第8日-2 ただのお喋りじゃありません
光学研の四角い建物を出て、暖色系に染まった空に、ふぅ、と溜め息を吐く。ジャケットの隙間から入ってくる冷気に身を震わせた。屋内は程よく暖房が入っているから快適で、その分外に出たときの寒さが身に染みる。
「結構、いろんなことが分かったな」
『そう……ですか?』
戸惑い気味の声が無線機から聴こえた。
「まあ、ミツルくんは声しか聴こえないからねぇ。気付かなくても無理ないか」
手を広げて肩を竦めてみせると、声から何を感じ取ったのか、ミツルが不機嫌そうに唸るのが聴こえた。ごくごく小さなもので本人無意識かもしれないが、おそらく口元に備えられているだろうマイクは、しっかり音を拾っているのだ。
ジャケットのポケットに手を突っ込みながら、研究所を離れる。そういえば近くに喫茶店があったな。ちょっと寄っていこうか。
「俺がさ、『違法オーパーツ知りませんか』って訊いたときさぁ。あの所長さん、こっちをスゲー警戒してきたんだよね」
ただでさえ愛想のない顔の、眉間の皺が深くしてじっとこちらを睨んだバルマ所長。本人は気づいたかは知らないが、俺から距離を取り、身を
「しかもその後に『我々がオーパーツに手を出しているとでもいうんですか』と来た。普通、そこは『何の話ですか?』と来る」
『それは一概には言えないと思うのですが』
「まあな。根拠としては弱いさ。こっちはO監だからオーパーツ絡みの話をしに来たのは明確だし。でも、それだけじゃない」
この程度、
「メイのことを訊いたときさ、あの所長、『オーパーツは知らない。持っているのは見たことがない』って言ったんだぜ」
『……それが?』
「鈍いねぇ、ミツルくん。所長さんだぜ? お仕事たくさんで、忙しい人。普通、いち機械の
まして、テストに関わるアルバイトと接触することなど、ほとんどないだろう。それなのにバルマ所長は、まるで自分がメイと直接対面したかのような物言いをした。
「つまり、実際に所長さんはメイ嬢に会ってたという訳よ」
その後に「担当職員に訊いてみる」と言っていたが。普通、その言葉が真っ先に出て然るべきなのだ。
しかも、即刻「知らない」と言ったのも怪しい。普通、オーパーツについて知らないのなら、「それはどんなものですか」とか訊いてくるものだ。オーパーツは、一見してただの骨董品だ。俺の銃のように判りやすければいいが、リュウライのグローブみたいにアクセサリーにしか見えない場合もある。それなのに、彼女は「持っているのを見たことがない」と断じた。知らないのなら、断言はできないはずだ。
『よく……気が付きましたね』
「まーね。伊達に十年ケーサツやってませんから。ただのお喋りさんってわけでもないのよ、俺様は」
なーんて言ったら、ミツルくんは沈黙しました。いい意趣返しになったかな?
如何にも現代的なスタイリッシュな喫茶店の前に立ち、メニューボードを覗き込む。テイクアウトもできるらしい。うーん、店の中に入りたかった気もするが、持ち帰れるならこっちかな? なんてったってこうして通信しているわけだから、サボりはバレるのだ。
「でさ、その後のことなんだけど」
『……はい』
押し殺した声。とりあえず聴いてやるという感じだが、何を考えてるんだろうな。
「所長さん、はじめは鬱陶しそうだったでしょ、俺たちのこと。だけど、あの後妙に話題にがっつきはじめたんだよねぇ」
おれがグチグチと仕事への不満を喋った後だった。それまでは適当にあしらって追い返そうとしていたのが見え見えだったのに、だんだんこちらに向き合うような姿勢を見せた。それからの質問。「オーパーツはどんなものですか」って。会話の流れとしては普通だが、バルマのその態度の変化が俺は気になった。
だって俺は、ただうるさいだけのお邪魔虫だったはずなのだ。そんな相手にも丁寧に接するお人好しでもない人間が、何故急にお喋りに付き合うような寛容さを見せる? 良くてもミツルのように一貫した塩対応が普通でしょうに。
答えは一つ。
「探られてたな、あれは」
俺から引き出したい情報があったと見るのが、筋だろう。質問内容からして、オーパーツの情報だ。何を知りたかったのか、までは分からなかったけれど、関心があったことは確かだろう。
『つまり、光学研はシロではない、と』
「そうね。所長さんは怪しいね」
少なくとも、メイやワットをはじめとした不良少年たちを知っているし、奴らがオーパーツを持っていることも知っているのだろう。
「こうなると、試験している機械がどんなものなのか気になるよな」
だが、機械どころかアルバイトの名簿すら見せてもらえなかった。社外秘とかなんとか言って、バイトくんたちに見せてるんだから、俺にも見せてくれてもいいのに――なんて思うんだけれども、そんな我儘を言うわけにもいかないしなー。
『どうします?』
「んー、そうねー……」
注文の方も合わせて迷いつつ顎に手を当てながら考えて、ふと光学研の入口に目を向ける。
おやまあ、これは。
俺は運に恵まれているようだ。
「本人に訊いてみますか」
ちょうどそこに都合よく、メイ嬢が居たのであります。
「よぉ嬢ちゃん。奇遇だねぇ」
研究所から出てきたメイ嬢に手を振れば、彼女の顔は、げ、と引き攣った。嫌われてる? ……というか、面倒くさがられてる? まあ、そんな絡み方をした自覚はある。
「おっさん何しに来たの。ナンパ?」
意外にも逃げ出さなかった彼女は、棘のある台詞でこちらに来た。
「おっさんじゃない。あとナンパでもない」
「じゃあ、何よ?」
「そりゃあもちろん捜査だよ。心当たり、あるでしょ?」
メイ嬢、むすっと沈黙。顔に動揺は出ていないところは素晴らしいけど、黙ったら認めたようなものですよ。
「といっても今日は本当に偶然。所長さんに会いに来たんだ。知ってる? 所長さん」
メイは怪訝そうに眉を顰めたあと、首を横に振った。
「知らない……と思う」
「そっか。そりゃ残念。ところでさ、検査ってどういうことしてんの?」
「前にも訊いてたわね、それ……関係あるの?」
「いや、個人的興味」
メイは面倒くさそうに肩を竦める。メニューに視線が行ったので、奢ろうかと尋ねたら、いらない、と返ってきた。
「血液検査と、尿検査と……心拍とか血圧とか――」
「あれ? 思ったより普通。もっと最新鋭の機械使って精密検査とかしてんのかと思ったけど」
ここで思い出すのが、
「知らないわよ。最新のなんじゃないの? 私はただお金くれるから従ってるだけよ」
それから腕を組み、茶色の目で睨むようにこちらを真っ直ぐ見上げる。本当、美人だな、この子。こういう挑戦的な表情に迫力がある。
「もういい? 帰りたいんだけど」
「いいよ。またな」
手を振って笑顔で送り出すと、メイは呆れたように息を大きく吐いて、踵を返した。途中、躊躇うように何度かこちらの方を窺おうとしたが、結局そっぽを向いてずかずかとペッシェの方へと向かっていった。
『当てが外れましたね』
ミツルがぽつりと溢す。その声が些か残念そうで、ちょっと笑った。所長がクロである確証が欲しかったんだろうな。
「さて、どうかな。あの所長さんが自分から『所長です』って名乗って応対していたとは考えづらいし」
しかもあの若さだ。あの態度から偉そうだとは思っても、まさか責任者だとは思わないだろう。俺も対面したときはびっくりしたからな。オーラスグループの人事制度はどうなっているんだろう?
振り返らない背中に振っていた手を下ろし、改めてメニューボードに向かう。参ったな、さっきから全然注文が決まらない。別に珍しいものがあるわけでもないのに。ここは諦めるべきか、と思いつつ、ミツルくんとの会話を続ける。
「しかしまあ、メイ嬢もまた口が固い」
腹芸のほうはまだまだだが、頭は良いのだろう、簡単にボロを出さない。発言も最低限のことしか言わないから、モニターのバイトとやらの実態は相変わらず掴めないままだし、退くタイミングも逃さない。
声掛けたときに逃げずにこっちに来たから、白状してくれるかと期待したんだけど……あれはむしろ、追及を逃れるためにしたことか。後ろめたいことがあると言ってるようなものだもんな。
『彼女から探るのは難しいかもしれませんね』
「そうだな。仲良くなるのも時間掛かるだろうし……他当たるか」
メイを口説き落とすより、アスタ少年を突いたほうが早いかな、とそんなことを考えていたら、だ。
メイの去っていった方向から、なにやら不穏な声が聞こえた気がした。
『……どうしました?』
「黙って」
ミツルを遮って、しばらく耳を澄ます。西から強烈な太陽光が差し込んで、古ぼけたコンクリートの街は早くもセピア色。道路を走る自動車も歩道を歩く人間も疎らで、車の走行音以外は特に何も聴こえない。
なのに、すごく胸がざわつく。頭の中でメイの姿がちらついた。嫌な予感がする。
「ミツル、バルトの地図出せ」
声は自然硬くなる。ミツルは俺の様子の変化に気がついたようで、『何があったんですか?』と尋ねてきた。
「いや、まだはっきりとはわかんないけど」
確証を持てずにいたが、喫茶店の前から離れ、走り出す。方向はもちろんペッシェ街の方だ。
「メイ嬢が危ないかもしんない」
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