第8日-4 vs 不届きトリオ

 ホルスターから拳銃を抜く。改めまして、これが俺の一番の相棒の《トラロック》。

 カートリッジを取りだし、オートマティックの拳銃と同じように銃把グリップの底へと差し込む。このカートリッジは、結晶オープライトと、回路、変換器が組み込まれていて、これを交換するだけで弾種を変えることができる。弾種、とはいっても、水や氷や電気、なんてまるでゲームの魔法みたいなやつだけどな。属性とか言ったほうが通じそうだ。――まあ、オーパーツ全部が魔法みたいっつっちゃあそうなんだけどさ。

 リボルバーなら撃鉄がある位置に填まったレンズが薄紫に光る。今回選んだのは、電気の弾。電気っつっても威力はスタンガン程度で、人間が当たっても「痛い」ってなる程度だ。気絶なんかとてもさせられない。

 が、そんな微弱な電流でも有用なのです。


 照準をオーパーツを使った少年に合わせて発砲。青白い小さな電気の球が、オーパーツに向けて飛んでいく。

 全部が全部というわけではないが、オーパーツは電気に弱い。オープライトから発生する周波数が狂って、まともに機能しなくなるらしい。ただ、これは一時的なものなんだが。

 不届きトリオその二であるBくんのオーパーツを電気弾で無力化させた後、メイの手を取り、袋小路を抜ける。暴漢どもは突然動かなくなったオーパーツに呆然としていたが、俺たちが目の前を通り抜けるとさすがに追いかけてきた。

 路地裏を抜けて通りへ。古い煉瓦の街並みを歩く人は少ない。おまけに日も傾いてきて、赤っぽい薄暗闇の帳が降りてきている。大立ち回りをするに、この人気のなさはうってつけかもしれないが、女の子を逃がすには不向きな状態だ。

 左後方から早くも息を切らす音が聴こえる。


『まずは、相手を撒いてください』


 耳元で冷静なミツルの声。


「いいのかよ、それで」

『一般人の安全確保が先決です。それに、応援は誘導するので問題ありません』

「頼りになるな……っと」


 ふと後ろを振り返ると、Aくんが銃を構えている。お仲間……いや、水鉄砲? 引金を引いている間に水が噴出し続けている。もちろん武器らしく洒落にならない勢いで、だ。ちょっと言葉はおかしいかもしれないが、さしずめ水のレーザーガンといったところか。

 もちろん呑気に見ているはずもなく、撃ってきたのを確認するのと同時に、メイの腕を引っ張って前に引き寄せる。それから肩に担ぎ上げてあげて横に跳んだ。


「ったく、どっからあんなもん手に入れてくるんだよ!」

『貴方の方が詳しいのでは?』

「そうだけど! こんな危ねーもんをほいほい渡すような組織なんて、そうそうねーんだぞ!?」


 俺たちO監の捜査官の仕事がなくならないことからしてもわかる通り、オーパーツの違法発掘はなお解決しない。違法オーパーツが流通することもだ。だが、簡単に人を殺せそうなものが出回ることは、あんまりない。そういうのは、売り手が慎重に客を選んでいる――はず。少なくともそこらのおバカさんが気軽に手に入れられるものではないはずだ。

 だから捜査官である俺にとって、ここまでの深刻な状況は想定外。普段ならこれよりもずっと難易度が下がるっつーに。

 誰だ。あのバカたちに、危険な玩具おもちゃ渡したの。


「……まさか」


 メイが顔色を変える。


「どうした?」


 訊いてみるが、メイは熱に浮かされているかのように呆然としたまま、俺に手を引かれるままに走っていた。

 その瞳は大きく揺れている。


「嘘……なんで……? 警察が、出てきたから……? でもそんなの、ワットの所為なのに」


 走るのを止め、メイの目の前に回り込んで彼女の華奢な肩を掴んだ。目線を合わせる。


「メイ、答えられることにだけ応えろ」


 見開かれた茶色の瞳は、俺の突然の行動に小刻みに揺れながらも真っ直ぐ俺を見つめていた。


「あいつらは知ってるか?」


 メイは首を横に振った。


「じゃあ、襲われる理由に心当たりはあるんだな?」


 少し躊躇ためらった後に、小さく頷いた。


「他に気にかけるべき奴はいるか?」

「アスタ……みんなが……」

「ミツル!」

『バルト署に連絡します』


 返事の後、ミツルがバルト署連絡している様子が、耳に飛び込んできた。


「今、警察を向かわせる。大丈夫だ」


 うん、とメイは頼りなさげに頷いた。そりゃあ、俺は会って間もない人間だし、多少は仕方がないだろう。

 さて、一度足を止めてしまった俺たちは、不届きトリオたちに追いつかれてしまう。肩で息をして、凶悪な面で俺を睨むBくん。メイを庇おうと建物の壁に寄ろうとする俺を、Bくんと挟み込む形で立つAくん。二人とも、見せつけるようにチャラチャラと武器オーパーツを振っている。

 ミツルはバルト署への連絡で、案内どころじゃない。

 万事休す。ダメ元で声を張り上げた。


「おいこら君たち! そんなもん使ったら、罪が重くなるだけだぞ! 見逃してやるから、馬鹿な真似は止めなさい!」


 ……実に頭の悪い台詞だな、と我ながら思う。これ言われて止まる犯罪者なんていやしないし、それにドラマに出てくる小物警察官の台詞みたいだし。まして、本当に見逃したら始末書どころか、局長にビルの上から逆さに吊るされる。


「うるせぇ黙れ! てめぇも女もどっちも殺す!」


 ちっ、Bくん怒鳴り返してきた。交渉の余地なし。のすしかないってことか。

 参ったね、てっきり弱気なCくんくらいはノってくれるかと思ったんだけど――

 って、そういえばいない!

 きょろきょろと辺りを見回す余裕なく、気配を感じてメイを抱えて跳びはねる。Cくんが流線型の盾のようなものを構えて飛び込んできたのだ。速かった。新幹線のようだった。これ察知して躱した俺偉い。

 ……じゃなくて。


「ちっ」


 着地後に銃を構えて撃つ。だが、連続で来るAくんとCくん(ついでにBくん)の連携攻撃に、照準が定められない。右脚を軸に身体を回転させて、高速の突進をやり過ごす。足払いとか一瞬考えても止めた。あの速度で突っ込んでくるところに足を突き出したりしたら、確実に折れる。


 ……リュウくんは凄いな。普段からこんな戦いをやってのけるんだもんな。棒術とやらを使うのにも納得する。銃じゃ接近されると話にならない。俺も警棒の一つくらい持っていれば良かったのかもしれない。我ながら、接近戦に弱すぎる。

 無い物ねだりしてもしょうがないけど。


 とにかく逃げようがないからぶっ潰したいところだが、どうしたものか。


「メイ」


 呼び掛けに反応した彼女を壁の方に押しやり、背を向けた。


「必ず守ってやるから、ちょっと待っててな」


 メイにそう言い残して、相手の正面左側に飛び出した。

 様子を窺いながら、カートリッジを交換、窓の光が白っぽい水色に光り出す。それからサブバレルを取り出して銃身に取り付けた。取り付けが終わると同時に発砲。どこかに当たれば良いから、さっきほどは狙わない。

 銃身から飛び出したのは、ピンポン玉くらいの大きさの透明な球だ。しばらくはジャイロで飛ぶが、やがて重力に従って落ちて、地面に落ちて水風船のごとく弾けた。ぱぁん、と中身が飛び出して、一瞬で白くなる。

 発砲時は薄い膜に覆われ、衝撃と同時に凍り出す氷結弾。装着したサブバレルは、弾の形状や大きさを変えるものだ。この場合は大きな球。付けたり外したりがちょっと手間だが、使い慣れるとこうやっていろいろできるから、結構便利なんだよな。


 二発、三発と氷の弾を撃つ。が、やはりCくんを捉えられない。それでも構わず撃ちまくる。使えなくなったオーパーツをそのままナイフとして振りかざしたBくんを蹴り飛ばして踏みつけた後、ブーツの力で飛び上がる。

 高さ五メートルのバク宙を決めたまま、カートリッジを交換する。着地と同時に、俺の銃弾の氷結化の所為で攻撃方法を判断しかねていたAくんの顔に向けて発砲。青みを濃くした光が漏れる銃から水の球が発射された。顔面に水を受けて目をつぶったところを素早く接近して足払いを掛けて転倒させ、オーパーツを蹴り飛ばす。

 そんで最後にまだ戦力を削ぎきれていないCくんに相対する。俺がばらまいた氷の所為で思ったような動きができないようだ。さっきに比べて動きが遅くなっている。

 もう一度電気のカートリッジを装填。腕輪の形のオーパーツに向けて発砲。ついでにCくんにも。

 Cくんが動けなくなったのを確認し、メイ嬢のもとへ行く。その十数歩の間、ふと気になって銃からカートリッジを取り出した。板のようなカートリッジの中央下寄りに位置する透明のオープライトが、煤でも被ったかのように薄く黒くなっている。


「石、黒ずんできたな……」


 最近整備してなかったからな。オープライトの使用期限が近づいて来たんだろう。そろそろメンテに出さないとヤバいかな、などと考えつつ、


「大丈夫か、メイ嬢」


 なんて声を掛けたら――


「おっさん、後ろ……っ!」


 引き攣ったようなメイの声と同時に背後に気配を感じ、振り向く。Cくんが殴りかかってくるのが見えた。二度も隙を突かれるなんて、ヤキが回ったな、なんて舌打ちしている場合でもなくて。

 身体は勝手に動いて銃を構えようとするが、さすがに万事休すか。どうあっても間に合わない。

 痛みを覚悟する中で。


 ふと、風が止まった気がした。


 おかしいな、と思ったのは撃った後。発砲すら間に合わないと思っていたのに、なんで撃てたのか。しかも俺は、怪我一つ負ってない。

 どうしてCくんは急に動きを止めたのか――いや、止まったのか。

 地面に崩れおちたCくんの様子見もそこそこに、俺はメイを振り返った。メイは胸の辺りで何かを握りしめている。


「……何をした?」

「……何も」


 表情を消して首を振った。それから、ずいぶんと落ち着いた瞳でこちらを見上げた。


「本当に助かったわ。ありがとう」


 そう言って、走り去ろうとする。


「お、おい!」


 手を伸ばしてメイを引き留めようとするが。


「……あ?」


 気がついたら、古い建物に挟まれた道路のずっと先に行ってしまっている。それこそ手の届かない、数十メートル先へと、だ。あれじゃあどれほど頑張っても追いつけない。

 いつの間に、あんな遠くに。

 瞬間移動か、と突っ込みかけて、最近似た話を聴いたのを思い出した。リュウライだ。あいつ、〝敵〟がそんなの使ったとか言ってなかったか? なんで同じのをメイが持っているんだ?

 ……だなんて、単純なことだ。

 メイやアスタは、なんらかの形で、時間歪曲に関わるロッシの研究に関わっている。


「参ったね、どうも」


 一人取り残された俺は、銃をホルスターに戻して地面に転がったチンピラどもを見下ろした。ミツルくん手配の応援はまだだろうか。


 それにしても、子どもが巻き込まれてるとか、嫌な事件ですこと。

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