第33日-8 正義の味方
『準備ができました。案内を開始します』
ミツルくんの通信が入って、慌てて無線のマイクをオンにした。ミツルくんはマイクを切っていたことについては何も突っ込まず、淡々と、右へ行け、と伝えてくる。
『そのうち、左手――内周側に通路が見えてくるはずです。三つ目の通路に入ってください』
了解、と伝えて、リュウライが懐中電灯を点ける。こういうものを常備していると、便利だよな。俺もペンライトくらいは持っているが、あれは手元を照らすだけのもので、こんな広い場所を歩くにはちょっと光量が足りない。こういうのをきちんと持っているも〝特捜〟ならではなのだろうか。
リュウライの後ろに続いて歩いていく。決意を固めただけあってか、その歩みは淀みない。これなら安心して任せられるな。
思えば、リュウライとこうして組んで、一ヶ月が経過する。
長かったような、短かったような。
局長の前では絶対に認めてやらないけど、この後輩と組めたのは結構楽しかった。今日が最後になるかと思うと、しみじみしてしまう。
『リルガ、何を笑っているのですか』
気持ち悪い、とばかりにミツルくんが耳元に吹き込んできたので我に返った。おかしいな、ニヤついてはいたが、声は出していないぞ。
「見てるかのように言わないでくれない?」
『見ているんですよ』
「は!? え、なんで!? ミツルくん透視能力でも身に着けたの!?」
『カメラがあるので』
ツッコミさえ忘れた呆れ声に、上のほうをきょろきょろと見回す。確かに赤く点滅するカメラがぶら下がっていた。ぽかーん、と見つめてしまう。きっと俺、今ミツルくんと画面越しに見つめ合っている。
「あーそうだった。サルブレアんときとは違って、今日はモニタしてるのね」
なんとなく気まずくって、後頭部をぽりぽりと掻いてしまう。
『ええ。ですから、地図を覚えなくても道に迷うことはありませんよ』
「それ、もしかして俺が記号まで覚えていなかったこと、根に持ってる? 嫌味?」
確かにさっき網目状と聴いて、不安に思ったけれどさ。帰り道分かるかしらって。
『違います。そんなことよりも真面目にしてください』
へいへい、と返事したところで、ちょうど三つ目の通路が見えてきた。一応歩を緩める。あっちもミツルがモニタしてくれてるんだろうけれど、敵地でもあるわけだしきちんと索敵しないとな。
左手側の壁際に身を寄せて、そっと角の向こうを窺う。もとよりリュウライの懐中電灯を頼りに進んでいるんだ、真っ暗で何も見えない。他の神経も尖らせてみるが、人の気配は感じられなかった。このまま行って大丈夫そうだな。
まっすぐ伸びた通路は、すぐに突き当たりにぶつかった。ミツルの指示で左へ曲がる。
「お」
思わず声が出てしまった。曲がった先の通路の壁は硝子になっていて、そこから部屋の中の様子が見えた。天井から落ちた照明。ぶつかって倒れた棚。散乱した床だが、そこはなんとなく人が踏み入った形跡がある。
「ここでオーパーツが見つかったんでしょうね」
リュウライが言う。なるほど、棚に物がないのはその所為か。
「ここの物は、O研に行ったはずです。このトロエフ遺跡は、O監設立前から管理下にあったので」
「何が見つかったんだろうな」
窓越しに部屋の中を見つめる。棚や照明に押し潰されて全容は掴めないが、そこは実験室だったように思えた。やっぱ何かしらの実験施設だったのかね。ここでオーパーツが作られていたのだろうか。だとしたら何の為にだろう。やっぱり俺にはここが兵器工場にしか思えない。
「ひょっとすると、今持っているのがそうかもしれませんね」
あまり関心がないんだろうか。リュウライに促され、先を行く。
『次を右、その先もまた右です』
ミツルの指示で進んでいく。はじめはただのだだっ広い通路も、奥に行くにつれてものが散乱し、歩きにくくなっていった。劣化によるものも多いが、何かの衝撃を受けて倒れた感じのものもある。まるで大きな地震でもあったかのようだ。シャル島ではここ数十年地震なんてなかったはずだけれどな。
道の途中には、O監が警備システムと称した
道程はひどく落ち着いていた。本当にロッシがこの場所に居るのか、と疑いたくなるほどに、遺跡の中は静かだった。その所為か、観光客よろしく、先々の遺物を見てはかつての人々の営みに思いを馳せてしまう。オーパーツが何故作られたのか、ずっと抱いていた疑問の答えがこの辺りに落ちていやしないかと、歩を緩めてしまうこともあった。その度に、ミツルやリュウライに指摘されてしまう。
『しっかりしてください』
何度注意させるんだ、とミツルのやれやれ声が無線から届く。
「ごめんごめん。こういうの入ったことないからさ、つい目が移っちゃうの」
『子どもですか。いい大人なんですから、目の前のことに集中して下さい!』
語尾が強くなったのは、それだけ俺が面倒を見させた証でもあるんだろう。もう一度謝りつつも、自分でも直るようなるような気がしなかった。
はあ、と前でリュウライが肩を落とす。
「……そんなに珍しいなら、後ほど見学させてもらえるよう掛け合いましょうか」
うわ、ここでちょっとズレた親切! ……でも、リュウライにそう言わせるだけの行動をしていたのだと反省する。そうだよね、この後重大な戦いが控えているんだもんね。特にリュウライにとっては、マーティアス・ロッシを止められるかどうかの瀬戸際、人生の一大イベントだ。なのに、俺の振る舞いは呑気なものに映るのかもしれない。
「いや、いいよ。それできるんなら、俺よりもアーシュラたちに見せてやってくれ」
といっても、未だ監視付きの双子姉妹にそんな許可が下りるかは難しいところだが。まあでも、そういう無駄な特権は、そっちに譲り渡してやって欲しいものだ。
悪かったよ、とさらにもう一度謝って、リュウライの先を行く。懐中電灯の先導がなくなったので、十歩ほど先にはもう暗闇が広がっている。そこを意地張って無理矢理強行してしまうのは、それだけ申し訳なく思っているからだ。もう道草食わないよ、っていう意思表示。
リュウライが早足で俺の隣に追いつく。
「何を考えていたんですか?」
隣で静かに質問が落ちる。ついつい可愛い後輩を見てしまう。こいつは、俺がただ脳天気に遺跡を見回していたわけでない、とそう思ってくれている。俺のことを解ってくれているような気分になる一方で、過大評価のような気もしてこそばゆくもなる。いずれにしても、こういうところが可愛くって仕方がない。
「うん。いや、そうね……」
この気分をなんて言ったら良いのかね。
「オーパーツなんてこの世に要らんものだって、その理由みたいなものを探してたって言えばいいのかな」
リュウライは意外そうに目を瞠った。
「要らないですか」
「要らんでしょ。あれば便利ってものでもないし」
リュウライが微妙な顔をした。たぶん自分は便利に使っているのに、とでも思ってるんだろう。たしかに隠密活動に便利なものはあるけどさ。
『でも、貴方も持っているじゃないですか』
ミツルくんのなかなか鋭いツッコミ。支給品に言われても。
「生活が豊かになるわけじゃないだろ?」
魔法みたいな弾を打ったり、盾を出したり、レーザーを出したり、姿を消したり、時間を遅らせたり――どれもこれも、日頃の生活に必要のないものばかり。ほとんどが戦うための武器だったりして、本当にこんなもの出てこなければ良かったのに、とさえ思う。
オーパーツは、オーラスやロッシ、アーシュラとキアーラの父親のような人間ばかりを作っただけ。人々の生活を乱しただけだ。
こんなもの必要ない。
確かに俺は今オーパーツを持っているが、捨てろと言われたら、いつだって捨てられる。
『まるで正義の味方ですね』
想いを語った俺の耳に、ミツルくんの皮肉が届く。だが……〝正義の味方〟か。
「上等だよ」
その辺で聞いたら浮ついて聴こえる言葉が、妙に気に入った。
「そういうお仕事だしな」
人々を取り締まる警察官。そこから派生したO監の仕事。これらをありきたりに言ってしまうなら、まさしくそれがお似合いの言葉だろう。
〝正義の味方〟。
それは、このオーパーツ監理局の捜査員として、俺が目指す形なのかもしれない。
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