『FLOUT』オーパーツ監理局事件記録 ~Side G:触れたい未知と狂った運命~

森陰五十鈴

序章 いつもの仕事

The previous night(前)

 この世には特別な物が数多くあるけれど、嘆かわしいことに、その〝特別〟を手にしたことで自分も特別になったと勘違いする奴もまた多い。

 今こそこそと店の裏口に入ろうとしている連中を指揮している奴も、間違いなくその一人なのだろう。

 そういう自分はどうなんだ、って? そりゃあ確かに、俺の相棒は特別製ですけれども。浮かれるにはちょいと過ぎた代物のような気がしてならないので、とてもそんな風にはなれないのです。

 なにより、立場がそうすることを許さないんだけどさ。


 建物の陰から覗くふっくらしてきたお月様の姿に、あーあ、と溜め息が漏れる。秋も深まり寒くなってきた夜更け。意識すれば白い息も吐き出せるほど。だというのに何故俺は、こんな人気のない街角でこそこそ隠れてなきゃいけないのか。三十を目前にしたこの身体には、夜の冷気は堪える。

 古ぼけた黒のジーンズ越しに忍び寄る冷気に、ブーツの踵を左右交互に踏み鳴らす。普段なら、ほかほかで美味しい手料理に満足し、ぬくぬくと温かい布団に潜っているはずなのに。今晩は、粗食を胃袋に突っ込んだだけの身体を冷たい夜風に晒して、建物の陰に隠れているなんて。あーもう、とっとと終わらせて帰りたーい。


『うるさいぞ、グラハム』


 無線機から入るクールな男の呆れ声に、気の抜けていた背筋をしゃんと伸ばす。後頭部で括ったカーキ色の美髪を左右に振りながら、辺りを窺う俺。誰も見当たらなかったので、ちょっとだけ安堵。


「あーすんません。口に出てました?」

『喧しいくらいにな。寒いだの、美味しいご飯が食べたいだの、早く寝たいだの。こっちだって我慢してここにいるっていうのに』


 すみません、ともう一度気まずそうに謝っておく。


『まあでも喜べ。退屈な時間はもう終わりだから』


 お、と思わず声を漏らしたのは、この瞬間を待っていたからだろう。寒さに固まりかけていた身体にエンジンが掛かる。


「準備できました?」

『ちょうど今だ。――突撃許可。頼んだぞ』

「あい、先輩サー


 返事して、腰に手を回す。良い色合いの革のジャケットの下から抜き出したるは、アンティークゴールドの拳銃ハンドガンだ。形状はリボルバーに近いが、回転弾倉シリンダ撃鉄ハンマーも付いていない。長い円筒形の銃身バレルは、台枠フレームから伸びる銀の装飾に上下から挟まれて、申し訳程度に照星と照門が付いている。銃把グリップは、自動式オートマのそれに近く、真っ直ぐで幅広だ。

 安全装置のないそれの銃把から、一度交換部品カートリッジを抜き出した。ただの板にしか見えないその中央に嵌った透明な石の色を確かめて、元に戻す。


「よっしゃ。グラハム・リルガ、行っきまーす」


 おどけた台詞を無線マイクに吹き込んで、建物の陰から飛び出して、白月の光に我が身を晒す。

 白黒のタイル敷きの商店街。白く塗り直されてはいるものの古ぼけた印象が拭えないアーケードが、俺の眼前で大きく口を開く。その手前、大跨ぎ一つで越えられそうな細い道路の対岸で、少年たちガキどもがこそこそと蠢いていた。数は、七。年齢は、一、二年のバラツキはあれど、十代半ば。全員反抗期をそのまま拗らせたんだろう洒落た格好。カーテンが引かれた小さな宝飾店の大きな窓ガラスに、虫のように貼り付いている。


「はーい、皆さん! そこまでです!」


 近所迷惑になりかねない大声を出せば、少年たちは一斉にこちらを向いた。それから間抜け面で硬直。鈍い金の光を弾く俺の銃に魅せられている。


「全員そのままそのまま。手に持ってる物、下に置いて。ゆっくりだぞ?」


 右手首を動かして銃を小さく上下に振れば、不良少年たち六人は油のささっていないブリキ人形のようにぎこちなくしゃがみ込み、持っていた工具類を道端に置いた。バールにハンマー、その他諸々。ずいぶんと大胆で強引な手口を使おうとしたものだ。


「何をしてたのか、と訊きたいとこだけど、答えは明白だな。器物損壊、建造物侵入罪――未遂だけど。悪ふざけにはちょっと度が過ぎてるんじゃない?」

「なんだお前は!」

「お決まりの台詞をありがとう。俺は、このシャルトルトに蔓延はびこる――」


 瞬間。

 空気を叩きつけるような、或いは何かが破裂するような音を聴きつけて、俺は咄嗟に足を一歩後ろに引いた。よじった身体のすぐ隣を、見えない塊が凄まじい勢いで通り抜けていく。


「――やっぱりな」


 肝が冷えたのにもかかわらず頭の中は冷静で、事前に与えられていた不確かな情報が正しいものだと認識した。再度銃を構え、横一列に並んだ少年たちの端っこにいた七人目に向ける。彼らの中で唯一工具類は何も持っていなかった、リーダー格の少年だ。ワックスで立てた金髪、ヘーゼルの三白眼を釣り上げて、凄まじい人相でこちらを睨む。俺に向けて突き出した右手には、拳の前面を覆うナックルダスターのようなものがついている。

 あれが、例のブツか。

 脳内スイッチが切り替わる。相手を挑発するための道化モードはお終いだ。ここからは、しっかり真面目に公務を執行させていただきましょう。


「そこの少年。今すぐその、手に持っているものを外して渡してもらおうか」


 今ならまだ、罪は軽いよ?

 銃を両手で構え、引金トリガーに指を掛ける。低めた声。適度な緊張感。俺の変化に何かを感じ取ったのか、他六名が息を呑む。はらはらした様子で俺とナックルくんの間を十二個の目が行き来して、固唾を飲んで決断のときを待ち――


「渡すわけねーだろ、バーカ!」


 幼稚な一声に、全てを打ち砕かれた瞬間の表情を一斉に浮かべた。けれど、彼はそんな仲間の反応はお構いなしに、


「サツは寝てろ!」


 ナックルダスターを着けた右手を振り、虚空に向けて正拳突きを放った。慌てて横に飛び退く。身体の横を何か空気の塊のようなものが通り過ぎた。


「おいワット!」


 やめとけ、と仲間の一人が慌てて制止するが、


「躱してんじゃねぇ……よっ!」


 ナックルくん――ワット少年は聴き入れず、また一撃を俺に向けて放つ。

 右足の踵で、左のブーツの踵に取り付けられたスイッチを押す。それから空気弾がぶつかる前に、片脚で前方へと高く跳びはねた。


「な――っ!」


 助走ゼロで人の背の高さを越える跳躍に、ワットをはじめ泥棒少年たちがあんぐりと口を開ける。空気弾が足下を通過するのを感じ、もう一度踵のスイッチを操作、設定を元に戻す。そしてそのまま少年たちの目の前へ。

 呆然としたところを捕まえようと手を伸ばす。しかし、立ち直りが早かったのか、それともただ狼狽うろたえただけなのか、ワットは数歩後ろに下がってしまった。

 空振った俺の手の先でワットが叫ぶ。


「警察じゃねぇのかよ!」

「正確にはちょい違う」


 人の口上を遮っておきながらの誰何に、親切に応える俺。ジャケットの胸ポケットに手を入れて、身分証を開いて見せる。


「俺は、このシャルトルトに蔓延る違法オーパーツを取り締まる、オーパーツ監理局の捜査官だ」

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