The previous night(後)

 Out of place Artifacts――オーパーツOOPARTS。〝場違いな工芸品〟の意味を持つそれは、このシャル島においては、島東部の遺跡から出てきた発掘品を指す。

 見た目は普通の発掘品と変わらない。ブーツやランプといった日用品、剣や銃といった武器から、映写機などの大型のものまで多種多様。だが、その一見普通の〝道具〟たちは、使えばまるで魔法のような現象を引き起こす。


 そんなものが次々と出てきたらどうなるか。当然、欲しがる奴もまた、たくさん出てくるに決まってる。そのことに、シャル島を抱える本国カルトゥの政府は危機感を覚えた。オーパーツが犯罪に利用される可能性に行き当たったのだ。

 そうして制定されたのが、〈未知技術取扱基本法〉――Fundamental Low Of Unknown Technology treatmentの頭文字を取って、〈FLOUTフラウト〉と呼ばれている。

 本国は、シャル島の西岸に建つシャルトルト市行政と協力し、速やかに遺跡から発掘されたオーパーツを管理下に置いた。一般に出回らないようにしたのだ。現在オーパーツは、公的機関しか取り扱えない状況となっている。

 それでも、行政の目をすり抜けて、違法に出回るものがある。そのようなオーパーツを取り締まらんと設立されたのが、俺が所属する公的組織『オーパーツ監理局』だ。




「オーパーツ監理局……」


 少年たちの間にどよめきが走る。曲がりなりにもシャルトルト市民。その名前を聴いたことくらいはあるはずだ。

 都市伝説を目撃したような顔をしていた彼らだが、肝心のワットくんの立ち直りはひと足早く、は、と一笑した。


「何度か聞いたことあるが、だっせぇ名前だな」

「異動してから六年間気にしてることを言うんじゃないよ!」


〝オーパーツ〟ってSFチックな名称がダサさを強調しているような気は、確かにしてましたけれども。名乗るのもたまに恥ずかしい。


「それはともかくワットくん。そのダセぇ機関に付け狙われる心当たり、あるでしょ?」


 ワット少年が自分の拳に視線を移す。そうそう、それがわたくしの本星でございまして。

 突きの動作とともに空気弾を発射してくるナックルダスター。そんなことができるのは、オーパーツに他ならない。


「そういうわけで、お前が使っているオーパーツ、押収させてもらうぜ」

「やらねぇよ!」


 ワット少年が腕を一振りすると、どんな衝撃波が発生したのか周囲のタイルが抉れて剥がれた。飛んでくる破片から腕で顔を庇いつつ、後ろに跳んで距離を取る。


「おらぁ!」


 掛け声とともに、気弾が一発。咄嗟にブーツのスイッチを押し、真上への大ジャンプで躱した。建物の一階分の跳躍。高跳びのポールなしには成し得ない技に、粋がっている少年たちもあんぐりだ。


「なんだよ、オメェ! さっきから!」


 苛立ちも露わに、ワットくんが叫ぶ。


「お前もオーパーツ持ってんじゃねぇのか!?」

「そりゃあ当然でしょ」


 華麗な着地を決めた俺は再び銃口を向ける。さっきから脅しに使っていただけのこいつも、いい加減そろそろ出番だろう……残念なことに。


「毒を以て毒を制す。そんな危ない道具持ってる奴相手に、何もなしで挑むはずもないでしょ、普通に考えて」

「知るかよ、おらぁ!」


 頭の悪そうな台詞とともに、また繰り出されるジャブ。サイドステップで気弾を躱す。さっきから見るに、あのナックルダスターは、向けた拳の延長上に真っ直ぐ空気の塊を飛ばすものであるらしい。となれば、見えなくても避けるのは簡単だ。

 手許の銃に視線を落とす。普通の銃なら撃鉄ハンマーのある場所、そこに小さな正方形の窓がある。透明な板が嵌った奥が青く光っているのを確かめた。

 一連の動作においても、銃口は標的を捉えたまま。冷静に引金を引く。

 発砲音は伴わない。無音で撃ち出されたのは、金属製の弾丸ではなく、水球だ。拳大の水弾は、流線形に変形しながら飛んでいき、ワット少年に衝突する。水圧を受けてよろめく身体。だが彼は、その衝撃よりもびしょ濡れになったことのほうが気に掛かるようで、驚きながら自分の身体に視線を落としている。

 そんなところにもう一発足下へ。濡れた脚に反応している隙に、引金付近のボタンを押して、カートリッジを入れ換える。窓の光が青から白へ。もう一度足下に一発撃てば、着弾した場所から水がみるみる凍りつき、ワットの身動きが取れなくなった。


「残念だったな、ワットくん。ここでおしまいだよ」


 凍りついた足をどうにかしようともがくワットの右腕を掴み、手から無理矢理ナックルダスターを抜き取った。


「あ……っ! この、返せ!」

「返しません。これは本来政府が監理してんの。お前みたいなガキが持ってていいもんじゃないんだよ」


 奪い取ろうとする左手を避けつつ回収したところで、手を上げて合図を送る。途端、建物の陰から現れるいくつもの人影。灰色のロングコートを羽織ったスーツの男性を筆頭にした制服の集団は、この街の警察官だ。


 ここのところ、商店で強盗の被害が相次いでいた。戸締まりがしっかりされていた店舗の窓や扉を破壊した、強引な侵入手口。ときにショウケースも破壊され、高額な商品が盗まれる。

 防犯カメラは、そんな強行に及ぶ少年たちの姿をしっかりと捉えていた。拳を振るだけで遠くのものを壊す少年の姿も、だ。この事件にオーパーツが関わったと判断した地元警察は、オーパーツ監理局に協力要請した。そうして俺たちは、今晩この場にいるというわけだ。


「はい、そんじゃあみなさん、観念してくださいますように」


 俺とワットの攻防を見届けていた少年たちが、次々に警察官たちに捕らえられていく。ただ一人、ワットくんだけは、俺たちオーパーツ監理局の手に掛かる。


「全く、下らないおもちゃ手に入れたからって粋がっちゃって」


 ロングコート姿の先輩に手錠を掛けられ、俺の銃で足を解かされたワットくんを見送りながら、押収したナックルダスターを弄ぶ。

 これは一見ただの道具。だけど、特別な力を持った物。

 でもだからって、自分が特別になったわけでもないんだから。やって良いことと悪いことの分別くらい付けて欲しいものだ。


「ちゃんと反省してこいよ〜?」


 これは、普段とたいして変わりない、オーパーツに関連した一つの事件。

 終わったと思って呑気に構えていた俺は、まさかこれが壮大な事件の開幕プロローグだったとは、このときつゆとも思っていなかったのでした。

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