第8日-1 お喋りスキル
『局長の許可が下りました。オーラス光学研究所へ向かってください』
ミツルからそう連絡が入ったのは、リュウライと話して三日後のこと。局長の結論が出るまでに結構日が空いたから、駄目かなこりゃ、と思っていたところだった。
『局長がお膳立てしておいてくださいました。所長が相手をしてくださるそうです』
「所長? 光学研の? いきなりそんなのと話せるの?」
あ、だから時間掛かってたのか、と納得したところで。
『ええ。貴方のお喋りな口がどの程度役に立つか、腕の見せ所です』
悪意のある言い様に、閉口した。
先日のリュウライの言葉が思い出される。うるさい? 返事を考えるのが面倒くさい? 言ってくれちゃって。その
「見てろよ。今にお前さんをぎゃふんと言わしてやるからな」
むくむく湧き上がる反発心に任せて言ってやるが、その意気込みは、所長に向けてくださいね、とかミツルはサラリと流しやがる。
ふん、まあ見てろよ。
所長との面会時間などの指示を受けながら、居室を出てエレベーターに乗る。午後三時……って、今から真っ直ぐバルトに向かうといい時間になっちまうじゃんか。ゲートを通り抜けてから、足早に駅に向かう。
平日昼のど真ん中。だが、都会的なセントラルは行き交う人の数は多い。ここまで清々しい秋晴れの日だと尚更だ。暇そうな若者、移動中のサラリーマン。みんなせかせかと歩道を歩いている。
「そういや、お前さんも特捜なんだって?」
ミツルくんの注意事項が終わったところで、そんな風に話を向けてみる。はあぁ、と大きな溜め息が聴こえた。隠しもしやがらないな、この野郎。
『……それが? どうしましたか』
「いや〜、どういう基準で特捜に選ばれるのかなぁって思って」
『機密情報です。教えられません』
ぶすっとした愛想のないお返事。ふーん。まあ、そうだろうな。
「じゃあ、ミツルくんはどうして特捜に入ることを決めたわけ?」
『話す必要が?』
「……ほほう。なんか後ろめたいことでもあるのかな? なんだろー、怪しいなー」
『変な勘繰りはやめてください。自分の力を存分に発揮できる場をくれると言われたので、受け入れたまでです』
「へえー。ミツルくん、なにが得意なの?」
『チェスです。その応用で、人員配置を覚えるのが得意で』
「なるほどねー。まさにオペレーター向きというわけですか。因みに、リュウライは? なんであいつ特捜に選ばれたの?」
『彼はどんな危機的状況下であっても冷静に決断できる胆力を持ち合わせていますから。一度見た人の顔を覚えているのも便利で良いですし』
便利って。確かに凄い特技だけどさ。言い方ってあるだろ。
「冷静、ねぇ。確かにどんなヤバい目に遭ってもパニクんないけどさ。結構危ういと思うぜ?」
『そうですか? 今まで何度も独力で身の危険を回避してきていますし、経験も積んでいますので、それなりの対応力はあると思うのですが』
そこが危ないっつってんだけどもな。特捜の奴ら、何人いるか知らねぇけど、その辺の感覚狂ってんじゃないだろうか。
「ふーん、まあそうなのねー。分かったよ。ありがとう、ミツルくん」
『……全く、またどうでもいい無駄話を……』
「だって、そんなスペシャルな部署があるなんて聞いたら気になるじゃなーい。映画みたいでカッコいいし」
『……子どもですか』
うるせぇよ、と返しつつ、改札で駅員さんに定期券を見せて駅に入る。掲示を見上げれば、三分後にはバルト方面の列車が出るらしい。良いタイミング。
しかし、なるほどね。特捜ってのは、優秀ぞろいの監理局の警官の中で、更に何か特別な技能を持つ奴等の集まりってところか。向上心が有りそうな奴を捕まえて、プライドとかを刺激して引き込んでるんだろうな。そんでもって、即断力と、それから忠誠心も求められてます、と。忠誠心のほうは、国の方か局長の方か微妙なところですけれども。
……でもね、局長。オペレーターといえども、もう少し対人慣れさせたほうが良さそうですよ?
良いウォーミングアップにはなったけどね。
「オーラス光学研究所所長、スーザン・バルマです」
黒い絨毯に白い壁、木目が印刷されたテーブルの向こうにはホワイトボード。入口側が硝子張りであることを除けば気密性の高いオーラス光学研究所の応接室に、如何にも迷惑といった表情で現れたのは、なんと年若い女だった。年若いって言っても、俺より幾つか上(つまり三十代半ば)ではあるのだが、要職に就く年齢としては、若いといって差し支えないと思われる。
白衣に赤いタートルネックのセーター。タータンチェックの紺のスラックス。後頭部で括った金髪はあまりに無造作で、解れた毛が首筋にかかっている。吊り上がった細長い碧い目は、立ち上がって一礼する俺を迷惑そうに睨んでいた。
「ご用件がなんだか知りませんが、手短にお願いします」
辛辣な声音と、とっとと帰れ、という副音声。無理矢理応対させられているんだろう、歓迎されていないのは明白だ。局長、アポ取ったって言ってたけど、どんな風に取ったんだろうか。末恐ろしい。
「それでは、単刀直入に。違法オーパーツについて、ご存知ありませんか?」
「…………はぁ?」
バルマ所長の声が裏返る。眉間の皺が深くなり、視線がますます険しくなっていった。
『こら、いきなり何を言っているんですか!』
単刀直入にも程があるだろう、と耳元でミツルくんが突っ込んでくるが、スルーします。
「それは、我々がオーパーツに手を出していると言うのですか?」
不愉快だとばかりに語調を強めるバルマに、いえいえそうじゃありません、と俺は両手を胸の前に出して振ってみせる。
「実は先日、違法オーパーツ所持者を逮捕しまして。そいつが、この辺のスラムにいたっていうんですよ」
それからお互い椅子に座り、俺はワット少年からアスタ少年のもとへ行き当たった経緯、そして彼らの仲間であるメイ嬢をここで目撃するまでの経緯を語る。
それはもう、ペラペラと。誇張とか余計な装飾を付け加えて。個人名などは伏せてるけどね。
「言葉足らずですみません」
説明が終わると、へらへらと愛想を浮かべ、手で後頭部に触れながら謝罪した。バルマの俺を見る視線は胡乱なものに変化する。あんまりなお喋りで、こいつ本当にO監なのか、と疑っているらしい。
それでどうですか、と最初の質問を繰り返す。
「オーパーツについては、知りません。それらしいものは見たことがない」
「そりゃあそうですよね。お忙しい所長さんが、いちモニターの所持品なんて知ってるはずないですし」
「……心当たりがないか、担当職員に訊いてみましょう」
バルマは白衣のポケットからPHSを取り出し操作した。
「ありがとうございますー。助かりますー」
軽く頭を下げる俺を見て眉根を寄せながら、バルマは電話口でその職員とやらに問い合わせてる。その様子は居丈高――偉そうだ。完全な命令口調。所長だからなのか、性格なのか。局長といい、登り詰めるとみんなこんな風なのかね。
「残念ながら、職員に心当たりがないようです」
電話を切ったバルマ所長は、ツンと澄ました様子で告げた。
「そうですか……。すみませんね。お手数を取らせてしまいまして」
「いいえ。お力になれず、申し訳ない」
取ってつけたような形ばかりの謝罪に、俺は恐縮してみせる。
すると、バルマはさっきまでの不機嫌モードから一変、薄く微笑んでみせた。愛想の良いものじゃない、皮肉げな笑みだ。
「オーパーツ監理局って、こんなこともするんですね」
「こんなことって?」
「こういう聞き込みとかではなくて。いわゆるガサ入れをしたりとか、違法発掘の一斉摘発とか、そういうことをするものと思っていました」
O監は、警察を上回る権限を持っている。そこから抱くイメージは、みんな同じだ。一般市民がオーパーツに触れる権利を封じた〈
「ないわけじゃないんですけどね。意外に捜査官の仕事ってのはこういう地味なもんばかりなんですよー。特別権限があるんだって言っても、やることは結局警察とそんなに変わんないんです」
地道作業の連続、と職場に対する愚痴を面白おかしく話した。はじめはうんざりとした様子で聞き流していたバルマは、次第に愛想を顔面に貼り付けて、そうなんですか、と頷くようになる。
「今お調べになられているオーパーツは、どういうものなんですか?」
そう尋ねるバルマの碧い目が、きらりと輝く。
「そう大したもんじゃありませんよ。ただ空気の弾が出てくるようなもので」
「空気の弾……空気砲みたいなものですか?」
「そうそう。昔ダンボールとかに穴開けてやったことがありますけれど、あれがもっと強くなったやつです。いやぁ、空気って怖いですね。道路のタイルが剥がれたときはびっくりしました」
「圧力が
ふぇー、と感心してみせると、バルマの表情が少し崩れた。俺に向けられた視線がますます胡乱なものに変わっていった。本当にO監か、とでも思っているに違いない。局長から直々に面会の予約が入ってるあたり、本物のO監捜査官ですけれどねぇ。
まあ、疑うのは自由だ。
「ああ、そうだ。一応お聞きしますけど、そのモニターたちの名簿とか検査記録とかを見せてもらえたりしませんかね?」
そんな風にもちかけてみると、やはりバルマは渋面を作って、
「それはさすがにご遠慮いただきたい。社外秘資料ではありますし、なにより個人情報ですから」
「そうですよね。分かりました」
ここらが潮時、って感じかな。よっこらしょ、と椅子から立ち上がる。
「今日はありがとうございました。お忙しいところお邪魔してしまって、本当申し訳なかったです」
「いいえ、とんでもない」
また愛想良くそんなことを言ってくれたが、内心は、ようやく厄介払いできた、とでも思っているんだろう。億劫そうに立ち上がると、足早にドアに近寄った。素早くドアを開けてくれる。
「それでは、また」
貼り付いた笑みと笑っていない目元に、能天気な笑顔を向けて何気なくそんな言葉を残す。途端、バルマの頬が引き攣った。二度と来るな、と思っているに違いないが……はて、なんで俺は〝また〟なんて言ってしまったんだろう。
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