第17日-4 目的

「電池がいらないってことですよね。それって便利なんじゃ……?」

「そうね。でも、じゃあ、その動力は何処から来ていると思う?」


 アスタも、質問をしたメイも閉口した。首を傾げつつ、互いの顔を見合わせる。にすぐ行き当たらないのは、二人がオーパーツと言う存在に慣れていないからだ。

 だが、かれこれ六年オーパーツという理不尽な存在に関わってきた俺は気付いてしまった。

 キアーラは冷たく告げる。


「答えは、使用者の人体」


 アスタとメイの顔からさっと血の気が引いていく。ここまで言われて解らないほど、鈍い子どもたちではない。


「〈結晶なしクリスタレス〉は、人体からエネルギーを吸収して動いている。つまり、幾度となくこれを使った貴女の体内には、きっとこの黒の毒素が溜まっている」


 そしてそれが、この度の体調不良の原因だ、とキアーラは表情を動かさずに言った。

 ぐらり、とメイの身体が傾ぐ。椅子から落ちそうになったところを、いつの間にか傍に来ていたアーシュラが支えた。


「キアーラ」


 メイを支えて椅子に座らせつつ咎めるアーシュラに、キアーラは表情を変えずに肩を竦めた。


「気分が悪くなるのは、承知の上。……これで使おうとは思わなくなったでしょう」


 メイもアスタも頷かなかったが、キアーラの言うとおりその気がなくなったんだろう。忌まわしいものを見る目つきで、テーブルの上のオーパーツを眺めていた。

 アーシュラは肩を竦める。ほどほどに、と言い含めて台所に戻っていった。

 なお言葉を失ったままの俺たちを尻目に、キアーラはアスタが出した二つのオーパーツを検分する。……今さらだが、アスタは二つ持っていたのか。これはいったいどういう訳だ?


「なあ、アスタ」


 疑問を口にすると、アスタはまだショックから立ち直っていない様子で呆然と答えた。


「俺と……ラルフが」


 知らない名前だが、仲間の一人だろう。メイのことがあったからか、なんとなく危険を察して預かっていたのだそうだ。そうして昼間、俺のところへ来た。オーパーツのことを訊きだして、それからどうするかを考えようとしていたらしい。

 メイに持たせたままだったのは、一度命を狙われたから。時間操作だもんな。身を守るのには有用だ。この辺の判断ができるあたり、やっぱりこいつらは馬鹿じゃない。


「ワットがお前らのところに来た目的は、オーパーツの回収と口封じで合ってるか」

「ええ。本人がそう言っていたから」


 反面、ワットのほうはあまり頭が良いとは言えないな。まったくどうしてこいつらは、ワットのような奴に振り回されたんだか。

 その間にキアーラは観察を終えたらしい。二つのオーパーツを卵形の横に並べた。


「パーカーのほうは〈クリスタレス〉。チョーカーは〈スタンダード〉だったわ」


 おっとこれは意外。全部〈クリスタレス〉だと思ってたのに。なんでここで〈スタンダード〉が紛れてきたのか。

 それはそうと、パーカーが出てきた時点で察したが、アスタのほうが〈クリスタレス〉を使っていたんだな。本人は、体内に毒素が溜まるものを自分が使ってたことについて、凄く複雑そうだ。仲間のほうでなくて良かったし、でも、自分がどれだけ侵されているか気になるし、ってところか。


「メイ嬢は、光学研究所で身体検査をしていたよな。……お前ともう一人もそうか?」


 アスタは頷いた。むしろオーパーツを持っていた奴だけが、モニターとして光学研に行っていたのだそうだ。


 頭の中で、これまでの話を纏める。

 オーパーツを持っていた少年たちは、オーラス光学研究所で身体を検査してもらっていた。

 彼らはオーパーツを使用していた。そのうちの一部は人体に悪影響を齎すものだ。

 そして、実際にそのうちの一人――メイが身体に不調を起こした。


「なるほど、これで〝敵〟が何をしたいのか見えてきたな……」


 アスタたちが光学研で身体検査を受けていたことから考えるに、オーパーツを渡した誰かは、〈クリスタレス〉が人体に毒素を溜めることを、少なくとも予想していたことだろう。つまり、モニターのアルバイトの実情は、〈クリスタレス〉の使用時の人体への影響を見るためのものだと考えられる。〈スタンダード〉を使っている奴がいるのは、たぶん比較するためだ。訊けば、そのラルフはアスタと体格が似ているのだという。

 そして、アスタメイで性別による比較検証も行っていた。細いアスタと背の高いメイも体格は同じくらいだ。


「オーパーツを用意したのは、その光学研?」

「違う。カミロっていうビジネスマンだった。光学研で検査しろ、といったのもそいつだ」


 光学研では、アスタたちは医療用機械の動作検証のバイトっていうことになってたそうだ。カミロからも、そういうことにしている、と予め聞かされてたらしい。表向き光学研は無関係のスタンスか。


「それで?」

「カミロがやって来たときは、オーパーツの調子とか、使ったときの様子とか、診断結果とか、そういうのを報告していた。何回オーパーツを使ったのか、とか、どういうときに使ったのか、とかも。来るのは月一くらいだったかな。光学研での検査は二週間に一回」

「二週間に一回……」


 前に二回光学研でメイに会ったとき、その間隔は三日くらいだった気がするんだけど。


「二回目は検査結果を受取に行ったの。即日では発行できないっていうし、カミロは必要だからもらってこいって言うし」

「なるほどな。……ところでそのバイト、どのくらい前からやってんだ?」

「三ヶ月前から」

「……ずいぶんと前からなのね……」


 がく、と肩が落ちる。その間なんにも感知できなかったなんて、捜査員の名が泣くじゃないか。ワットがいなかったら、発見はもっと遅かったかもしれない。悪党のほうが出し抜くのうまかったりして、つくづく嫌になるね。

 しかし、これだけじゃあ光学研がクロかどうかはまだ判らないな。バルマ所長のことは、面会時の俺の印象でしかないし。今答えを出すことはできないな。

 となると、気になるのはそのカミロだな。メイを襲ったあの三人組を雇ったのもビジネスマンだった。今回のワットの件も含めると、カミロである可能性は高い。


「ところで、貴女の体調だけど。診断結果、もらったんでしょう?」


 どうだったの、と思い出したようにキアーラは口を開く。


「……異常はないって」

「なら、手遅れということはないでしょう。良かったわね」

「軽々しく言わないでよ、そんなこと!」


 メイは机を叩いて立ち上がった。アスタが驚いて振り仰ぐ。


「なんでそんなことが言えるの! 診たわけでもないくせに!」


 目端に涙を浮かばせながら、部屋中に響く声量で叫ぶ。それだけメイの抱えている負担が大きいっていうことだ。自分の体内に毒が蓄積されているなんて聴いたからな、不安でたまらないんだろう。


「結果が嘘の可能性だって、あるかもしれないのに!」

「それはないでしょう」


 メイの激昂ぶりに面食らいつつキアーラは言ったが、それはかえってメイの怒りを煽ってしまったらしい。


「だから、いい加減なこと言わないでっ!!」


 台所で、何かを炒めていた音が小さくなる。皆が痛ましそうにメイを見上げる中、アーシュラが震える肩を抱いた。大丈夫、と背中を擦りながらメイを椅子に座らせる。


「キアーラが言葉足らずで申し訳ないけれど、俺もそう思う」


 落ち着いてきたところでゆっくりとそう言うと、メイがきっ、とこちらを睨んできた。腰を浮かせたところを、まあまあ、と両掌を見せて落ち着かせる。


「光学研はカミロの検査目的を知らないんだろ? だったら、あっちに嘘を吐く理由がない」

「……グルだったら?」

「それでも進んで嘘を吐く理由はないな。カミロはお前たちから検査結果のデータを貰ってたんだろ? だったら虚偽の結果は困るはずだし、カモフラージュだとしたら手間だ。直接カミロが赴いて受け取った方が楽だからな」


 何分あちらが金を出している身だ。検査結果を紙でもらえない不満なんて、給料払ってるんだから文句言うな、で言いくるめることができてしまう。


「だから、〝検査結果に異常なし〟は事実だよ。目に見えて異常がなかったんなら、オープライトの毒による影響も小さいってことだろ」


 奴らは、オーパーツを使うことでどんな害があるか見たかったはずだ。あらゆる想定で検査メニューを用意しているはず。

 そこまで伝えると、メイはようやく怒りを引っ込めた。まだムスッとした表情でそっぽ向いているけどな。

 隣でキアーラが密かに息を吐いている。この誤解されやすいの、どうにかしたほうが良いかもな。


「でも、経過は見ていったほうがいいわ。だから、貴方たちはしばらくここで過ごすこと」

「え!?」


 俺とアスタとメイと、三者一様に驚きました。こいつらをこの家で匿うって、今晩だけの話じゃなかったの?


「彼ら二人は、オーパーツ所持の容疑者かつ参考人。同時に命を狙われているんでしょう?」


 このまま何もせず解放というわけにはいかないだろう、とキアーラは言うが。


「いや、でも護衛とか専用の施設とかでさぁ」


 本来そういうところで視るべきなんじゃないの、と思うんだが、ここは高度なセキュリティだし、O監の目の前で襲撃のリスク小。俺も頻繁に立ち寄るし、こいつらが逃げたときもすぐに察知できる。ついでに施設利用の資金も掛からないし、双子の片方が出勤すればオーパーツの解析は滞りなく進められる……というのを鑑みると、アスタたちをこのままアーシュラの家で匿い続けるのが一番良い、と局長が判断したのだそうだ。

 都合良く利用されているように感じるんだけど……良いのか? 本当にそれで。確かに気軽にアスタんところに話を聞きにもいけるけどさぁ。


「施設よりは、この子たちも気楽でしょう?」


 ……それは確かにそうかも。


 そうこうしている間に、アーシュラが料理を出してきたものだから、この話はそこで終わってしまった。


 そういえば、女ばかりのところにアスタくん一人置くんだな、ということに、帰る前に気づき。

 でも、部屋もベッドもソファまでないため、俺までアーシュラの家に泊まり込むわけにもいかず、俺はただ一人、もやもやっとした一晩を過ごしましたとさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る