第1日-2 双子姉妹

 局長の部屋を出て、階下へ向かうエレベーターに乗ったとき、タイミングよくチャイムが鳴った。昼休み終了の合図だ。弛緩していた周囲の空気が慌ただしく動き出す。


「なんだよ、終わっちまったか昼休憩」


 溜め息を吐きながら、捜査課の居室に戻る。上司や同僚と簡単な言葉を交わしたあと、自分の机の上にあった紙袋を掴んですぐに部屋を出た。大会議室の前を通り、連絡通路を歩いて別棟へ向かった。

 オーパーツ監理局の拠点となる建物は、俺たち捜査員の居室がある本棟の他、西と北に別棟がある。西は、技術部技術課――オーパーツ技術のサポートをメインとする部署占有。普段捜査員はあまり用は無いところ。

 でも、俺は別。局長に渡されたオーパーツを、〝双子〟に届けないといけないしな。

 連絡通路を繋ぐ扉を潜り、エレベーターの脇を抜け、L字の通路を曲がった先は、両側に白い壁が反り立つ狭苦しい廊下になる。人が余裕を持ってすれ違える程度の道幅。壁には一定間隔を保って扉が取り付けられている。大学のゼミ室に向かうときのことを思い出すけれど、あそこはもう少し開放的だったよな。

 道の奥に申し訳程度についている網入りガラスの窓を目指して歩く。もうちょっと、というところで身体を右に回転。細長いすりガラスが嵌った灰白の扉をコンコンと叩く。

 すりガラスの向こう側に動きは見られなかったが、「どうぞ」と柔らかい声が中から聴こえた。


「どもー、お届け物でーす」


 がちゃり、と音を立てながら入室すると、四つのアクアマリンの瞳に出迎えられた。純粋に驚いた表情と、迷惑そうな表情と。二つの同じ顔が違う感情を写していた。


「あら、グラハム」

「よぉ」


 柔らかい声を掛けられて、口元がつい綻んだ。少し不健康に思えるほどに白い肌。胸元まで波打ったたっぷりの赤茶の髪。女性らしい身体を覆うのは、袖にフリルのついた白いカットソーに紺色のガウチョパンツ。あの局長とは違った柔らかい雰囲気に、ふてくされ気味だった気分が高揚していく。


「何か用?」


 まあ、同じ姿・同じ恰好の片割れは、ちょっとツンケンしてるんですけども。


「おおよそ察しはついてんだろ? ほら、これ」


 とオーパーツを見せれば、納得顔の二人。やっぱりもう局長から話は通っているんだな。

 奥行ばかりの長方形の部屋。片側の壁にくっつけるように事務机が二つ並んでいる。どちらも電源の入ったタブレットPCが乗っていて、コピー&ペーストでもしたかのように、同じ人間が座っている。


「それはアーシュラ」


 と手前に居た一人が奥のもう一人を指し示すので、そちらに渡す。彼女は立ち上がってオーパーツを受け取ると、奥の壁際の作業台へと持っていった。


「キアーラは見ないの?」

「構造解析が先」

「なるほどな」


 こくこくと頷いて、机と反対側の壁に折り畳んで立て掛けられたパイプ椅子を引っ張り出して座る。


 局長のいう〝双子〟こと、アーシュラ&キアーラ姉妹。手前がキアーラ、奥に座るのがアーシュラ。二人とも二十三歳という若さながら一流のオーパーツの技術者で、俺の所持するオーパーツの面倒をよく見てくれている。ついでに俺の面倒も見てもらってる……なんつって、ただ単にアーシュラのほうが俺の恋人ってだけなんだけど。

 因みに、穏やかなアーシュラのほうが、一応姉。ツンケンしたキアーラのほう(それがまた可愛い)が妹。初見で二人を見分ける方法は、ほぼないと言って良いだろう。ホント鏡写しのように顔も体型もそっくりな双子だし。

 ……でも、ただ一人、初見でもこの二人を一発で見分けられた男がいるんだけどな。さて、そいつは今、どうしているやら。


 座り心地の良くない椅子に寄り掛かり、紙袋の中をごそごそと探る。すっかり冷めてしまったハンバーガーの白い包みを向いて齧り付く。

 何かの線グラフが映し出されたタブレットPCから視線を離し、こちらを向いたキアーラの眉が寄せられる。呆れ気味に口を開きかけたとき、奥の台でナックルダスターを眺め回していたアーシュラが戻ってきた。


「やっぱりグラハムがこれの調査を担当するの?」

「〝やっぱり〟って?」

「これを持っていた子を捕まえたのは、あなただって聞いたから」

「ああ……だよな」


 唇についたケチャップを舌で舐め取りつつ、自分でも煮え切らない感じの反応をすれば、二人とも不思議そうに首を傾げた。唇を曲げるのと、眉を顰めるのと。それぞれ違った可愛らしい仕草につい気持ちをほっこりさせつつ、局長に呼ばれた経緯とそのときに覚えた違和感を語る。


「――てことがあったのよ」

「そう」

「ふぅん」


 これもまた二者二様の反応。姿形がそっくりな双子だが、こうして注意深く見てみると、ちゃんと個性の違う別の人間なのだと実感させられる。


「確かに、少し気になるわね」


 顎にしなやかな指を当て、少し顔を俯けて考え込むアーシュラ。やはり第三者からしてみても、局長がわざわざ俺を呼び出したことを奇妙に思うらしい。


「〝結晶なし〟だからじゃない?」


 脚を組み、白いデスクに肘をついたキアーラが言う。


「珍しいでしょう。騒ぎになるかも」

「そうね。こういうものは見たことがないもの」


 キアーラに同調したアーシュラは、自分のデスクの前に座ると、パソコンのキーボードを叩き始めた。


「簡単に調べてみたのだけれど、オープライトなしで動くオーパーツなんて、これまで例がないの」

「O研のほうも?」


 O研――オーパーツ研究所。取り締まるだけのO監と違い、お国の意向でオーパーツを調べてるあそこなら、と思ったんだが。


「あちらのデータベースで検索しても、やっぱり記録は見つからなかったわ」


 アーシュラが端末の画面をこちらに向ける。素人が作ったとしか思えない簡素な画面のど真ん中には、『検索結果なし』の赤い文字。確かに望みは薄そうだ。


「オープライトなしで動くなんて、有り得るのか?」


 簡単に応用可能だったりするのかな、と思って、そもそもの疑問を口にしてみる。


「電池なしで、あなたのその携帯が動くと思う?」

「……そういうことだよな」


 結晶がないオーパーツは、電池の抜けた携帯電話と同じ、というわけだ。


「……と、思っていたのだけれどね」


 当然だ、とばかりに言っていたキアーラは、ふぅ、と憂い顔。まあ、現実こうしてオープライトを必要としないオーパーツがあるわけだからな。長いこと信じていた常識が覆されたというわけだ。


「そもそも、オープライトがどんなエネルギーを持っているのかもはっきりとは解っていないもの」

「オーパーツをどうやって動かすかについては、確かなことは言えないってことか」


 存在が知られてから十五年近く経つが、それだけの年数を重ねても、オーパーツという奴は〝未知〟の領域に留まっている。俺たちの技術がオーパーツの技術に届いていないというべきか。この二人をはじめとしたオーパーツに関わる技術者・研究者は、国のお墨付きを貰えるほどの優秀な人材のはずなんだが……。

 まあ、技術的なことには疎い俺が、とやかく言えることじゃないか。


 中身のなくなった包みをクシャ、と丸めて膝の上に乗せていた紙袋の中に放り込むと、よっこらしょ、と立ち上がる。腹ごしらえはおしまいだ。


「とりあえず、解析のほうはそっちに任せるわ。俺はとにかく入手ルートを探ってみる」

「期待してる」


 ん? と期待される理由がよく分からなくて、アーシュラを見ると、


「もし捜査の途中で他の〝結晶なし〟のオーパーツを見つけられれば、新しい資料になるでしょう?」


 そうすれば解析や研究が捗るかもしれないから、ということらしい。


「OK。お兄さんに任せなさい」


 力瘤を作るポーズで気合いをアピールした後、部屋を出ようとすると、ところで、とキアーラに呼び止められた。


「どうしてあなた、ここでご飯食べてるの?」

「え? 今それ言う?」


 もう全部食い切って、帰るところだってのに。


「だって、もう休憩終わってるんだぜ? 一人だけ飯食ってるなんて恥ずかしいじゃん」


 捜査課の居室は開けた部屋にいろんな部隊がまとめて押し込まれているのだ。そんなところで業務時間内にむしゃむしゃとハンバーガー食べている姿を晒してみろ、注目されるのは必至じゃないか。

 その点、この研究室は完全個室だし、住人はアーシュラとキアーラの二人しかいない。人目を憚るにはちょうど良い。


「気にしないくせに」

「そんなことないよ」

「嘘」

「ほらほら止めて、二人とも」


 キアーラの目尻がきりりと持ち上がったところで、アーシュラが仲裁に入る。その顔がちょっと楽しそうで、まあなんと可愛らしいこと。


「グラハム、ほら、遊んでないでちゃんとお仕事に戻りなさい?」


 突っかかってきたのキアーラのほうなんだけどな。

 なんて思いつつ、やんわりとしていながらも有無を言わさない調子で嗜められてしまえば、


「はーい、そうしまーす」


 と素直に返事しないわけにはいかないのだった。

 アーシュラにすっかり参ってしまっている俺の悲しい性である。

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