第5日-5 敵

「因みに、違法オーパーツを使ってる奴はどうなんだ?」

「まちまちね。発掘したものをそのまま使う人もいるし、自分で使いやすいように改造する人もいる。手に入れた人物が知識を持っているかどうかにも寄ると思うけれども」

「ただ、その場合は我流になるわね。O研のマニュアルに添ってされたものではない」


 だから、改造によってオーパーツから検出される波形が変化しても、O監の局員が扱うものとは一致する可能性は小さいということだ。


「これがどういう意味か分かる?」

「O研の情報が漏れている……?」


 O研・O監独自でオーパーツの調整を行っているオーパーツを検出できるレーダーを作れるということは、O研・O監が独自で調整を行っていることを知っている、かつそのノウハウを知っているということだ。

 そんなこと、O研でどんなことをしているか知っている人間でないとできはしない。


「可能性の話に過ぎないけれどね」


 申し訳程度にキアーラが付け加えるが、どの道危ないことには変わりない。


「そんな奴らを敵に回してるってことか……」


 アーシュラたちもその危険性を感じたのだろう。リュウライに改良したレーダーでも持たせようか、なんて打ち合わせをしはじめた。リュウライが襲われた一件で、その〝敵〟がオーパーツを持っていることは確定事項なわけだから、どうにかそのオーパーツを探知できるようにすることで襲撃を予想しようということなのだろう。


「なんちゃら理論とやらを実現するための研究を進められるような研究者がいて、O監のオーパーツを検出できるようなレーダーが作れるような知識と技術力を有していて、なおかつ違法オーパーツを使い、汚れ仕事を請け負う人材も確保するだけの金がある組織が今回の相手、ねぇ……」


 それに、ワット少年の釈放。てっきり親の差金と思っていたが、リュウライの言う敵の組織が関わっていたりしたら? 父親の名をどうにか語ることができたのなら、後は金の問題だ。不可能じゃない。


 思った以上に厄介なことになったな。リュウライも心配だが、アスタやメイ――あの子らも、そんなことに巻き込まれている可能性があるわけか。

 アスタはワットのナックルのことを知っている節があった。多少なりとオーパーツに関わっていると見ていいだろう。メイのあのバイト先も気になるっちゃあ気になる。

 こりゃあ、あいつらに厄介なことが起きる前に、どうにかするしかないんじゃないか?


「とりあえず俺は、これまで通り〈クリスタレス〉の入手経路を洗うでいいんだな?」


 リュウライがそもそもこの話を持ってきた理由を思い出して、もう一度確認した。RT理論なんてどうでも良かったが、俺だって組織の人間であるという認識くらいはある。目的が同じなら、可能な限り連携を取ったほうがWin-Winだ。


「はい。グラハムさんには、まず背景を知っていて欲しかったので。何しろいきなりナイフで急所を狙ってくるような輩がいる組織ですから」


 気を付けてくださいね、と涼しい顔で言う。リュウライにとっては、そんなのは普通の出来事であるらしいが。


「怖いこと言うなよ」


 なにせ普段民間人に毛が生えたような奴らばかり相手している俺だから、そういう手合には慣れちゃいない。

 全く……俺もレーダー欲しくなっちゃうじゃんか。


「今日も何か調べていたんでしょう? どうでしたか?」


 話は一通り終わったってことなんだろう、リュウライが俺に話を振ってくる。何処まで知ってるのかと尋ねたら、昨日までのことはほとんど知っていた。今回のこと引き受けてから局長に日報を作ってたから、それに目を通していやがるんだろうな。


「てぇなると、今日のことか」


 舌で唇を湿しながら、今日あったことを思い出す。

 ワット少年が保釈されたこと。

 ワット少年の動向から推測するに、アスタ少年たちがオーパーツの不正入手に関わっている可能性があること。関わってなくても、バルト区のスラムに出回っている可能性があること。もっとも、これは今日得た俺の収穫から想像したに過ぎないことを付け加えておく。

 それから、アスタ少年のグループの一人である少女メイが、オーラスの研究所に立ち入っていたこと。


「オーラス光学研究所、ですか……」


 リュウライは訝しそうに眉根を寄せた。


「やっぱ気になるか」

「そうですね。医療用測定機器の被験体なんて、最もらしい理由には思えますが……」


 治安の悪いあそこで生きているにしては健全な金の稼ぎ方だし、特に咎める要素は何もないはずなんだが、どうにも気になっちまうんだよな。


「あそこは確か、精密機器開発の基礎研究をしているのよね?」


 ふとキアーラと議論していたアーシュラが割り込んだ。


「そりゃあ、オーラス精密っていう会社作ってるくらいだからな」


 実際その光学研究所は、オーラス精密の付属組織だし。オーラス精密が作る精密機器のための研究をしていることは間違いないだろう。


「探知機は精密機械だから、もしかして……」

「……なるほど、あそこには探知機作るだけのノウハウも設備もバッチリというわけか」


 一大企業の一施設ともなれば、資金力だってばっちりだ。どういう名目で計上されてるかはさておくけどな。


「オーラス、ねぇ。可能性とはいえ、またビックな相手が出てきたことで」


 遠慮も配慮もなく体重を預けてしまった所為で、みし、と椅子の背もたれの音が鳴った。ちょっとまずいかな、と思ったが、慌てるのもなんだかあれなので、そのまま天井を仰ぐ。


「どこまで関わっているんでしょう。財団か、グループか……」

「それとも、一会社、一研究施設の下流側に留まってるか。そこが非常に問題だな」


 なにせ下手をすればシャルトルト一の功労者を敵に回す事態になるわけだ。相手が黒だろうが白だろうが、それは著しくまずい。下手をすると監理局の存亡に関わる非常にデリケートな問題だ。


「光学研究所に探り入れてみようかと思ってたんだが……さーて、どうするか」

「さすがに、僕らの独断で動いて良い事態ではないような気がします」

「ラキ局長へご相談、ですか」


 ついこの間顔合わせたばっかだっつーのにな。またあの人の顔を拝むとか憂鬱でしかないが、リュウライの言うとおり、俺たちだけで決められる話じゃない。仕方ないか。


「リュウ、お前はどうすんの?」

「僕は、あの男を追いかけます」


 リュウライが遭遇しているひょろ男か。まあ、背後に誰がいるのかを調べるには、それが一番確実だろう。もちろん、こちらもラキ局長への相談の上での話らしいが。


「分かった。なんか分かったら連絡ちょーだい」

「はい。そちらからも適宜、ミツルへの報告をお願いしますね。彼に言ってくれれば、僕にも伝わります」

「ミツルって……え、なに、あいつも特捜!?」


 いや、よくよく考えればそうだよな。おかしいと思ったんだ。捜査課の俺に警備課のオペレーターを付けるだなんて。


「雑談が多い、とぼやいてましたよ」


 リュウライが言っているのは、定時連絡のことらしい。確かにいろいろ喋ってますけれども。


「だって、せっかく回線開いたのにさ、事務連絡だけってのも寂しいじゃない」


 しかも、その大半が〝特になし〟だ。なんのために無線開けるんだか分かったもんじゃない。だからそのついでにちょっと話をしているだけだ。


「どうでもいいって言ってましたよ。返事を考えるのが面倒だとも」

「酷くねぇ? それ」


 もう少し言い様ってものがあると思うんですが。特に後半。いや、聞き流さず返事しようと思ってくれる辺りは親切なのか?

 よう分からん奴だ、と内心で思い、ふと隣にいる後輩くんが気になる。


「……もしかして、リュウくんもそう思ってたり」

「……まあ、たまにうるさいなーとは」


 珍しく言葉を濁した。気を遣ってくれているらしいが、中途半端なんだよっ。


「同感ね」


 再びレーダー作りの打ち合わせをしていたはずのキアーラが突然話に加わりはじめた。姉妹は姉妹で盛り上がってるかと思ったら、ちゃっかり聞いていたらしい。

 にしても、〝同感〟って。


「……お前ら、もしかして俺のこと嫌い?」

「いいえ、そんなことは」

「よくまあ喋るものだとは思うけど」


 悲しくなってテーブルの上に突っ伏した。なんとまあ、つれないお言葉だこと。


「お前ら、それでフォローになってると思ったら大間違いだからな」


 むむむ、と無愛想コンビを睨み上げれば、リュウライは困り顔で、キアーラは面倒くさそうに俺のことを見下ろした。

 向かいでアーシュラがくつくつと笑い出す。

 誰か、お喋りな俺に暖かい言葉をプリーズ。

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