第8日-3 暴漢
地図を出せ、とは言ったものの、俺は元バルト署の警察官、ついでに言うと実家もそこにあるので、バルト区はホームグラウンドだ。この辺りの地理には一応明るいわけで。
例えば、女の子が何処に連れ込まれて乱暴されるか、なんて予想は比較的容易につくのだった。
「誰か助けて!」
曲がり角の先で、男に担ぎ上げられたメイ嬢が路地裏に連れ込まれるのが目に入る。あの先は袋小路になっていて、あるのはスナックの裏口だけ。空き瓶の入った箱などが積み上げられていて視界の妨げになるものがあるし、逃げ場はないし、肝心のお店の従業員は売り上げに影響がない限りは若者がどんなおイタをしたところで無関心だし、と悪さするにはもってこいの場所だ。
慌てて路地裏に飛び込めば、メイは地面に転がされて、男の一人に馬乗りにされていた。周囲では、二人のこれまた男が下卑た目で嫌がるお嬢さんを眺めている。……嫌だわ、この下衆ども。恐怖で歪んだ女の子の顔なんて、愉しいもんじゃねーだろうがよ。
「はい、そこストップ。今すぐその子から退いてもらおうか」
直ちに声をかければ、三人は動きを止めてこちらを見た。さすがにね、無視はできないよね。
「なんだお前」
メイ嬢に伸し掛かっていた若者が睨みつけてくる。如何にも不良って感じの青年だ。こういう奴らって、どうして揃いも揃って同じような顔付きしてるんだろうな。
それより、メイが辛そうだから下りろよ。
「警察」
実際はちょっと違うが、嘘ではない。こういうときってO監名乗るより、警察の方が効力あるんだよな。
「寄って
「あんたには関係ないだろ」
「あるの。そういうの止めるのがお仕事だし、そもそもこの子知り合いだし」
メイ嬢のほうに目を向ければ、目があった。男たちを刺激したくないのか、声はあげないが、こっちに助けを求めている。大丈夫、と笑って、安心させようとする。
「ほらぁ、さっさと返す」
催促すると、男が女の子の上に馬乗りになっているのを楽しそうに眺めていた別の若者が軽薄な笑みを浮かべて二、三歩前に出る。
「俺ら、この子とちょっと遊んでんの。危ないことしてないから邪魔しないでよ、おっさん」
「その状態で信じると思ってるの? ていうか、往生際が悪いね、君ら。あんまりごねると力尽くだよ?」
「やってみろよ」
自信ありげに、馬乗りになった男――面倒なので、仮にAくんとしよう。ニヤニヤと立ったままのチャラ男はBくん、さっきから黙ったままの怯えた子はCくんだ。
地面を蹴って、接近する。前に立ちはだかったBくんに足払いをかけ、馬乗りになったままのAくんは首根っこを掴んで放り投げた。メイを抱き起こし、最後の一人Cくんを上段蹴りで倒す。
「大丈夫か。……怪我は」
「……ないわ」
さすがスラムに入り浸っているだけあってか、メイは冷静だ。とはいえ、怖くはあったようで身体が震えている。服が乱れていたので、俺のジャケットを掛けてやった。
さて、こういう袋小路の利点は、見張る場所が一つだけ、というところにある。不審がった誰かを追い出すのも、中の獲物を逃がさないようにするのにも、基本は一人居れば充分なのだ。三人になれば、ますます効果が増す。
つまり俺は、ここから脱出するために、あの三人が作った壁を突破しなければならない。
「一応言うけど、退いてくんない?」
「ふざけんな、そいつ置いてけよ」
「今ならまだ罪軽いよ? 言い逃れもできるかもだし」
捕まえたら、させませんけどねぇ。捕まえたらってのは、今は見逃すしかないからだ。再犯の可能性を考えると躊躇われるが、今はメイ嬢を逃がす方が最優先だ。俺一人じゃとても両方は選べない。
それにしても奴ら、やけにメイ嬢にこだわるな。確かに浮かれたくなるほどの美人さんだけどさ。
「……なあ、止めようぜ。あいつ銃持ってる」
気弱そうなCくんが、今にも仲間の袖を引きそうな感じで言う。その視線はちらちらと俺の腰に向けられていた。上着を脱いだことで、ホルスターが
「あんなもの。どうせ、撃てやしねぇって」
「でも……」
「むしろちょうどいいじゃん、これ、試してみよーぜ」
状況を理解していないとしか思えないお馬鹿発言をして、Bくんはポケットから何かを出した。何かが飛んでくるのを感じて、思わず首を傾ける。頬の近くを質量のある何かが通り抜けていって、心臓が大きく跳ねた。
その〝何か〟は、往路と同じところを通って、Bくんのところへ戻っていく。
なんだろう? ロケットパンチみたいな……だが、飛んできたのは、どうやらナイフの刃みたいだ。気づいてしまった俺の背筋が凍る。
「なあ……なあ、やめようって! 警察って言ってたじゃん。そんなもの見せたら――」
俺がビビってるのを取り繕って隠そうとしている間、視線の先でCくんが慌てていた。悪さをしようとしていたわりに、ずいぶんと気が小さいな。
だが、そんなCくんの様子で、Bくんが何を持っているのかが分かるってものだ。刃を飛ばすナイフがあったとしても、その飛ばした刃が手元に戻ってくるなんてこと、現代の科学技術じゃそうそうない。
「〈FLOUT〉違反。……オーパーツだ」
ぼそっとマイクに吹き込めば、ミツルくんは間髪入れずに返してくれる。
『捜査課の人間を派遣します』
「お願いしまーっす。因みに三人いるから」
さすが局長に選ばれた人材ってだけはある。察しが良くて仕事が早い。
「そう
AくんがCくんを宥めにかかる。Bくんに触発されて何か出しているところを見ると、あれもオーパーツかな。
「でも……」
Cくんは、Bくんの行動に狼狽えこそすれ、道具そのものには驚いた様子がない。こっちもオーパーツのことを知っている。やっぱり三人とも捕まえたほうがいいだろう。
「気にすんなって!」
おどおどしたCくんに苛立った様子のBくんが声を荒らげる。
「そっちも殺しゃあいいだけの話だろ!」
その言葉に血の気が引いたのは、Cくんじゃなく俺たちの方だった。
「そっち
メイに視線を向ける。不届きトリオを凝視しながら口元に手を当てていたメイの顔色が蒼くなっている。
野郎、はじめっからメイ嬢を殺す気だったのか。
「ミツル」
『受信中。聴こえてました』
「さっすが。
『了解。……《ムーンウォーク》の使用は、どの程度考慮してよいのですか?』
俺から説明した覚えはないんだが、ミツルは俺の所持オーパーツについてきっちりと把握しているらしい。まあ、局員データベースに記録されているから、簡単に知ることはできるんだけれども。そこをきちんと押さえている辺り、説明の手間なくて助かるわ。
「重いもの抱えてるからなー……二階建ても厳しいかも」
俺のブーツ《ムーンウォーク》は、反重力の作用で跳躍力を増すことができる。といっても、例によって技術部が調整しているため、高さには制限がある。普通の成人男性の体重で、二階建ての建物の屋根の上なら行けるかな。三階は厳しい。
だけど、ここにメイの体重が加われば。その分高さは落ちていってしまう。この辺きっちり勘定に入れないと、ミツルくんのナヴィの意味がなくなっちまう。
「ちょっと!」
承知しました、と無線機からのミツルくんの声を掻き消すように、メイ嬢の抗議の声が響く。
「重いって何よ!」
「ごめん。許して。あんまりレディを軽々しく扱えないからさ」
「馬鹿じゃないの!?」
『……歯が浮く』
ミツルのツッコミは脇に置いといて。
「結構余裕そうじゃないの」
暴漢三人に襲われて、実は殺そうとしてたことまで知って、それでもなお、ちょっと知ってる程度のおっさんの戯れ言に突っ込む余裕があるんだから、このお嬢ちゃん大した胆力だ。
「大丈夫、ちゃんと守ってやるから、おっさんの言うこと聞けよ?」
「う……うん」
照れの所為か、しぶしぶといった感じでも素直に頷くメイに、つい笑ってしまう。
「素直でよろしい」
可愛い女の子に頼られると、俄然やる気が出てくるってもんだ。
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