第17日-3 変色

 倒れたメイを、急いで最寄りの病院に連れていく。なんと都合の良いことに、バルト署からの応援――グレンが来てくれたのだ。そのまま奴の車で総合病院に駆け込む。

 ワットのことは、仕方がない。放っておくと危険な気がするが、メイの体調が心配だった。


 はじめはぐったりとして呼吸が浅かったメイだが、病院に着く頃には、ある程度元気を取り戻していた。顔色は悪く疲れた様子を見せるものの、しっかりと歩くし、会話もきちんとできる。目の焦点も合っている。医者も「過労じゃないか」と診断していた。


『ヤブね、そいつ』


 耳元で辛辣な言葉を言うのは、キアーラだ。キアーラのお願いを思い出した俺は、病院の休憩スペースで電話を掛けた。そこでキアーラに医者の見解を伝えたら、これである。


『連れてこれる?』

「まあ……診れるのか?」

『できるわけないでしょ。話を聴きたいのよ。何人いるの?』

「今いるのは二人だけど……」


 ワットとの戦いの最中に乱入してきたのは、アスタとメイの二人だけだ。歳下の子どもたちを逃がしたあと、駆けつけてくれたらしい。

 だから、メイだけでなくアスタも連れてきた。放って置くわけにもいかなかったし、あいつもあいつでワットと殴り合いなんぞしていたから怪我しているしな。


『そう。じゃあ、連れてきて』


 短くそう言って、キアーラはそのまま一方的に電話を切った。切断音が繰り返される携帯電話をまじまじと見つめる。


「なんだって?」


 ちょうどやってきた、コートのポケットに手を突っ込んだグレンに声を掛けられる。その背後には、頬に湿布を貼ったアスタと、まだ顔の白いメイが立っていた。


「あいつら連れてこい、だって。そういえば、他の子らは?」


 アスタたちが逃した子どもたち。ミツルがいろいろと手配してくれたので、まさか行方知れずということはないだろう。ただ、このゴタゴタで俺は状況を把握していなかった。


バルト署うちの少年課が面倒見る。責任もって家に送り届けるってよ」


 ミツルが要請したことで駆けつけてくれた警察官は、まずマーク少年を保護し、そのあとアスタたちが引き連れてきた少年たちも預かって……で、そこにいた全員まとめてバルト署へと連れて行ったのだそうだ。そうしてみんなまとめて少年課の人たちにお世話になっているのだそう。アスタたちが市場跡まで戻ってきたのは、歳下の子たちを警察に預けられたから、というのもあったようだ。


「あいつらも送ってやろうか」

「おお、マジで? 助かるぜ」

「お前じゃねーよ」


 でも、俺はアスタとメイをキアーラのところに連れて行かなくちゃいけないので、結局のところグレンのお世話になるのです。

 所在なさげに立つ二人に、監理局に連れていくと伝えると、あっさりと承諾してくれた。


「俺が言うのもなんだけど……いいのか?」

「むしろ頼むよ。……もう、うんざりしているんだ」


 湿布を貼ったアスタの顔は、確かに疲れた様子だった。ラピスラズリの瞳に、覇気がない。


 グレンの車での移動の間、無線を通してミツルから指示を受ける。なんと直帰の許可が下りた。そのままアスタとメイを連れてアーシュラたちの家に行け、と。


「いやいや、駄目でしょそれ。参考人よ?」

『ですが、他に彼らを匿う場所も人員も確保できません。特に人員の方は困難です。皆、任務があるので』


 この〝皆〟は特捜のメンバーのことらしい。そして本件特捜案件だから、他部署への支援要請は難しい、と。

 だからはじめから事に当たっている俺と双子たちがそのまま彼らの監視と警護を引き受けるのが、都合が良いそうだ。


『それに、イーネス姉妹の自宅であれば、セキュリティ面はクリアできます』

「まあ、そうかもしれないけどさ」


 スリル好きの怪盗でもなければ挑戦しようとは思わないほどのドン引きなセキュリティシステムだからな、あのマンションは。


『調書の作成は明日で結構ですから。あとはお願いします』


 話はついた、とばかりに言い残して、ミツルは無線を切った。それってさ、夜のうちに話聞いとけってことだよな?


 溜め息を溢して、窓の外を見る。

 外はいつの間にか暗くなっていた。街灯がバルトの古ぼけた街を照らし出しているが、それが返って闇を深くしているように見える。

 一方で、セントラルはまるで不夜城の輝きだ。窓の灯が消えないビル。色とりどりのネオン。広告を流し続ける大きなモニター。バルトではもう一日が終わろうとしていたというのに、こちらはまだ「夜はこれからだ」とでも言わんばかりだ。二つの区を比較すると、オーラス老の功績がはっきりと浮かび上がる。

 ……でも、その功労者が今一番の容疑者だもんなぁ。

 この目覚ましい発展具合が、もし不正によって成り立ったものだとしたら。そう思うと複雑だ。


 グレンに監理局の前で下ろしてもらって、そこからは三人徒歩で移動する。アーシュラたちはもう勤務を終えて、とっくに帰っているそうだ。自宅にいることは確認済みとのこと。


「いらっしゃい」


 女神様のお出迎えに、心がほっこりする。実質サービス残業だとしても、こうして帰して貰えたのは良かったかもしれない。


「みんな疲れているでしょう。今ご飯を作っているから、待っていてね」


 そう言って、ダイニングテーブルに着いたキアーラを残し、アーシュラは台所に立った。俺も手伝うべきかと悩んだが、キアーラに手招きされて、アスタたちの方を優先させることに決めた。

 キアーラの隣に俺が座り、対面にアスタとメイが座る。二人とも大人しくはしているが、落ち着きがない。一応、俺の同僚に預けるというような事情説明はしてあるけれども、初対面のこの二人を信用・信頼するかは別問題だもんな。


「それで、オーパーツを見せてもらいたいのだけれど」


 前置きも何もないキアーラの要求に、思わず腰を浮かせた。そうだ、すっかり忘れていたが、こいつらのオーパーツについて俺はまだ何もしていなかった。アスタについては不明だが、メイが持っているのは確実だ。瞬間移動――いや、もしかすると時間操作。リュウライが言っていたやつ。

 二人とも身体を強張らせて躊躇っていたが、やがて観念してかメイが首にかけていたものを引き抜いてテーブルの上に置いた。卵型のペンダントのようだ。頭頂部に平たい円柱状のスイッチのようなものが付いている。

 それに続いて、アスタもパーカーのポケットから黒い帯状の輪――チョーカーを出し、パーカーを脱いで軽く畳んでからテーブルに置いた。……って、パーカーがオーパーツかよ!? これはちょっとびっくりだ。


「ブーツや手袋があるんだから、服もあるでしょ」


 ……確かに。言われてみるとそんな気がしてくるな。


 キアーラはそれらを一つ一つ順繰りに見たあと、一言断ってメイの持っていた卵型のペンダントを手に取って立ち上がった。台所のアーシュラのもとに持っていく。エプロン姿のアーシュラは包丁を置き、キアーラと同じようにペンダントを観察していた。

 席に戻ったキアーラが、テーブルの真ん中に卵を置いた。


「貴女が倒れた原因はこれね」


 ズバリの一言に、俺含め三人は驚く。と同時に、頭の上に疑問符を浮かべた。その結論に至った経緯がまるで分からない。


「え、どうして分かるの?」

「これは〈クリスタレス〉よ」


 聴き慣れない単語にアスタとメイは俺を見る。が、俺だってそれだけじゃ全く解らない。


「すんませーん、順番にご説明願います」

「そうね……」


 キアーラは顎に手を当ててうつむいた。何処から説明したものか悩んでいるのだろう。次第にだんだん面倒くさそうな顔になる。初心者アスタたちのために一から説明しなければならないことに気づいたようだ。

 溜め息を吐いてから、憂鬱そうに口を開く。


「まず、オーパーツ。これを動かすのに結晶がいることは知っている?」


 質問を投げ掛けられた二人は、ぷるぷると首を横に振る。

 キアーラは再び席を立ち、自分の部屋へと向かった。しばらくして戻ってくると、卵の横に透明な石を置いた。

 さて、おさらいの時間だ。


「これがオーパーツに嵌められる結晶、オープライト。いわばオーパーツの電池のようなものね。オーパーツはこれを嵌めることでその機能を発揮し、使用するにつれ、この石は黒く濁る」


 そうしてキアーラは透明なオープライトの横に、黒く濁った結晶を置いた。オブシディアンのような輝石とはまるで違う、タールを詰め込んだような色だった。透明度なんてまるでないこれは、もう全く使えなくなった状態の結晶だ。


「何故こんな風に黒くなるか。それは、実際オープライトも電池と同じように、化学反応によって発生したエネルギーでオーパーツを動かしていることが最近解ったの」

「黒くなるのは、それで?」

「ルビーとサファイアって知っているでしょう? あの二つは、実際はただ色が違うだけで酸化アルミニウムアルミナからなる同じ鉱物。でも、添加物の違いによって色が変わる。

 オープライトの変色もこれと同じだろうというのが、今オーパーツ研での主流の見解。結晶を無色透明にする物質が、オーパーツの使用によって有色にする物質に変換されたという仮説ね」


 どうして結晶状態のままで物質が変質するのか、そのメカニズムまではまだ判っていないけれど、とキアーラは付け加えた。ここまで解っても、オープライトから出るエネルギーが未知のままなのだそうだ。


「それで、この黒く変質した物質は、人体に害悪なものであると解ったの。取り込めば人体を蝕み、命を削る……所謂毒物」


 聴いていてなんとなく嫌な予感がした。


「でも、その物質って結晶の中でしか作られないんだろ? なら、砕いて飲み込んだりしない限りは大丈夫なんじゃ……」

「そこで、新しいオーパーツが出てくるの」


 やっぱりか。察してしまった。言うべきことが見つからず、ただ口を閉じることしかできなかった。

 キアーラはアスタたちに向き直る。さっきの面倒そうな表情などない。冷たくも見えるほど、極めて真剣な表情。


「先日、貴方たちの仲間から回収したオーパーツ。あれにはオープライトが嵌まっていなかった。構造的に嵌められるようにもできていなかった。つまり、オープライトなしで動くってこと」


 そういうオーパーツが存在するのだ、とキアーラはアスタたちに教える。

 そして、メイの持っていたオーパーツもオープライトなしで動く〈クリスタレス〉だ。

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