第1日-4 食事会

 アーシュラ&キアーラ姉妹には、毎晩のようにご飯の世話になっている。恋人だからっていうのもあるが、保護者のいない二人を訳あって俺が面倒を見ているからというのもある。現在はもう二人とも立派な成人だが、出逢った六年前はまだ十七歳――未成年だったからな。夕飯のお呼ばれは、その面倒を見ている過程でいつの間にか付いてきたものだ。


 二人の家は、局から徒歩五分のところにある、十階建てのセキュリティマンションの中にある。部屋は最上階。窓の外を見れば、職場が見える嫌~な場所。

 建物入口の観音開きのガラス戸を潜った後、自動ドア横に鍵を差して暗証番号を入力。そこを通り抜けると、エレベーター。こちらは行き先入力後に暗証番号を入れなければいけない。自宅のフロアについた後は、玄関で入口で使った鍵の他、指紋の認証も必要とする。住宅に備えるにはあまりに厳重すぎてドン引きな警備システム。機密事項を扱うような職場だってここまでじゃない。

 とまあ、こんな風に厳重なことと、都心にあることも相まって、家賃は当然お高い。補助があってもなかなかキツい額なので、入居者の大半は金持ちだ。一公務員でしかないこの二人は、入居者の中でも数少ない例外だな。

 因みに、俺は合鍵を持っているわけだが、これを手に入れるのにも申請がいる。身分証を提示し、職場まで教えなきゃいけないわけだから、手続きが面倒臭くておちおち失くせもしない。


「すぐにご飯の準備をするから、テーブルに座って待っていて」


 部屋に入ってすぐ、黒いエプロンを着けながら、アーシュラはリュウライに四人掛けのダイニングテーブルを示した。リュウライは大人しく席に着く。何かあったらすぐに立てるように椅子に浅く腰かけているあたり、律儀というか真面目というか。

 さて、毎日のように押し掛けている俺はといえば、そんなお客様待遇が許されるはずもない。大理石風のキッチンカウンターの前に立って、わんこのようにお仕事を待つ。

 そんな俺がキアーラから渡されたのは、盆に乗ったグラス四つと、褐色の液体が入ったピッチャー。


「リュウライくんの相手をしてあげて」

「あー……いいの? いつも手伝えっていうのに」

「あなたの今日の仕事は、彼のお酌」

「俺の方が先輩なんだけど……」


 別にそういう上下関係の煩わしいことは気にしないんだが、言われ方がビミョーに気になる。でも、キアーラはさっさと行け、と手を振るから、抗議は許されないようだ。


「それじゃ、お言葉に甘えて」


 盆を持ってダイニングテーブルへ。椅子に座っていたリュウライはぼんやりと部屋を見回していた。キッチン、ダイニング、リビングが一間続きのフローリングの部屋は、モノトーンの家具しか置かれていない。二人とも物を持つことに慣れていないから、棚の上に置物だったり、壁にポスターの類もなく、もの寂しい。唯一、花を付けていない極楽鳥花ストレリチアが、部屋の隅で存在感を出していた。あの披針形の大きな葉っぱ、なんとなく目が引き寄せられるんだよな。リュウライがじっと黒い鉢植えを見ている。


 盆をテーブルに置くと、グラスにピッチャーの中身を注いだ。琥珀色の液体は、水出しのフレーバーティー。金木犀の匂いが拡がって、都会のど真ん中でも秋らしさを感じさせる。


「最近どうよ? お仕事のほうは」


 リュウライの隣に座り、グラスを弄びながら尋ねる。リュウライ相手には、〝お仕事のほう〟と付けることが重要だ。これ付けないと「別に何も」で話が終わるからな。


「特筆するようなことは、何も」


 ……付けてても駄目だった。口下手さんめ、会話を広げる気はないのかよ。

 だが、俺様も滅気めげはしない。


「今なにしてるの? あいや、機密事項しゃべれってんじゃなくてさ。人の警備してます、とかそういうの」

「違法発掘の初動調査が多いですね、最近は」


 違法発掘の初動調査。つーと、山の方、遺跡の周りに居ることが多いってことか。道理で最近姿を見なかったわけだ。でかいとはいえ同じ建物内、全然すれ違わないのも変だとは思っていたんだよな。

 そんでもって、三日前の崩落事故。それでリュウライは巻き込まれたってわけだ。なんでよりによって俺の知り合いが、と聴いたときは思っていたけれど、遭遇する確率は高かったんだな。


「グラハム、これ」


 トースターの音が聴こえはじめたと思ったら、カウンター越しにキアーラに呼び出された。行ってみれば、フォークの入ったサラダボウルと、皿の上に乗ったザルが並べられている。ザルの中にはレタスやほうれん草などの葉物野菜。なんだ、結局手伝うのかよ。

 サラダボウルとザルをテーブルに運び、トングを持ち出す。


「リュウ、悪いけどこれ配って」


 器の中のフォークを指し示す。素直なリュウくんは黙って従う。それだけでなく、サラダをよそったボウルも各席に置いてくれた。実家が食堂経営しているらしいからか、良く気が回る。


 ジュウ、という炒め物の音に、腹が反応して空腹を訴えてくる。先にサラダに手を出してしまおうかと誘惑に駆られたところで、キアーラがまた一品持ってきた。輪切りのみずみずしいトマトと濃厚なモッツァレラ、青いバジルを重ねたカプレーゼ。掛けられたオリーブオイルの中には、粗挽きの黒胡椒とピンク色の岩塩が浮かんでいる。


「先に食べていいわよ」


 俺の心が聴こえたかのような女神様の声。ただ、あまりガツガツ食べ過ぎるのもあれなので、リュウライと二人、カプレーゼだけを摘まんだ。

 そのまま雑談を少々(って言っても俺がほとんど喋ってるんだけど)。四、五分経った頃に、アーシュラたちが皿を持ってやってきた。

 目の前に置かれた今晩のメインは、白身魚のムニエル。ふっくらとした身の表面は、ハーブで下拵えがされている。相変わらず焼き加減が絶妙で、表面はカリっと仕上がり、色はこんがりときつね色。バターのソースも掛けられて、旨そうだ。


「ごめんなさいね、今家にはあまり食材がなくて」


 明日だったら新しいものが届くんだけど、とアーシュラは申し訳なさそうだ。


「本当はもっときちんとしたものを作りたかったのだけれど、これくらいしかできないの」


 隣でキアーラも頷いている。時折鋭い視線が飛んでくるが、知らないふり。この家の食材は宅配頼みだから、突然豪勢なものを作れないのは仕方のないことかもしれないが、これだけのものを出してるんだから十分じゃん、と思うんだけど。

 二人とも、家にいても暇だから、という理由でよく台所に立っていることが多い。なんてったって、家庭料理はもちろんのこと、お菓子やマイナーなスパイスを使った異国の料理、挙げ句コース料理までと、バリエーションは多岐にわたるのだ。それもあって、つい休みの日にも、こいつらの家に押し掛けてしまうんだよな。

 だからきっと、腕を振るいたかったのだろうとは思うわけだが……そんなに豪華な飯を繰り返しちゃあ、むしろ相手の方が恐縮するからいい加減にしとけ、と密かに思ってしまう。


「いえ、十分です。お構い無く」


 こいつはこいつで、実際のところどう思っているのか分からんが。いやしかし、もう少し愛想良くできないもんかね。


 それからパンとスープも出てきて、料理が一通り揃ったので、アーシュラたちも席に着く。確かに簡単な料理だが、一回の食事としては十分な量だ。フォークとナイフを使って、次々と口の中に入れる。

 もちろん、雑談だってする。全員監理局の人間というこのメンバーなら、守秘義務に関わらない範囲で仕事の話だってできるので、話題は事欠かない。……まあ、口を開いているのは大抵俺であって、たまにリュウライとキアーラの突っ込みが入り、アーシュラはくすくすと笑って見ている訳だが。


「そうだ」


 話題はとうとう昨日の事件へ……となったところで、ふと思い付いた。


「不良のガキどもがさ、オーパーツを持っていたわけなんだが、リュウ、なんか新しいルートとか知らない?」


 発掘場所の警備をしている警備課、なにか知らないものかなと思ったわけだが。


「そういうのは捜査課の仕事でしょう。グラハムさんの方が詳しいのでは?」

「そうなんだけどさ、色々あるじゃん。何処かの発掘現場の警備が手薄になったとか、あいつ最近怪しいなとか」

「……いえ、特には……」


 そうか。何もないのか。肩が落ちてしまう。なんか情報掴んでたりしないかな、と期待したんだがな。リュウライが生き埋めになった、崩れた違法発掘現場の可能性は……いや、判らんか。その現場で誰かと居合わせたりでもしない限り、出土品が何処へ行くかなんて知ることはできないし。

 だから、知らないと言うからには、本当に知らないんだろう。余計なことは喋らん奴だが、必要なことをあえて黙っているような奴でもない。捜査課も警備課も、いらん縄張り意識で重要事項を黙っているような組織じゃないから、命令というわけでもないだろう。


 ……と思うのだが。


 ラキ局長の顔が頭に浮かぶ。そうは言っても、あのオバサンならやりかねない。実際俺だって、結晶なしのことは口止めされてるし。なんでもあの人、子飼いの部下を抱えているって噂がまことしやかに流れているからな。裏工作をする秘密部隊、とか。噂を流した奴はスパイ映画の見すぎじゃねーのとも思うわけだが、あの人の雰囲気からいって本当に持ってそうなところが怖い。

 きっと涼しい顔で、理不尽押し付けてくるんだぜ。オーパーツなしで違法発掘場に飛び込んでこい、とかさ。


 と、考えて、隣の後輩くんに視線が向いてしまう。


「何か?」


 ……いやいや、まさかな。なんかこの子都合が良いなとか思ってしまったわけですが。ないか。今回違法発掘の現場で崩落に遭ったリュウライくんですが、オーパーツ装備していたわけだし。ないか。


「いやー、久し振りにリュウくん話せて楽しかったし、これからももっと来てくれないかなーって」

「無茶言うわね」


 やれやれ、とキアーラは呆れたように首を振る。全く、誤魔化すために適当に言ったこととはいえ、素直じゃない反応だな。


「キアーラもその方が嬉しいくせに」


 付き合えばそれぞれの個性が見えてくるとはいえ、ぱっと見はそっくりな二人。服装の趣味さえ似通ったこの双子たちを、リュウライは俺が知る限りただ一人、初対面から見分けることができた。その所為か、特にキアーラはリュウライのことが気に入ってるのだ。


「そうね、また来てくれると嬉しいわ」


 図星を突かれてむっつりと黙り込むキアーラの横で、アーシュラが微笑む。リュウライを気に入っているのは、キアーラだけじゃない。お世話好きなアーシュラも、リュウライに構うのが好きなのだ。

 それに、この家は俺を除き来客が少ないからな。二人とも少し寂しく思っているんだろうから、俺としても是非リュウライには来てもらいたい。


「そうですね……機会があれば、是非」


 遠慮がちに言うリュウライ。放っておくと本当に遠慮して言い出しそうにないから、折を見てこちらから誘うとするか。

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