第三章 困った子たち

第16日   行方不明

「お待たせ。銃の整備と、オープライトの交換をしておいたわよ」

「おお、サンキューな」


 あの細長いアーシュラたちの居室で受け取った銃をぼんやりと眺める。整備と言っても一見変わらない《トラロック》と、オープライトが無色透明に変更されたカートリッジ。こんなのが電気や氷の弾を作り出すなんて信じ難いが、それができるのがオーパーツ。しかも時間を止めるだって? ますます夢物語を見せられているような気分になる。


「……どうかした?」

「ああ……いや」


 何でもない、と言おうとして顔をあげると、アーシュラと目があった。冬の晴空のようなアクアマリンの瞳がじっとこちらを見つめている。

 やっべぇな。こういうところ、弱いんだよな……。

 気づけば、固く引き結んだ口元を緩めてしまう。


「あのガキどもがさ、何処に行ったのかなと思ってさ」


 あの後――メイに逃げられた後。

 ミツル経由で、レインリットさんがアスタたちを保護してくれたという話を聞いた。俺たちの心配は杞憂だったようで、特に何事もなかったらしい。メイもレインリットさんがいる間に戻ってきて無事が確認され、まあそのときは安堵したわけだ。

 でも、今後似たようなことがないとも限らない。何かあったときのために保護するべきかとも考えたんだけど……。


 翌日、あいつらは溜まり場から消えた。手掛かりはまるでない。レインリットさんも知らないという。


 あいつらもあいつらで、状況を正しく認識していたんだろう。また襲われるのを警戒して、姿を消した。危機感があるのは助かる。だが、俺たちとしてはそれはそれで困るわけだ。奴らは捜査の手掛かりであったわけだし、それ以上に何かあったときに助けに入ってやることもできない。

 知らないうちに全員死んでたとか……ほんと勘弁だ。

 そうこうしている間に、もう一週間が経過している。俺としては気が気じゃないってわけ。


「早く見つけたほうが良いわ」


 自分の席でパソコンを操作していたキアーラが、指摘する。その何でもない言葉がやけに気に障った。


「わーってるよ!」


 我に返るのは大声を出した後。やっちまったと口の中が苦くなってしまうのが……もう堪らん。


「……悪い」


 しおしおと謝る。原因は分かっている。ただ俺がカリカリしてただけだ。そこに自分でも思っていることを言われて、頭に血が上った。

 ったく、こっちは大人だってのに、どうしてもう少し落ち着いて対応できないのかね。やらかす度にいつも思う。


「別に」


 顔を少しだけ傾けてアーシュラと同じ色の目を向けてきたキアーラの反応は、素っ気ない。気を遣ってそう言ってくれているのか、それとも本当に気にしていないのか、その辺りの判別が俺には付かない。


「本当に気にしてない。ただ、その子たちが気になるの」


 そこで罪悪感に冷えきった俺の頭は、ようやくキアーラの発言がいつもと少し違うことに気がついた。


「……ずいぶん気にするな?」


 キアーラは、たぶん子供たちの身を案じてくれているんだろう、と思う。さして悪くない無力な子どもが危ないことに巻き込まれていると知って、同情や心配するくらいの普通の感性は持ちあわせているからな。

 だけど、普段のキアーラなら、そういうことはわざわざ口にしない。言っても詮のないことは言わないタイプ。アーシュラなら「心配ね」くらいのことを言うんだろうけど。

 だから、珍しくそんなことをわざわざ言うキアーラに何かあると俺は見た。

 そのとおりのようで、キアーラは今度は身体ごとこちらを向いて、真剣な表情で話し始める。


「その子たち、もしかすると〈クリスタレス〉を使っているんでしょう?」

「まあ、ワット少年のことを考えると、可能性としては有り得るな」


 不届きトリオの襲撃にあったとき。あのときの奇妙な現象は、メイが引き起こしたものだと俺は思っている。あんなことができるのは、オーパーツだけ。


「あれ、もしかするとかなり危険かもしれないわ。使用者のほうが。まだ仮説に過ぎないから、不用意なことは言いたくないんだけど……」


 軽くキアーラは目を伏せる。表情は変わらないが、言い難いことなのだろうか?


「なんだよ。むしろ気になるぜ」

「オープライトが何故黒く濁るのか。それに関係するかもしれない。だから、その子の体調が気になるの」


 良く解らなくてアーシュラを見てみるが、彼女は首を横に振るだけだった。

 天井を仰ぐ。なんだか要領を得ないが、キアーラが何か掴んだのは分かった。そんでもってそれは、〈クリスタレス〉を配り歩いている奴らとはまた別の脅威が、アスタ少年たちに迫っているかもしれないということなんだな?


「善処する。……としか言えないな」


 なにしろ、俺の専門は悪党の捜査だ。捜査官としては、いつまでも不良少年の捜索には当たれない。

 キアーラもそれで良い、と頷いてくれる。


「もし捕まえたら、教えて」


 ここまでキアーラが気にするのは珍しい。彼女の勘を信じて、俺もできる限りのことはしてみるか。

 とりあえず、レインリットさんの協力を仰ごう。




 さて、双子の居室を出た後、俺が向かったのは、ミツルくんのところ。先日メイを襲った不届きトリオの身元うんぬんを報告することになっていたのだ。


「それで、何か聞けましたか?」


 五階。局長の部屋に隣接する薄暗い部屋に設置されたモニターを背にして、ミツルはその辺から引っ張り出してきた椅子に座った俺に尋ねた。双子のところに行く前、俺は不届きトリオの取り調べに行ってきたのだ。その成果を訊かれている。


「期待できるようなものは、特にねぇなぁ。大方こちらの予想通り。あいつらはただの雇われもんのお馬鹿さん。オーパーツもそのとき貰ったもんだ」


 奴らが持っていたのは、〈スタンダード〉――つまり、昔からよく見られるオープライト付のオーパーツだった。なので〈クリスタレス〉との関係は不明だ。

 だが、それだけで無関係と決めつけて切り捨てるには早計というものだろう。オーパーツ持ちが、オーパーツ持ちのメイを襲った。そこに意図がないとはとても言いきれない。


「スーツの男だってよ。ビジネスマンじゃないかって」


 ミツルの眉根が寄る。たぶん俺とおんなじことを考えているのだろう。


「ビジネススーツの男ですか……」

「リュウが追いかけてる奴かな?」


〈クリスタレス〉の件を俺たちに持ちかけてくる前にリュウライが二度も遭遇したという〝敵〟。時間操作のオーパーツを持つらしいそいつは、裏社会の人間だと推測されている。もしかするともしかするんじゃないかと思ったんだけれど。

 ミツルはすぐに首を横に振った。


「関係性は分かりませんが、少なくとも当人ではないでしょう。私は直接彼と相対したわけではありませんので確かなことは言えませんが、リュウライの話を聞く限り、彼は他人に誰かを殺させるようなことをするとは思えません」

「列車の爆破んときにもいたんだっけ。自分がやったほうが確実と思うタイプかな」

「おそらくは」


 もっとも、メイに対するあれが脅しの域を出ないならその限りじゃないかもしれないが……。


「彼らは我々の事件とは無関係。メイが襲われたのはただの偶然という可能性は?」

「考えにくいな。見ず知らずのメイを殺す理由がないだろう。どう見てもあれは殺すのが一番の目的だった。襲おうとしていたのは、たぶんおまけだな」


 実際、その旨の発言も聴いている。んで、どうせ殺すんだからその前に愉しんだって――とでも思ってたんだろう。あんなか弱いだけの女の子を殺そうとするなんて、それだけでも人間性を疑うのに、そのうえ辱めようとか、本当に反吐が出る。


「メイのオーパーツを入手するのが目的とか」

「それなら〝奪え〟で充分だよ。殺しても良い、くらいは言われるかもしれないが。だけど言ったろ、殺しが一番の目的だったって」

「では、オーラス財団の可能性は?」


 ミツルの口から飛び出した名前に、一度閉口する。


「光学研の所長さんは……まあ、なきにしもあらずってところだが」


 なんせ、俺たちがお邪魔した直後だ。タイミングの良さもさることながら、これ見よがしに被験者を殺そうとすれば、間違いなく警察の目は光学研究所に向かうだろう。そんな危ない真似をわざわざするとは思えないが、頭に血が上りやすいせっかちさんならやりかねない、とも言える。

 さて、あの所長さんはどっちだろう。そこまで迂闊には見えなかったが……。

 考え込んだ俺に何を思ったのか、ミツルは腰を上げ、厳しい視線で俺を見下ろした。


「少年たちが心配なのは解りますが、我々のもともとの捜査方針は、〈クリスタレス〉とオーラス財団の関係を洗うことです」


 どうやらさっき一瞬動揺してしまったことに、ミツルは気付いていたらしい。屹然とした態度で詰め寄るミツルを制止するかのように、俺は両手を伸ばす。


「判ってる。判ってるよ」


 ついアスタたちの行方を追うのに熱中していたが、本来はそっちを調べるべきなのだ。アスタたちも〈クリスタレス〉の手掛かりの一つであるわけだから完全にそっちのけというわけではないが、ある程度のところで見切りをつけておくべきだったのだ、とは思わなくもない。

 実際、列車を襲った〝ビジネススーツの男〟を追っていたリュウライは、捜査の成果がまるで得られないと知ると、三日で方針転換したらしい。RT理論の提唱者アロン・デルージョの足跡を追ったとか。その結果、オーラス社が所有していた不審な建物があることや、件の列車事故もオーラスが関わっているらしいことを突き止めたのだそうだ。


「今は、その、旧オーラス社所有の建築物について調べています」


 うーん、さすがリュウくん。優秀だねぇ。局長が引き抜いて子飼いにするのも解るわ。

 それに比べ、俺はだいぶ遅れを取っていること。アスタたちは手掛かりの一つだとはいえ、こだわり過ぎていることを指摘されると反論はできない。

 ……まあ、一週間くれたんだ。これでも譲歩してくれたほうか。


「とりあえず明日から、オーラス関連でビジネススーツの男を探す。それでいいか?」

「……ええ」


 絞り出したような低い声。俺を見る視線も何処か胡乱げだ。煙に巻かれやしないかと警戒でもしているみたいだ。そう疑われる覚えはあるが、さすがの俺もこれ以上仕事を蔑ろにするようなことはしない。


「つってもなぁ……。あんな立派な大企業。ビジネスマンの宝庫みたいなもんだしなぁ」


 やる気を出したのは良いが、本当にその男を特定できるのかは怪しいところだ。

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