第17日-2 さらに再会
『やっと繋がった……』
静かに耳に入った声は怒りに満ちていて、こんなときなのに背筋が凍ってしまった。アスタ少年のことも一瞬だけ頭ん中からすっ飛ぶ。
それから静かに始まろうとしていたミツルの説教。だけど俺もそれどころじゃないので、なんとか必死に遮り、端的に状況を説明する。
『保釈されたワット・ネルソンが何故……』
「知らねぇよ。本人に訊け」
突然のトンデモ展開に、苛立ちを隠せない。ったく、保釈金を払ったんだから、しっかり監督しろよ父親。つーか、してると思ったわ。勘当した息子をわざわざ連れ戻したんだから、世間体気にして、しばらく隠すもんだと思っていたんだけどな。
本人もまた懲りずに悪さしやがるし。
「とにかく応援が必要だ。手っ取り早いところで交番と……バルト署だな。グレンが話早いか」
O監に入ってからも頼りにさせてもらっている同期のことは、ミツルには予め伝えてあった。こういうこともあるかと思って。正解だったな、と実感する。さすが俺、なんて得意になっている余裕がないのが残念だ。
『了解しました』
ミツルの返事が聴こえた頃、アスタの目的地がはっきりした。路地を抜けて辿り着いたのは、昔青果市場だったところだ。だだっ広い駐車場の向こうに、ペンキの剥がれたトタン屋根。壁なんてほとんどないような大きな入口。つってもここは裏手だな。きっと建物の向こう側はそれなりに広い道路に面しているんだろう。
積み上げられたまま残された木箱の陰に身を隠し、《トラロック》を抜く。アスタや他の少年たちが心配で飛び出したくなるのを必死に抑え、木箱の端に寄って様子を窺う。
「どういうつもりだ!」
糾弾するアスタの声が聴こえる。そっと横目で窺うと、メイと彼女が庇う少年少女数人が見えた。全員ひどく張り詰めた様子だ。
「見てわかんねぇかなー。お前らを消しに来たんだよ。余計なことを喋られちゃ敵わないからな」
このふざけた発言してんのは、ワットか。声が、バルト署で取調したときの記憶とリンクする。もう少し身を乗り出してみると、ワックスで立てた金髪、ヘーゼルの三白眼の少年――ワットの他、男が四人いた。ワットよりも年上でチャラそうな見た目の奴ら。如何にもチンピラ風情の男たちが十七の少年に従っているなんて滑稽な絵面だが、それが子どもたちにストレスを与えているんだから、状況を楽観視することなどできはしない。
「消しにきたって……そもそもお前が持ってきた話だろ!」
あの威圧感の中でも、アスタ少年は萎縮せずに反論している。リーダーとしての意地か素質か、どっちにしろ大した胆力だ。大人からしてみると心配でしかないけどね。
あの男たち以外には、誰もいないみたいだな。よし。
「その通りだよ、ワット少年!」
声を張り上げて注意を引いて、姿を晒す。
「お前! なんでここに!」
ワット少年はさすがに俺のことを覚えていたらしく、こっちを向いてがなり立てる。
「さーてね。お前さん、運がないんじゃないの?」
適当にあしらったあと、ワット少年はひとまず置いておいて、周囲のチンピラどもにまとめて宣言する。
「オーパーツ監理局だ。お取込み中のところ悪いけど、ここの少年たちに用事があるから、連れていかせてもらうよ」
ガラが悪く浅慮な感じのチンピラたちだが、さすがにこういう状況は戸惑うらしく、眉を顰めながら互いの顔を見合わせていた。
そんな彼らを背にして、ワット少年が小さく震える。
「ふざけんな! 逃がしてたまるかよ!」
「は?」
アスタを庇おうと移動していた脚が、道半ばで止まる。わめき散らすワットの声がひどく気に障った。銃を握りしめた拳が震える。
「ふざけてんのはお前だよ。こんなくだらねぇことしやがって……!」
どんな事情があるか知らないが、あの三人組も、ワットも、どうしてそこまで躍起になってこいつらに危害を加えようとしているんだ。違法物に手を出しているかもしれないが、まだ幼気な子どもだぞ? 武器持って必死に追い駆け回すような相手じゃないだろう。
『リルガ、落ち着いて!』
ミツルの鋭い声で、ワットに銃を向けかけた右手が止まる。奥歯を噛み締めて、怒りのまま行動しそうなのをなんとか堪えた。
一度深呼吸。肺の中の空気を入れ換えると、頭が冷えてきた。ミツルくんに感謝……とともに、ちょっと恥入る。歳下にフォローされるとは、面目が立たねぇな。
「……今すぐ帰れ。今ならまだ見逃してやるよ」
今度こそアスタのところまで寄って、メイたちのほうへ押しやって下がらせる。奴らはまだ何もしていないから、俺自身もまだ何もできはしない。ただ奴らに、退いてくれ、と願うのみだ。
……だが。
「今さら引き下がれるかよぉ!」
どうするんだ、と不機嫌な視線をチンピラどもから向けられていたワットの顔には、追い詰められたことによる焦りの表情が浮かんでいた。それが、ここに来て爆発したらしい。旧市場内に反響するほどの大声で叫ぶと、何かを取り出した。筒のような……なんだ?
目を凝らして見ていると、筒の先端が飛んできた。ついこの間も似たようなことがあったな。ということで余裕を持って躱したつもりだったんだけど。
「あ?」
左腕を引っ張られるような感覚に動きを止める。見てみると、何か紐のようなものが絡まっていた。……いや、紐じゃない。
「今だ、やっちまえ!」
テレビでしか聴かないような掛け声とともに、ワットが俺を指差す。すこしだけたたらを踏んだあと、チンピラどもが俺に向かって鉄パイプやらを振り上げながら突っ込んできた。
「ちょっ……ま……っ」
ひやり、とこめかみに汗が伝う。左腕に絡まった鎖の所為で、うまく身動きがとれない。しかも四人まとめて襲いかかってくるものだから、本当にもう紙一重のところで鉄パイプやら蹴りやらを躱すしかなかった。
まるでアクション映画みたいなことしている、と気付くと、妙に気分がハイになってきた。心臓がバクバク言って血の巡りが速くなる。俺の反応速度が上がる。
「おっさん!」
「おっさんじゃない、オニーサンと呼びなさい!」
右手に握りっぱなしだった《トラロック》の照準をチンピラたちに向けつつ、背後の少年たちに叫ぶ。
「いいから早く逃げろ!」
アスタとメイが
瞬く間に床に散らばったチンピラたち。俺って凄いんじゃないの?
……なんて、言っている場合じゃなくてな。
「いい加減観念しろよ、ワットくん」
これで二度目でしょ、と言いながら腕の鎖を解く。がしゃん、と金属がコンクリートに叩きつけられる音が薄暗い中で響いたが、ワットが何か操作したのか、鎖は分解されたかのように塵となって消えていった。これはあれだな。リュウライがこの前持ってきた《フルーレ》のオーパーツと同系統か。
ワットの身体がぶるぶると震えている。俺がぶっ飛ばしたチンピラどもはそそくさと退散した。鎖が腕に巻かれたときは焦ったが、こうもあっさりと終わるなんてな。少し奴が不憫にも感じる。
「ちくしょう……っ!」
自棄になったワットが筒を振り上げた。先端から鎖が出現して身構える。この間に素早くカートリッジを交換した。
「ぶっ殺してやる――!」
鎖の鞭が振り下ろされる。耳障りな音を立ててコンクリートを叩いて跳ねるのを、横跳びに躱した。それから横に、縦に。長い蛇がのたうっているかのように振り回されるのを、身を屈めたり飛び跳ねたりして必死に躱す。あれが一般的な革でも怖いが、なまじ金属(に見えた。腕に巻かれていたときの感触も)なだけにおっかなくって仕方がない。当たったら、打撲じゃすまないだろうな。骨折れるか? 早速喉が干上がっていく。
横にふり払われた鞭を、前に転がるようにして跳んで躱す。俺の背後に屋根を支える柱があったらしく、鎖はそれに巻き付いた。しめた! 前転を終えた態勢でしゃがみ込んだまま、ワットに照準を向けて撃つ。
やっぱりまあ、オーパーツを持っていてもそこらのクソガキだ。ワットは想定外の事態に呆然としていて、俺の発砲への反応が遅れた。腕に当たった電気弾の痛みで筒を取り落とす。
「……ったく」
手こずらせやがって。悪態が漏れる。立ち上がり、銃を下ろしたままワット少年の下へと近寄った。腕を押さえて呻くワットを横目に筒を拾おうと屈む。
「危ない!」
鋭い声に顔を上げる。そのとき俺が見たのは、突き飛ばされて倒れるワットの姿だった。
突き飛ばしたのは、メイだ。
鎖とは違う、軽やかな金属音で我に返る。床に転がっているのは、ナイフだ。ワットが持っていたらしい。俺がオーパーツを拾っている隙に刺すつもりだったのか。危ないところだった。
それはいいが、何故メイがここに居る?
周囲に気を配っていた、とまではいわないが、少なくとも俺たちに数歩で駆け寄れるようなところには誰もいなかった。なのに、メイは突然現れた。……オーパーツを使ったのか。
だが、複雑な心境になるのはそれだけが理由ではない。逃げろっつったのに。
結果助かったわけだから、文句も説教もできないが。
「……のアマ!」
身を起こしたワットが激昂し、尻餅をついたままでメイを足蹴にしようとする。
アスタはワットに掴みかかり、襟首を掴んで床に押し倒した。ここで始まったのが、少年たちの殴り合いだ。掴み合い、転がって相手の上に乗って殴る、を繰り返している。
「おい、止めろ!」
制止の声を上げる傍らで、俺は動けずにいた。メイの呼吸があまりにも粗い。走ってきたにしても異常だった。身体に触ると冷たく、髪の生え際の辺りには小さな汗がびっしりと浮かんでいる。
「アスタ!」
今度こそアスタの動きが止まった。顔を上げたところでワットに突き飛ばされて、身体が反り返る。その隙にワットは立ち上がって何処かへと走っていった。追いかけたいところだが、こんな状態のメイを放っていくわけにはいかない。
「おい、メイ嬢。大丈夫か?」
明らかに大丈夫な様子ではない彼女に声を掛けながら、アスタと一緒に顔を覗き込む。丸まった背を撫でてやると、彼女はうっすら眼を開けた。焦点の定まらない瞳が、アスタの顔を捉えようとしている。
「メイ……?」
アスタの声に褐色の目がもう少し開かれ。
頭を持ち上げたかと思うと、そのまま身体の力が抜けて、メイは気を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます