第33日-6 哀れなお人好し

 カミロの取り調べを終えて、ちょうど病院を出たときのことだ。


『リュウライがイアン・エバンズを参考人として確保しに向かいますので、リルガに取り調べをお願いしたいのですが』


 とミツルから連絡をもらったので、モーリスと一緒にセントラルに戻った……のだが。


「まーた、これどういうことよ?」


 局について三十分ほど経過した後、俺はセントラルとディタを結ぶ幹線道路の上にいた。目の前には、ボンネットがひしゃげた軽自動車と、脚がぼきりと折れて大破した木の看板。それと、髪を乱しライダースジャケットを砂埃で汚したリュウライの三点セットの光景だ。

 リュウライがエバンズと事故を起こしたと聞いたので、たまたま車に乗って局に戻ってきていた先輩を捕まえて来てみれば、予想を上回るものを見せつけられたって言うわけだ。


「えっと……イアン・エバンズを確保する途中、彼の車のブレーキ故障してしまったようなので――」


 バイクで接近して相手の車に飛び乗り、ギアを操作して車を減速させた上で看板にぶつけて止めたのだという。

 ……いや、もうさ、どこのアクション映画だっつーの。本当にそれやる奴いるか? 


「大事な『重要参考人』を失う訳にはいきません」


 ……いたな、ここに。無自覚スリル大好き人間。絶対不本意とか言いそうだけど、普通の感性のやつがそんなことできるはずがない。


「ったく、何だろうねぇ、あの局長さん。何かが視えてんのかね?」


 ピンポイントでリュウライを活躍する現場に割り当てるなんてさ。先見の明なんてものじゃない。もはや予言レベルじゃないの?

 曇りない空を見ていると、あのおばさんが今もここを透かして見ているような気がして、身震いする。


「とにかく、確保はしたので。後はお願いします」


 そもそも俺は事情聴取のために呼ばれたんだっけか。目の前の光景が常識離れしていたんで、すっかりそちらに気を取られていた。


「りょーかい。俺様の腕の見せ所ってか」


 茫然自失でアスファルトの上にへたり込んでいるエバンズに近寄ると、しゃがみ込んで真っ青な顔を覗き込んだ。


「よぉ、エバンズさん。災難だったな」


 は、と顔を上げたエバンズは、ぼんやりとした様子で俺の顔を見つめた。


「あ、あなたはO監の……」

「グラハム・リルガでっす。大丈夫ですかー?」

「な、な、なんでO監が……っ!?」


 背を反らせたエバンズの顔からさらに血が抜けていく。真っ青を通り越して、真っ白だ。今にも気絶しそう。

 けど、それじゃあ困るんだよなぁ。ちゃんと話してもらわないと。とりあえず少しでも楽になれるところへ行くべきか。


「その話、あっちの車でしません? ここじゃ落ち着かんでしょ」


 O監の公用車に移動し、エバンズを後部座席に座らせた。こちらは開けたままのドアに腕をもたれさせて立つ。それから、隣に立つリュウライを指し示す。


「ああ、一応あんたの命の恩人紹介しときますね。こちらリュウライ・リヒティカーズ。俺と同じO監」

「O監の捜査官!? そんな人がどうして……」


 本当は警備課だけど。まあ、特捜という点では捜査官に偽りはないだろ。説明面倒くさいし。

 ショックを受けていたエバンズは、何かに気づいた表情になると、リュウライのほうをまじまじと見つめた。


「まさか、所長を追って……? だったら今すぐ……今すぐ所長を追ってください! 早く止めないと……っ」

「追うってったって……何処へ行けばいいんだ?」


 尋ねるとイアンは我に返り、気まずそうな表情で視線を逸らした。もごもごと口を動かしているが、その内容はまるで聴き取れない。……ロッシはよくこんな奴を傍に置いていたな。あまり相性はよくなさそうなんだけど。


「……とりあえず、局で話を聴いていいですかね? そっちのほうが落ち着くでしょ?」


 と声をかけると、弾かれたように顔を上げた。


「そ、そんな暇ありませんよ! そんなことしている間に、いったい何が起きるか……」

「じゃあ、バルマは何処にいるのか教えてくれないと」


 エバンズはまた口を閉ざした。なんともはっきりしない態度に、苛立ちを覚える。兎みたいに足を踏み鳴らして待っていると、


「……輝石の、家」


 たどたどしくエバンズが口を開いた。

〈輝石の家〉の近くに居住区があるのだが、ロッシはそこに隠れ家を構えているらしい。そういえば、カミロも言ってたな。ディタにも家を用意したって。やっぱりエバンズは知っていたんだな。


「道案内、お願いできますよね?」


 有無を言わさないよう圧をかけて言い、助手席の扉に手を掛けると、


『リルガ、待ってください。詳しい内容を先に』


 通信機からのミツルの鋭い声に遮られた。そんな悠長なこと言っていられるのか、と思いつつ無線機の入った耳元に手を当てる。


『モア・フリーエといい、今の車の事故といい、マーティアス・ロッシは用意周到でかつ冷酷です。自らの隠れ家となれば何を仕掛けているかわかりません』


 確かに。実験施設を爆破してまるまる潰してしまったロッシなら、その可能性も否めない。追いかけた先で足止め食らったり、危険な目に遭ったりなんてしたら大変だ。

 ……仕方ない。ここはミツルくんに従おう。


「なんでバルマはそんなところに隠れ家を? 奴は何をしようとしているんです?」

「……」


 あーもう、ここまで白状してどうしてまた躊躇うかなぁ! 裏切るのかそうでないのか、本当はっきりしてくださいよ!


「エバンズさん、もう諦めて白状しちまいましょうよ。そうしないと俺たちは、あんたの身を守ることもできない」

「身を守るって……!?」


 また弾かれたように顔を上げる。リアクションに忙しい奴だな。


「バルマは、口封じのためなら実験施設一つを協力者ごと潰したり、出資者を消したりするような人間ですよ。あんたも見限られているんなら、殺されてしまう可能性がある」

「ちょ、ちょっと待ってください。実験施設が研究者ごと潰されたって……まさか、モア・フリーエのことですか!?」

「そうですが……まさか、知らなかったのか」


 てっきりロッシの計画に加担しているものと思ったんだが、違ったのか?

 詳しく聞いてみると、エバンズは施設破壊のことは知らされていたが、あそこに居た研究者は皆助けると、聞かされていたらしい。しかも安全圏と知らされていた場所に誘導したのは、エバンズ自身だという話だ。これは良いように利用されていたみたいだな。

 同時に、ロッシが形振り構わず動いているってことも察せられる。

 ガタガタと尋常じゃなく震えるエバンズ。頭を抱えている様子は、とても現実を受け入れられていないようだ。知らないうちに大量殺人に手を貸していたみたいだから、その点は同情してしまう。なんであんな女を信用できたのかは不思議だが。


「そんな……じゃ、会長はやっぱり所長が……」

「どういうことです?」


 尋ねると、捨てられた仔犬のような目で俺を見上げてきた。俺なんかに縋ったってどうしようもないだろうに。


「光学研で、副所長からオーラス会長がいなくなったと聞いて。所長に電話したら、成功したって、時空の狭間に消えたって言ってたから……まさかとは思いましたが……」

「オーラスはバルマが意図的に消した。それはあのお前さんが渡したオーパーツによるものか?」


 エバンズは悲壮の表情で頷いた。


「口封じのためか?」

「くち……ふうじ……。いや、まさか。なんで? 協力者なんだからする必要はないはずなのに」


 どうやらこいつは相当なお人好しだ。ロッシやオーラスに加担していたのが信じられないくらいだな。その一方で、ロッシのことを本当に尊敬しているようだった。そこを利用されたんだと思うと、本当に哀れに思えてくる。


「成功していたと言っていたから、オーパーツが無事に作動することを確認したかったんだろうけど、でもあれは適当な場所で作動するものではないから、そこを知らない会長は時空の穴に落ちるしかなくて……」


 自分の世界に入り込んでしまったのか、夢中で口を動かすさまは、やっぱり研究者ってことか。それよりも気になるところがあったな。


「オーパーツが作動するか確認……てことは、バルマの研究は完成しているんだな?」

「お、おそらく……」

「それは、所定の場所じゃないと動かせないのか?」


 ――適当な場所で作動するものではない。

 エバンズは今、そう言っていた。ということは、ロッシが使いたいオーパーツには、ある程度の制約が課せられているってことで、それは奴の居場所の手掛かりになる。


「座標が一致しないことには……」

「座標?」


 エバンズが言うことには、そのオーパーツが正常に機能を発揮するには、過去と現在で同じ場所に位置している必要があるらしい。時間エレベーターとでもいうべきか。場所は移動させないまま、時間だけを遡る。

 ロッシが使おうとしているオーパーツは、時空に穴を穿つ機能と同じ位置・異なる時間にものを運ぶ機能、その二つを併せ持つという。


「その座標とやらが一致する場所が、今から行く隠れ家とやらにあるのか?」

「いえ、そこは出入り口に過ぎず……ものは七年前の事故現場に……」


 それは、ロッシの親友であるアヤ・クルトが死んだ場所でもある。ワグナー前所長の推測は当たっていたというわけだ。


「そこに行けば、バルマがいるんだな?」

「たぶん……」


 隠れ家っていうのも気になるが、後だな。今はロッシを追うのが先決か。目的地はトロエフ遺跡。はじまりの場所。ロッシはそこにあるオーパーツで、過去へ遡ろうとしている。


「どうする、ミツルくん。隠れ家か? それとも遺跡の事故現場か?」

『時間がありません。そこと分かっているのだから、正面から行きましょう。リュウライのバイクで最短距離で遺跡の入口に向かってください』

「僕たち二人で?」

『今はマーティアス・ロッシの阻止が最優先です。遺跡の警備についている警備官には無理です、任せられません。とにかく早く。遺跡の入口から現場までのルートは追って指示を出します』


 重要参考人となったエバンズは、ミツルが手配した警察とO監うちの警備課の人間が対処するという。ロッシの隠れ家とやらもだ。これで俺たちは心置きなく遺跡へと向かえるわけだ。

 いよいよ大詰めってところか。すんなりと解決すりゃあ良いけどな。

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