第21日-4 ガサ入れ
「すみません。お邪魔しますよっと」
オーラス光学研究所。そこの受付で、俺はぞろぞろと仲間を引き連れながら、受付のお姉ちゃんにびらりと紙を突き出した。いわゆる捜査令状というやつだ。
「突然申し訳ないけれど、ちょっとこの中調べさせてもらいたいんだよね」
面食らってる受付嬢のお姉ちゃんに笑顔を向けながら話す。「申し訳ないけれど」とか言うが、どんな相手が嫌がろうが強制なので、問答無用、ほぼ脅迫である。気圧されてカクカク頷く受付嬢ちゃんを見たあと、背後に目配せ。O監捜査官と応援に呼んだバルト署の刑事が、バラバラになって動き出す。それを見てようやく我に返った受付嬢ちゃんは、慌てて手元の受話器を掴んだ。
研究所の所員たちが、驚きと迷惑の表情で俺たちを見ている。多少申し訳なさを感じるが、あのバルマに都合の悪いことを消されるのは困るので、強引だろうが理不尽だろうが引き返す手はない。
バルマと会ってから既に七時間以上、ラキ局長に報告してからもう四時間近く経過してしまった。局長はかなり無理を言って令状を用意してくれたんだろうけれど、こういった手続きはどうしても時間が掛かる。その間に悪い奴らが証拠を始末して逃亡していないのを、祈るのみ。
何か残っていればいいなー、と思いつつ、所長室へ向かう。一応形だけノックして、返事の有無なんて構わずに扉を開けた。
いつかの応接室と似たような、黒い絨毯と白い壁の内装。手前には誰かと話をするためのソファとテーブル。その奥には執務机。壁際の書棚はきっちりと綺麗に整理されているが、机の上はまあ酷かった。本や資料がグチャっと置かれていて、これでホントに書きものとかできるの? という感じ。几帳面なのか、身の回りのことを疎かにしがちなのか、いまいちわからん女だな。
分かりやすそうなところから物色をはじめさせてもらう。が、見つかるのは工学系の教科書っぽいものや、社内での手続き書類のファイルのようなものばかりで、オーパーツに関する物は何一つ見つからない。
がっかりしてきたところで、一緒に来たミューリンズさんの方に視線を向ける。なにせガサ入れ、特捜だけじゃ人が足りない。だから局長は、俺の所属するチームをはじめとしたいくつかのチームに声を掛けた。だから俺は久しぶりに、仲間と一緒に仕事をしている。
「なんかありましたー?」
「……いや、何も」
首を横に振られたところで、がっくし、と項垂れる。
「そもそも、こんなところに置いとくか?」
それについては、俺も思わなかったわけじゃない。サルブレアの秘密研究室があるんだし、資料をあちこちに置いとくよりも、そこに置いておいたほうがずっと安全だ。
ただ、アスタたちの健診がここで行われていたという点で、光学研内を捜索する価値はある。ラキ局長も同じ考えだったんだろう。だから無理を言って人員を掻き集めた。突然過ぎて反発もあっただろうところを抑え込んで。
ざっと見た限り、この局長室には怪しい資料はない。それじゃあ、何か抜き取られたりした形跡があるんじゃないかと探してみたが、こちらもない。ミューリンズさんの言う通りはじめから何もなかったか、それとも抜き出したところを別なもので埋めてはじめからなかったように装ったか……。
「なんですか、貴方たちは!」
ふむ、と考えながら書棚を眺めていると、誰かが慌てて所長室に飛び込んできた。きっちり整えたブルネットの短髪に、恰幅の良い身体の五十くらいの男だ。白衣を着ているから、この研究所の人間か。青い瞳が眼鏡越しにこちらを睨んでいる。
「ここは所長室ですよ! 勝手に入らないでください!」
ずかずかとこちらに迫ろうとした男の前に、すかさずミューリンズさんが立ちはだかった。
「失礼。我々はオーパーツ監理局です」
ミューリンズさんは、年齢の割に痩せ気味な細長い身体を折りたたんで一礼する。
「こちらも捜査でして。一応国から許可を貰っているので、ぜひご協力をお願いいたします」
「国の許可!? 知りませんよ。とにかく、迷惑なんです! さっさと出ていってもらえませんかね!? だいたい、オーパーツって……」
「ご存知ですか?」
たちまち、そのおじさんの顔が火でも噴き出そうなほどに赤くなった。
「知るわけないじゃないですか! うちはただの技術開発研究所です。オーパーツなんて、それこそ国の扱いでしょう。我々は関係ありません!」
見事に言い切ってみせる。机の上を漁る手を止めて副所長の様子を観察してみた。とりあえずこの場をどうにか抑えたいという感じだな。
ミューリンズさんはしばらく顎に手を当てて考え込む。
「申し訳ありませんが、貴方は?」
「私は副所長のマーク・ダニングです」
「失礼しました、ダニング副所長」
ミューリンズさんの応対は飽くまで丁寧だったが、この異常事態が気に食わないらしく、副所長さんは敵意を引っ込めることもしなかった。
「スーザン・バルマ所長、どちらにいらっしゃるかわかりますか?」
「知りません!」
「知らないって……」
半ばキレ気味にいう男に、ミューリンズさんも呆れ顔だ。だがダニングさんは、俺たちの視線に気づくことなく、蛸さえ負けてしまうほど顔を真っ赤にして喚き散らした。
「私も今さっき〝今日は休暇だ〟って知らされたばかりなんですっ! 昨日までそんな予定なかったのに……」
なるほど、こうもがなり立てているのは、性格じゃなくてパニックに陥っているからか。
「とにかく! 所長がいない以上、私が責任者になります。何かあるのでしたら、まず私に話を通してくれませんかね!?」
でも、キレ気味でもこうして責任を持って対応できるだけ、できた人物なんだろうな、と思う。少し申し訳なくなってきた。
「では、早速お話を伺いたいのですけれど……」
副所長からの聞き込みは、ミューリンズさんに任せたほうがよさそうだ。邪魔にならないようにそっと離れる。
改めて物色を再開しようとすると、扉の隙間からこちらを覗き込んでいる男に気がついた。小柄で猫背の挙動不審者。少し鬱陶しく思えるほどおどおどしている。
「どうしましたー?」
なんか気になったので、声をかけてみるとびっくりしたのか、挙動不審者は、抱えていた書類をどさどさっと床に落としながら仰け反った。
「エバンズくん! そんなところでなにをやってるんだ!」
音に気づいた副所長が、声を張り上げると、エバンズと呼ばれた男は、ペコペコと茶色の頭を下げだした。
「す、すみません! 所長に頼まれてた書類を届けに来たんですけれど……」
「所長は休みだよ! 早く片付けて、明日にでもまた来なさい!」
悲鳴の混じったような返事をして、エバンズさんは床に屈みこんで落とした書類を集めはじめた。途中眼鏡がずり落ちそうになって、慌てて右手で押さえる。と、また書類が腕の中から落ちるものだから、さらにパニックになっていた。
なんだろう、大丈夫かな、この人。
仕方なく近くに寄って、書類を拾うのを手伝ってやった。
「すみません、ご迷惑を……」
またペコペコと頭を下げるので、愛想笑いを返してあげた。
しかし、
ぱっと見怪しいものはないな。
「すみません……ありがとうございました……」
すべての書類を抱え直したエバンズさんは、恐縮するにも大袈裟なほど縮こまった。
「いえいえ、お気になさらず。えーと、エバンズさん? バルマ所長とは親しいんですか?」
なんて振ってみれば、エバンズさんは分厚い眼鏡の向こうで目を大きく見開いた。
「そんな……親しいってほどでは……。たまにこうして書類を届けるだけで」
「でも、よく会うんですよね? どんな人なんですか?」
そういや、あの女についての他人の評価をまだ聴いてなかったことを思い出した。自分の印象だけでバルマのことを見ていたな。オーパーツに手を出していたことには違いないが、果たして周囲の目にはどのように映っていたのか……。
「……あの方は天才ですよ。三十で所長になっただけのことはある」
エバンズさんの声が、低く落ち着いたものになる。彼は視線を床に落としつつ、ぽつぽつと話し出す。三十……三年前からそんな立場に着いているのか。いくらなんでも早いな。
「普通じゃ考えられないようなことに挑戦して、現在もまさに実現しようとしているんです。そして、そのための努力ならいくらでもできる方だ」
と、ここまでは話し方も滑らかで、本気で尊敬している感じだったのに。
「……あの方の執念は、本当に凄まじい」
エバンズは抱きしめるように書類を抱え、ぶるりと身体を震わせた。もともとおどおどした感じの人物ではあったが、今の答えは何かに怯えているような感じだ。
――何を知っている?
「もともと何やってた人なんですか?」
「こ、工学系で、エネルギーの関係を専攻していたと聞いていますけど」
「へえ。エネルギー関係」
オーパーツの関係性を考えてみようとしたときに、ふと思い出したのが、あの黒いオープライトだ。
人間からエネルギーを汲み上げて動力とする〈クリスタレス〉。バルマはたぶんサルブレアでその研究をしていた。多少なりと専門ってわけだ。
「あのぉ……もういいですか?」
「あ、最後にもう一つ。ここ、バイトを雇って検査機器の試験をやってたって聞いたんですけど、それに関してなにか知りませんか?」
「し、知りません。所長の仕事には関わっていませんでしたので」
「そうですか」
ありがとうございました、と言って頭を下げると、エバンズさんはあからさまにほっとした表情をして、足早に立ち去った。
「リルガ」
声を掛けられて、振り向いた。シェパード先輩が手招きしている。思えば、この人とはワットの最初の事件に関わって以来のお仕事だ。同じチームなのに、二十日も離れているなんて妙な感じだな。
「何か見つかりました?」
「いいや。だが、これを見ろ」
書棚の一角を指し示す。
相変わらず綺麗に本やファイルが並べられている。背表紙を見る限りでは、他と変わらないように思うんだが……。
眉根を寄せた俺に、シェパードさんは呆れた目を向けてもう一度書棚を指し示した。
「ここ。研究記録に紛れて、社内規定とか連絡先の冊子が置かれてる。他は全部ジャンル分けもされていて、これだけ整頓されているから、本人がいい加減なことをしたとは考えにくい。実際、これと同じようなものをあっちで見た」
うーん、と腕を組んで考える。つまり、同じ部屋に同じ本が二冊以上あって、それぞれ書棚の違うところにしまわれている、と。普通は同じところに置くよな。
「普段整理してるけど、たまたまこのときは面倒だった、とか、時間がなかったから慌てて突っ込んだとかその可能性は?」
「有り得なくはないが、机の上が雑多な様子を見る限り、どちらかというとあちらに放置しそうだな。まあ人それぞれだから、確実なことは言えないが……」
うーん、確かに。今、執務机の上は他の捜査員が漁っていた。山を崩すところから苦労しているようで、あまり進んでいる感じがない。
「抜き取った資料を別のもので埋めた、とか?」
「かもな。ここだけ入れ方が適当だ」
「何の資料ですかね」
「さあ?」
ふーん、と相槌をうちながら、ふらふらと机のほうに寄った。机の上は未だに書類がぐじゃっとしている。半ば同僚に片付けられているからなんとも言えないが、隅に積み上げられた山……というかむしろ塔が崩れた感じだ。
積み上げられた途中にあったものを抜き取って、そのときに倒れたのをそのままにして放置。
明日休暇って人間がこれをそのままにして帰って落ち着いていられるかね。増して、整理整頓できる人間なんだから。よっぽど慌てていないと、これを放置するなんてことしないだろうな。
この惨状をバルマが作りだしたとして。
「こりゃあの女、もうここに戻る気ないかもな……」
サルブレア施設で俺たちと遭った後、オーパーツに関係しそうなものを抜き出して、行方をくらました。行方不明になるつもりだったんなら、この惨状はどうでもよくなるだろう。あとは研究所の誰かに片づけて貰えれば完璧。その誰かが分かればいいんだけど。
引き出しに手を掛けてみると、鍵はかかっていなかったのかあっさりと開いた。中はぐちゃぐちゃに掻き混ぜられた感じ。物色したあとだな。目ぼしいものは見つかりそうもない。
やっぱり遅かったかな。俺も体調悪かったし、公的機関である以上どうしても手続きは発生してくるから仕方ないっちゃ仕方なかったけれど。俺が黒服の奴に落とされてなかったら、リュウライくらいは早く動けてたか?
……やめよう。今更〝たられば〟の話をしていても仕方がない。
結局、これと言った収穫もないまま、俺たちは引き上げることとなった。場を荒らし回っただけの俺たちは、所員の冷ややかな視線を浴びながら、研究所から退散する。
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