第18日-2 怪しい施設
「それは……なかなか由々しき事態だな」
さてさて、難しい顔で俺の話を聴いていたラキ局長。話が進むにつれてますます深刻そうな表情をしていたくせに、終わった途端に目を怪しく光らせて口の端をにんまりと持ち上げやがった。まるで魔女の笑み。
「しかし、いい手掛かりでもある。しかもオーラスとは、大物が釣れたじゃないか」
「オーラス財団がどこまで関わっているかはまだ分かりませんよ? 表向き光学研は無関係のスタンスですから、関与もどれほどかは不明です。カミロ個人の企みに過ぎない可能性もまだ大きい」
「そうは思っていないくせに、よく言う」
まあ、そうだけど。なにせ相手が相手だ。傘下の企業止まりでも、それがオーラス財団の会社となれば、いざというときの不祥事が与える影響は大きい。オーラス財団はシャルトルトの経済を担い、生活を支える。そんな組織に安直に手を出せば市民の不興を買うし、下手に解体させたらそれこそこの島の存亡に関わる。
……だというのに、この局長さん楽しそうだ。まるでこうなることを望んでいたみたい。こういうところ、リュウライやミツルの上司だよなって感じがするね。
「まあいい。次、リュウライだ。アロン・デルージョについて調べているのだったな」
「はい。バルト区にデルージョの家があると聞き、そちらへ行ってみました」
リュウライは語る。本人の行方や研究内容は掴めなかったが、そのデルージョの自宅から工場の間取り図を発見したのだそうだ。気になったので調べてみたところ、その間取図はバルト区のヴォルフスブルグ街にある工場のものだと判明したのだとか。今は、近隣の三つの施設と合併して、一つの施設となっているらしい。
「表の看板にはサルブレア製鋼と書かれていました」
「……聞かない名だな」
俺も局長もミツルくんも、みんなして眉を顰めた。誰一人心当たりないようだ。
「四施設の在り方も妙です。所有はそれぞれサルウィア鉄鋼、キリブレア精工と別の名義になっていました。どちらも本社は大陸にあります。おそらく今は共同で何かしているものと思われますが」
サルウィアとキリブレアで『サルブレア』ね。安直なネーミングだな。しかし、この口ぶりだと会社同士合併したって訳でもないみたいだな。
「で、そんな名前も知らない企業が、どうしてシャルトルトに?」
「分かりません。ですが、そのこと以上に興味深いのは、そのサルブレアの四施設の元々の所有者がオーラス財団傘下の二社であることです」
「……ほほう」
ぎらり、と局長の目が輝く。
つまり、オーラス鉱業とオーラス精密。両方と来ましたか。
「それで、気になって入り込んだのですが……」
ちょい待ち。入り込んだ? 嫌な予感がするんだけど。
だが、リュウライは俺の動揺などお構いなしだ。
「人気のない夜中に、壁から腕が生えているのを見ました」
「え、まさかの心霊現象?」
予想外斜め上発言に思考が逸れる。
ミツルが白い目で俺を見た。
「……本気で言ってます?」
「まさか。……オーパーツか」
「だと思います。建物の明かりもわずかで人員も最低限。なのに警備がやけに厳重でしたから。後ろめたいことをしていると見て、間違いないかと」
……聞いていると、なんとなくリュウライの話に違和感を持つ。いや、内容そのものは問題ないんだけどなぁなんつーか、外から観察していたにしては、いやに細かいような……。考えすぎか? 考えすぎだよな。
「……以上が、昨日までの捜査で分かったことです」
そうしてリュウライはコピーした設計図と、警備状況などをまとめた報告書を局長に手渡した。局長は資料にざっと目を通し、眉間に皺を寄せる。
「ふむ……なるほどな」
「結局、僕が戦った男もアロン・デルージョも見つけられませんでした。しばらくあの施設を張ろうかとも思ったのですが、企業のウラを取った方がよいかもと思い、一度報告に戻ってきた次第です」
「それは賢明だったな。様子を探るにしても、実態を把握している必要がある」
それにしても、キリブレア精工、か……。シャルトルトにそんな会社がないのは確かなんだが、何故か既視感がある。最近の話だ。それも、昨日今日の……。
「あ」
知っていました。見ました、その名前!
「リュウライの話に出てきたキリブレア精工、カミロの前の就職先ですよ!」
「なんだと?」
局長が色めきだつ。机に掌を押し付けて腰まで浮かせてきた。
俺は必死で今朝仕入れてきた情報を引っ張り出す。
「カミロはもともと大陸の出身で、十五年前にオーラス精密に転職してこっちに来たようなんですが、転職する前、大陸にいたころの就職先が、確かキリブレア精工」
それと、大事なことを忘れてた。
「オーパーツで思い出したんですが、子どもたちに配られたオーパーツの一つに、おそらく時間操作と思われるものがありました」
メイの持っていたオーパーツだ。カミロのことに気を取られて、つい後回しになっていたな。
だが、これは一週間ほど前にミツルに話していたから、局長たちの反応はさほど大きなものじゃなかった。リュウライは、知らなかったみたいだけど。
「……どうやら、二人揃って当たり
我らが女王様は、満足そうにほくそ笑んだ。
「サルブレア製鋼の施設に、〈クリスタレス〉、ひいてはRT理論に関わる何かがあるのは、ほぼ間違いないだろう。
そして、オーラス財団が関わっている可能性もまた出てきた」
しかし、とラキ局長は手を組む。
「財団に直接当たるには、証拠がまだ乏しいな。リルガの言う理由で一蹴され、揉み消されるのがオチだ」
カミロか光学研か、どちらかで尻尾切りが行われる可能性な。
そうさせないため、まずはカミロとサルブレアを調べあげろ、と局長は命令する。そこから糸口を探るってわけだ。カミロは俺の担当。サルブレアはリュウライだ。
「それにしても、大陸の企業まで利用して施設を準備するとは、予想以上の規模だな。しかも、人体実験まで……」
正直そこまでするとは思っていなかった、と憮然とした様子で局長は呟いた。
「アロン・デルージョといい、マーティアス・ロッシといい……研究者の妄執とは恐ろしいものだな」
「そういうもんじゃないっすか……研究者ってのは」
いろいろと思うことがあって、つい口を挟んだ。
研究者っていうのは、そもそもできないことに立ち向かう人種だ。ときに狂気に至るほどの熱情を持たなければやっていけないものなのかもしれない、と俺は個人的に思っている。
その熱意は、基本人類の未来の為になる。だが、ときに誰かを苦しめるものにもなりかねないことを、俺は知っている。
間近で、それを見た。
「それに、ロッシって奴は、恋人をその研究で亡くしたんでしょう? 案外家族や恋人が絡むと発狂する奴、多いんじゃないんですかね」
「それはそうかもしれないが……恋人?」
何言ってるんだこいつ、って顔で局長が見上げるんだが、俺なんか変なこと言ったかな。
「爆発事故で恋人亡くして、狂ったように結晶のないオーパーツを研究してた……んじゃなかったんですか?」
「……アヤ・クルトのことか? あの二人が恋人関係にまで発展していたとは聞いていないが……」
「え?」
思わず隣を振り返る。そこにはきょとんとした顔のリュウライがいる。俺は確かにそう聴いたんだけどな。
「……ああ!」
ラキ局長が合点がいった、という様子で何度も首を縦に振る。
「そうか、『マーティアス』だものな。そういえば、性別にまでは言及していなかったか」
――マーティアス・ロッシは、女性だ。
リュウライはパチパチと何度もまばたきをしている。ラキ局長がやや呆れたような表情を浮かべた。
「思い込みで恋物語を創り上げていたのか? らしくもない」
「すみません……」
リュウライが、ばつが悪そうにラキ局長から視線を逸らす。うん、でも俺も男だと思っていた。『マーティアス』世間的には男性名だし。
「アヤ・クルトとマーティアス・ロッシは、非常に仲の良い親友同士だった。そして共に、優秀な研究者だった。大学の博士課程に在籍しながらオーパーツ研究所の研究者として抜擢されたのだ」
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