思っていない。ただ、感心というか尊敬はしている。


 あちらで話そう、とモーリスは奥のカフェブースを指し示した。カフェブースといっても、飲み物は自販機だし、他に椅子とテーブルがあるだけで、簡易的な休憩室のようなものだ。俺みたいな外部からの客で、応接室に通すほどでもない人間とお喋りするときに使われているらしい。

 L字型の青いソファーに腰掛ける。俺がガラス窓を背にした奥側。モーリスは俺の右手側。一本足の白いテーブルに缶コーヒーを置いて、ようやく話が始まった。


「正直に言うと、O監が余計なことをしてくれた所為で、ここ最近奴らの守りが固くなっている」

「あらら、それはごめんなさい」


〝余計なこと〟というのは、光学研へのガサ入れのことだ。O監でも珍しいド派手な行動だった自覚がある。あのときは時間との戦いだったから仕方がなかったが、悪い影響を齎しちまったか。

 そうして図らずも妨害してしまったわけだから、モーリスのところの部署の連中からも、すごい反感を買ってしまっているらしい。ま、これも仕方がない。O監は嫌われ者なのだ。


「何故あんなことをした?」


 金色の太い眉を寄せて、声を低める。責めるというよりは、理解不能とでも言いたげな声色。


「この前、サルブレアについて調べてもらったろ。あそこに光学研の所長がいたんだよ」

「光学研の所長が?」

「彼女はあそこでオーパーツの研究をしていた。だけど、俺らが探ってたのがバレちまってな。証拠消される前に押さえられないかと乗り込んだんだが……」


 結果惨敗。証拠は消されていたわけだ。

 シェパードさんと一緒に見た、あの不自然な書棚の本。あれからやはり隠蔽は行われたんだろうとは思う。だが、なにぶん証拠がない。だから俺たちは、引っ掻き回すだけ引っ掻き回しといて、しおしおと帰ることになった。


「勘違いの可能性は?」

「ないな。サルブレアであの所長から直接話を聞いたし、彼女のボディガードに俺も後輩も殺されかけた」

「何をしているんだ、お前!」


 モーリスが吠える。声が低いからか、こいつが大声出すと結構腹に響いてビビるんだよな。まあ、心配してくれてるのが判るから、さほど怖くはないんだけど。


「いや、ちょっと敷地に入っただけで」

「その様子だと少しじゃないだろう! だいたいそれは許可あってのことだろうな」


 局長の許可はあったが、先方には黙ってお邪魔したので、誤魔化し笑いを浮かべるしかない。

 そんな俺様の顔を見て、愕然と顎を落とすモーリス。


「……らしくないな。手順を踏んでこその捜査だと、お前もよく知っているだろうに」


 全くもってその通りなので、胸が痛い。


「まあ、いろいろあってさぁ」

「もういい、分かった」


 やれやれ、と眉間を親指で揉みながら、モーリスは頭を振った。


「オーパーツ監理局がオーラスを調べていると聞いて、こちらでも少しオーパーツ関連に焦点を当てて調べてみた」


 モーリスは、テーブルの上の未開封だった缶コーヒーを手に取った。小気味良い音を立てながら、封を開ける。


「オーパーツ研究所が設立された後、オーラス精密は何度か共同研究を持ち掛けている」

「取り入ろうとしたのか。でも、振られた?」


 モーリスは頷いて、缶を呷った。


「奴にしてみれば、O研設立時から不満があったことだろう。自分の島で見つかった物を自由にできず、片っ端から国に取られている」

「おこぼれにすら与れなかったわけだな。強欲傲慢爺さんなら、腸煮えくり返ったことだろうな」


 しかも、O研設立の二年後にO監ができて取り締まるようになったから、オーパーツはますます手の届きにくい品となった。この島を己の領土と思っている爺さまはとにかく気に入らなかったはずだ。


「そのままおとなしく引き下がったとは思えないな」

「その通りだ。オーラスが財団を設立したのはO研設立後だが、そのときに研究機関を支援する基金や理学・工学系の学生を対象とした奨学金を提供する事業を開始している」


 表向きに地域貢献を掲げたオーラス財団の、慈善事業の一つってわけか。といっても、財団も道楽でやっているわけじゃない。奨学金にしても、ある程度の見返りリターンを見越しているはずだ。この場合だと……理学・工学系の学生が対象って言うんなら、自分の会社に引き入れるとか、そんなところかな。

 だけど、と昔何処かで見かけた、オーラス財団の奨学金制度の実績を思い返してみる。……ああ、そうだ。奨学生の就職先がオーラスの企業だけじゃなかったんだよな。本当に慈善事業に見えたから、驚いた覚えがある。

 で、モーリスが今こんな話を持ち出してくるってことは。


「もしかして、自分の息のかかった研究者をO研に送り込むことも考えてたり?」

「と、俺は見ている。実際、過去に似たようなことがあった」


 モーリスによれば、昔、ある工業会社に就職したディタの大学の工学部卒業生が、オーラス精密に自社の技術を売り渡していた事件があったらしい。その学生は、オーラス財団の奨学生だったのだそうだ。


「オーラス側は自分たちが彼に指示したのではなく学生のほうから売りに来たと言い張り、容疑者もそれを肯定したため、我々はその証明ができずに終わったが……実際どうだろうな」


 学生のときに金を貸した恩をちらつかせて、その学生を焚きつけたわけか。あくどいな。そして、それと同じ手口で学生をO研やO監に送り付けている可能性もある、と。身内に敵がいるかもしれないと思うとぞっとするな。


「因みにその奨学生の名簿、あったりは……」

「しない。あれば苦労はしない」

「ですよねー」


 ばたり、と机の上に突っ伏した。

 マーティアス・ロッシの名前があったりしたらラッキーだったんだけどな。そう簡単じゃないか……。


 ミツルくんから又聞きしたんだが、サルブレアに忍び込んだ夜、リュウライがバルマを見て、その正体がロッシだと気づいたらしい。ロッシの話を聴いたあと、写真を見ていたんだとさ。……そういえば、リュウライは学生時代のロッシに会ったことがあったんだっけか? 七年以上前の客のことをよく覚えているもんだと思うが、もしかするとそこからも確信を得ているのかもしれないな。

 因みに、その写真は俺も拝見した。確かにロッシとバルマは同じ顔だった。リュウライの記憶力はよく知ってるし、バルマがロッシであるという点はまず間違いないだろうが……。

 物的証拠としては、いまいち足りないところがある。なかでも、記録でロッシが七年前に死んだことになっているのが厄介だ。他人の空似で済まされてしまう可能性がある。なにせ七年前の写真だし。本物のスーザン・バルマの写真があれば、輪郭とか照らし合わせて同一人物か確認することもできるんだろうけど、生憎見つからなかったんだよな。

 だから、オーラス財団とロッシの繋がりが分かれば、足がかりにならないかなと思ったけど……そう簡単にはいかないらしい。


 まあ、でも、良いこと聞いた。奨学生リストは手に入らなかったが、O研、O監の名簿から従業員がオーラス財団から奨学金を受けていたかどうかは見ることができるだろう。裏切り者を炙り出せるかもしれないし、ロッシの件はそっちから分かるかも。報告するだけして、あとは局長に任せてしまいましょう。

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