第一章 特命

第1日-1 呼び出し

 一つ、二つ、三つ。戸を拳で叩く。入れ、と中から返事がある。残念に思いながら、〝局長室〟と仰々しく彫られた金属プレートの掛かる扉を開けた。


「失礼しまー……す」


 途端、狼のように鋭い灰色の眼光に射抜かれた。うへぇ、と心の中で悲鳴をあげる。予想していたことではあったが、空きっ腹にこれはキツい。いったいこれから何分間、この眼光に晒されなければいけないのだろうか。




 昨晩は遅番だったものだから、今日は午後からの出勤だった。布団の中で目を開けた後もだらだらとそのまま寝転がって過ごし、しばらくしてから起き上がって身支度する。優雅に朝を過ごした後、馴染みの店に寄って昼食を調達し、ようやく出勤。といってもその時はお昼休みであるからして、仕事前にゆっくりとランチを味わおうか、と浮き浮きしていたところに、上長から「局長から呼び出しだ」と告げられた。直ちに行くように、とも。

 冷めていく昼食に後ろ髪を引かれつつ、のろのろと局長室へと向かったのが今さっき。入室後のことについては、これより実況中継させていただこう。


 私めグラハム・リルガの勤め先であるオーパーツ監理局(通称:O監)の局長ナァラ・ラキは、五十半ば。すきっと短く上品に切った髪は、白髪によるのか斑な灰色アッシュ。眼もまた灰色と老成した色合いの御姉様だが、そこらの若者よりも目がギラギラしていることもあって、わりかし若い印象を受ける。歳を重ねてなおエキゾチックな褐色肌の美人様であるが、何処の国でも多種多様の民族が入り交じっている現在、彼女のような人は珍しくもなんともない。

 とはいうものの、やはりこのラキ局長は、このシャルトルトでは珍しいタイプだろう。なんていったって、その肩書きからも分かるように、バリキャリである。それも、比較的新しい組織とはいえ、そのトップになっているわけだから、ただのキャリアなどではない。民族が入り混じるのが当たり前の世の中になろうと、女が〝立場〟を手に入れるのには未だ相当の苦労を強いられる。それなのにこうして他の男どもを蹴落として、局長の座についているわけだから……その女傑ぶりは推して図るべし。

 ついでに、その性格も推して図るべし。じゃなきゃ美人さんに呼ばれて、こんな嫌~な気分にはならない。


 さて。その局長、俺に入室許可を出した後、何も言うことなしに机の上にあるものを示した。整理整頓されつつも書類の積まれた灰色の天板に置かれているのは、昨晩俺がワット少年から押収したオーパーツ、くすんだ金色のナックルダスターだ。


「これを見て、何か気付くことはないか?」


 窓の外のビル群を背景に、両手を組んでラキ局長は冷たく言い放つ。罪の告白を迫るような、なんとも陰湿な尋ね方だ。

 昨日壊した覚えはないのになぁ、と思いながら、そのオーパーツを拾い上げ、何処かに傷やひびなどがないか恐々と見回して。

 ようやくラキ局長の質問が、そういう類いのものでないことに気がついた。


「……結晶がありませんね」


 思ったことを言ってみれば、正解だったらしく、ラキは一つ頷いた。


「俺、壊していませんよ?」

「そんなことは承知の上だ。下らないことを言うな」


 局長は端的に話を進めたいようで、コミュニケーションを円滑にするための無駄話はどうも好かないようだ。


「そもそも、このオーパーツには、オープライトを嵌める穴がない」


 指摘され、もう一度ナックルダスターを見渡す。くすんだ金色のそれは型抜きされたように滑らかで、確かに石が嵌まるような窪みは見つからなかった。


 誰でも魔法が使えるオーパーツ。だが、オーパーツが機能するには、電池代わりの石がいる。それが今話題に上がっている結晶――通称〝オープライト〟。

 この結晶は、オーパーツが発掘された遺跡から同じく見つかったもので、既存のどの鉱物とも性質が違うし、ここらの鉱物が変質したものでもないらしい。オーパーツと同じく〝場違いな鉱物〟であるからして、〝Out of place〟に石を意味する接尾〝- ite〟を付けて、〝オープライトOOPLITE〟と呼ばれている。


 さてさて、その電池が嵌まらない構造であるということは。


「つまりこれは、オーパーツが発見されてから十五年、一度として我々が取り扱ったことのない、新しいタイプのオーパーツということだ」


 俄に嫌な予感が俺の中に湧き上がる。

 世間では新発見とされるそれ。だが、取り締まる側である俺たちO監にとっては、素直に喜べるものじゃない。これまでなんとか構築してきた対処法が通じなくなるおそれを示唆するものであるし、なによりそれが発掘現場ではなく、市井で見つかったというのが一番の問題。


「君には、これについて調べてもらいたい。具体的には、出所だ」

「はあ……」


 局長の指示は、俺たちO監の人間には、言われるまでもない当然のものだ。だからこそ、釈然とできないものがある。


「……何か疑問が?」


 溜め息混じりの俺があまり気に入らないようで、局長は片眉を上げる。


「そういうの、もともと俺ら捜査課の業務範囲でしょう。なのにわざわざ局長直々にご命令って、なんかあるんですか?」


 そのオーパーツが、これまでのものと同じものであれ違うものであれ、どのみち俺たちが、ワットがどこでそれを入手したのかを調べることには変わりない。一般人が持っていた以上、そのオーパーツは明らかに違法品で、流通ルートを洗い出さないことには次の事件も防げないからだ。

 だというのに、局長はわざわざ俺を呼び出し、俺一人に捜査を命じた。

 そこになんらかの隠された意図があると思うのが普通じゃないか?


「……さて、な。どうだろう」


 意味深に笑う局長様。目に見えて分かるはぐらかしかたしてんじゃねーよ。


「今は君への回答は持たんよ。極秘事項ということで、処理してくれ。上長ミューリンズには、君を借りると既に伝えてある」


 既に手回しは完了、拒否権なし、ってわけですか。まあ、複数マルチプレイから個人ソロプレイに変わったってだけで、すべきことはいつもとそう変わらないわけですけれども。


「了解、調べます。……報連相はどうします?」

「それについてだが……入れ」


 真後ろにある局長室の扉が開いた。失礼します、と男の声。その人物は、すたすたと俺の横を通り過ぎ、局長の机の斜め前で止まった。


「君には彼を付ける」


 くるり、と青年がこちらを向く。


「警備課所属オペレーター、ミツル・ホムラです」


 どうぞ宜しく、と半分目を閉じたかのような無愛想な表情をぴくりとも動かさずに言う。俺よりも三歳ほど年下か。黒い髪と濃褐色の目も相まって、なんとなく陰気なイメージ。


「何かあれば、彼に連絡するように」

「警備課……?」


 オーパーツ監理局には、三つの部署がある。オーパーツ取り締まりの実働隊ともいえる『監理部』、監理部の備品管理や技術サポートを行う『技術部』、そして事務・雑務、経理や局員の管理を行う『総務部』だ。

 そして監理部は、さらに二つの課に分かれる。一つは『捜査課』。オーパーツ犯罪に関わる事件を追う部署だ。もう一つは『警備課』。オーパーツに関わる施設の警備や要人の警護を行う部署。

 俺が所属するのは、捜査課だ。一方、彼は警備課、つまり違う部署。部署を越えて連携することはままあるが、それは大規模捜査のときで、普段こんな感じの編成はないはずなんだが――


「今回は特別だ。他の協力も仰げんことだろうしな。君もわざわざ私のところに来たくないだろう」


 そりゃあまあ、その通りだけども。それでもやっぱ、奇妙な印象は拭えないんだよな。

 さっきからなんとなく面倒事になっている気がひしひしとするわけですが、今更下りるなんてこと許されるはずもなく。 

 これが回線番号です、と数字の書かれた紙切れを、大人しく受け取った。


「はあ……よろしくな、ミツルくん」


 愛用のジャケットから無線機の本体を取り出して、チューニングする。そんな作業ですら憂鬱になってしまうのは、何処か満足そうな局長の所為だろうか。


「じゃあ、とりあえずあれ持ってた少年から当たってみます。……昨日の報告書書いたりしないといけないんで、明日でいいですか」


 なにせこっちは出勤したばかりである。まだ昼飯も食べていないんだし、準備くらいゆっくりとさせて欲しい。


「少年の警察への引き渡しは午前中で済んでいる。むしろ、その方がいいだろう」

「了解です。それでは……」


 と、そそくさ立ち去ろうとすると、待て、と引き止められた。


「これを双子のところに持っていってくれ」


 局長は、さっき机の上に返したナックルダスターを持ち上げた。


「この件、技術面は双子を担当にする。彼女たちは使って良い」

「……了解です」


 なんとも気に入らない物言いだったが、トップに逆らえるはずもなく、不満だけは精一杯顔で表現して、そのオーパーツを受け取った。

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