第33日-7 リュウライの決意
「ここがその遺跡の入口……か」
幹線道路から山側に入り、およそ自動車では通れそうにない細い山道を通る。警備課の関所を通り抜けて、ようやく辿り着いたのが、トロエフ遺跡。島の中心シャル山に埋まりこんだようにあるわけだが、これが一見すると遺跡というよりは何かの研究施設のよう。剥きだしになった長方形の入口。
こんなほぼ建物の中からオーパーツが見つかるっていうんだから、『発掘』なんて言葉、違和感があるな。掘り出したっつーよりも、拾ったと言ったほうがしっくりくる。もっとも、本当に地面を掘って見つかるオーパーツもあるんだけれども。
リュウライと一緒に扉をスライドさせ、遺跡の中に入る。この遺跡はどうやら円形に作られているらしく、廊下は山の内側に向けてわずかに湾曲していた。曲がり具合からして、もしかしてシャル山の麓ぐるっと囲んでいるのかもしれない。
床は病院みたいにリノリウムのようだし、天井は金網がぶら下げられた向こうに照明らしきものが設置されている。やっぱり遺跡というより、打ち捨てられた研究所のほうがイメージとしては近い。
リュウライによると、通路は網目状になっていて、瓦礫やらで通路も潰れているらしい。しかも今では、O監設置の監視カメラやら赤外線センサなどの警備システム付き。違法発掘者からすれば、ちょっとしたダンジョンだ。
リュウライがエバンズから聞き出したところによると、ロッシは自分の隠れ家と〈輝石の家〉のあの発掘現場をこの遺跡の裏口として使っていたらしい。O監の警備がザルだとは考えたくないから、まだO監が見つけていない通路を通って、その事故現場とやらに行っていたってことだろうな。
さて、その目的の場所は、とミツルの指示を待ちながら外光の入る入り口で辺りを見回していると。
「あの……グラハムさん。すみません、少しだけいいでしょうか」
リュウライが突然神妙に声を掛けてきた。
なんだろう、急に深刻な顔して。だが、きっとリュウライにとって重要なことに違いない。なんとなくプライベートと察して、無線のマイクのスイッチをオフにする。
「グラハムさんに言われたことを考えてみたのですが」
「あん?」
「マーティアス・ロッシのことです」
「……ああ」
昼前に言ったこと、ちゃんと考えてくれたんだな。こいつの真面目さが微笑ましく思う一方で、言っといて良かったとも思う。
「僕……実家の食堂を手伝っていたとき、研究者だった彼女たち――アヤ・クルトとマーティアス・ロッシを幾度となく見ていました」
これは前にも聞いた話だ。ロッシだけでなく、アヤ・クルトもいたってのは初耳だが。
「二人はいつも、自分たちがしている研究の話をしていました。……いや、主にマーティアスが」
「へぇ……」
研究熱心なのは昔からか。想像に難くないな。敷地外の食堂で議論するっていうのは解せないが。研究室でやらないのかな。それとも息抜き……になってないよな、それ。
「マーティアスが食事もそっちのけで自分の考えを熱心にアヤ・クルトにぶつけて」
ほら、やっぱり。
「それに対して、アヤ・クルトが冷静にダメ出しをして」
「ダメ出しなんだ」
「そうですね。理論の穴をつかれてマーティアスが落ち込む、というのが多かったかな」
「ふうん……」
俺はあのマーティアス――スーザン・バルマの姿を思い浮かべた。あの女は、反論されたら落ち込むというよりも怒ってねじ伏せそうな印象があるんだけどな。
「猪突猛進なマーティアスをたしなめながら、その熱意をよりよい方向へと修正し、形にしていたのがアヤ・クルト。……僕にはそう見えました」
「意外だな」
あの女が真面目に人の言うことを聴き入れると思えない。少なくとも、バルマとして存在していた彼女を見た限りでは。
だが、サルブレアの工場でしかスーザン・バルマを見ていないリュウライは、その言葉こそ意外のようだった。当時の面影が残っているのを期待していたのか、俺の台詞に僅かに落胆しているらしい。
「そうやってアヤ・クルトにたしなめながらも、当時のマーティアスは希望に満ちていて、自分達の研究にやりがいを感じていて、とても生き生きしていて」
現在のロッシの姿を思い浮かべる。最後にあったのは、サルブレア施設での暗闇の中。だからってわけじゃないだろうけど、ロッシという人間は陰険なタイプに見えた。その目は暗く翳っていて。
生き生きとした様子なんて、とても想像できない。
アヤ・クルトに対してだからだろうか。なんていったって、この世の理をねじ曲げてまで救い出そうとする相手だ。ロッシにとっては重要な――それこそ自分の心の中心に居るような相手なのかもしれない。
ふと、アーシュラの姿が思い浮かぶ。大事な大事な俺の恋人。彼女が理不尽に呑み込まれたとき、俺も何処か変わってしまうのだろうか。
くだらない妄想はやめて、リュウライの言葉に耳を傾ける。
「だから、サルブレア製鋼で対面したとき驚きました。あまりにも雰囲気が変わっていて」
それはリュウライも同じだったようだ。心なしか落ち込んでいる。それでもまだ、話し続けるのは、きっと自分の気持ちを整理しているんだろう。
きっとこれはリュウライにとって必要な儀式だ。本人も知らないうちに囚われたしがらみから解き放たれるための。
俺は、リュウライの相棒として、しっかりと見届けなくてはならない。
「グラハムさんから見て、僕がマーティアスを気にしているように見えたのは……多分、そのせいです。同一人物なのは間違いない、でもそう信じたくない気持ちもあって」
想いが溢れ出してしまったのだろうか、リュウライの口調が早くなる。
「七年前の彼女が亡霊のようにちらついていました。だけど、マーティアスが『アヤを生き返らせなくちゃ』と言っていたというのを聞いて……わかった気がしたんです。マーティアスは、研究者としてアヤを崇拝していて、同時にどうしても越えられない壁を感じていたんじゃないかな、と。アヤがいないと駄目なんだ、と。
だから、全然印象は違うけれど、間違いなくあのマーティアスだと思いました。――姿形も、その感情の矛先も変わってしまったけれど」
リュウライは目蓋を伏せる。普段と変わらない無表情に悲愴の色があるのは、本当はやっぱり初恋の人の変化に耐えられないからなのだろう。
でも、リュウライはそれを乗り越えようとしている。今まさに、このときに。
「きっとマーティアスもアヤの亡霊に縛られている。過去は、ちゃんと過去にしないといけないんです。だから僕は、そのことを分からせるためにも、彼女を止めようと思います。もう――彼女を逮捕することでしか、彼女を救うことはできませんから」
リュウライはゆっくりと目蓋を開いた。その黒瞳が少しだけ潤んでいる。
「そっか」
一拍置く。軽さがウリの俺だが、今は安易に受け答えするべきときではない。しっかりと相手の言葉を咀嚼し、呑み込む。
「わかった。俺もリュウライに協力する」
もとよりそのつもりだが、改めてこう言ってやることで、あいつにきちんと分からせてやっているのだ。『俺はお前の味方だ』と。
そうだ。この後この事件がいったいどんな形で収束するかは知らないが、俺はリュウライの味方であろうと誓う。
奴が道を踏み外さないように。
納得行く形で終われるように。
手助けして見届けてやることが、きっとこの事件における俺の真の役目だろう。
「リュウ」
少し安心した様子で肩の力を抜いたリュウライに呼びかける。
「お前が、マーティアスを止めるんだ」
ただ捜査官として犯人を追いかけている俺じゃなく、マーティアスの本当の姿を知っているリュウライこそ、あの狂った研究者と化したマーティアス・ロッシを止めるにふさわしい。
だからこそ俺は、全身全霊でリュウライをサポートする。
「はい。必ず」
決意表明か、リュウライは己の拳を胸に当てた。相変わらずの堅苦しさにリュウライらしさを感じ、ちょっとだけ笑ってしまった。
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