第33日-9 辿り着く

 うねうねと通路を行く。はじめは円の内側に向かっていたが、今は外側に向かっているようだった。大きく湾曲した通路は、入口と雰囲気が似ている。

 リュウライの懐中電灯が照らす灰色の世界。道中も荒れた様子は見せていたが、壁材に罅が入ったり、天井の網が凹んだり、照明機器らしいものが危なげにぶら下がった様子を見ていると、爆発事故の名残かなと思ってしまう。

 ほんの少しだけ、儚い望みを抱いてしまったりする。ロッシが使おうとしているオーパーツが、壊れてとっくに使えなくなっている、という。そんなことは本人がとっくに確認済みだろう。使えそうだから、ここに来ているのだ。


『そろそろのはずです』


 ミツルの声が低くなった。一瞬だけ足を止めてしまう。てことは、だ。この先に、マーティアスがいる。きっとあの護衛も一緒だろう。

 慎重に音を立てないように進む。


『左へ』


 無線だから必要もないのに、ミツルの声は囁き声になっていた。もちろん指摘する余裕はない。

 リュウライが懐中電灯の明かりを消した。暗闇の中で壁に手を触れ、足をそろりと動かしながら、ゆっくりと進む。


『その先を右。突き当たりが目的地です』


 俺は銃を抜いた。ミツルが曲がれと言った先から明かりが漏れていた。耳をそばだてれば物音もする。

 間違いない。誰かいる。

 先を行っていたリュウライがちらりと目配せをしてきた。意図を察して頷くと、リュウライは曲がり角の先の気配を窺い、素早く反対側の角へと移った。リュウライのいた曲がり角へ、今度は俺が身を寄せる。

 覗き込んだ先に、部屋への入口があった。その向こうはだいぶ広い部屋のようで、開かれた真四角の入口からはほんの一部しか見ることができない。分かるのは、巨大な照明器具が持ち込まれていることと、なにやら金属の柱のようなものがあることくらい。人の姿までは見えないが、大人数ではないだろう。マーティアスとその護衛のピートくらいしかいなさそうだ。


 さて。

 こんなところでまごまごしていてもしょうがないので、壁伝いに部屋に接近する。近づいていくうちにが見えてきて、円形の部屋だということが分かった。天井はドーム型。入ってすぐに下りの階段があり、その下のフロアが部屋の中核。何処からか引いてきた配線やら、計器やらモニターやらで埋め尽くされている。照明は、移動照明車についているようなでかいもの。ただし、通路を通れる大きさ。古そうなもので、おそらく事故の前にO研によって持ち込まれたものだろう。爆破の難を逃れたやつがあったのかね。


 そして、部屋の中央には馬鹿でかい機械が置いてあった。さっき通路の角で見た柱はその一部だったみたいだな。

 その機械は、一見して巨大な筒だ。下に台形型の台座があり、真っ直ぐに天井まで白い円筒が伸びている。その筒の中ほどには、何かの補機が二、三取り付けてある。一番目立つのは人間一人が蹲って入れそうな大きさの、灰色のタンクだ。下を金属の一本足で支えられ、上から中を覗き込めるように脚立のようなものが傍に置かれている。

 あれが例の、過去を遡るオーパーツなんだろうか。予想以上にバカでかい。あんなものを動かすには、どれだけのエネルギーが必要なんだろう。手元の《トラロック》に視線を落とす。こいつを動かすには、親指の爪くらいの大きさのオープライトが必要だ。あのでかいオーパーツは、拳大の結晶がいくつあっても足りないだろう。しかもこれまでの経緯からすると〈クリスタレス〉の可能性が高くて……。動力源は、いったい何なんだ? マーティアス・ロッシという女が何を考えているのか解らなくて、寒気がする。


 フロアをまじまじと見てみれば、動き回る二つの人影があった。ロッシとピートだ。どうやらオーパーツを作動させる準備に入っているらしい。慌ただしくしている様子を見ると、まだ余裕がありそうだ。

 止めるなら、今しかない。

 リュウライに目配せした後、俺は部屋の中へ飛び込んだ。


「そこまでだ、マーティアス・ロッシ!」


 下り階段のぎりぎりのところまで行って、一段下のフロアに銃を向ける。反響する俺の声に、ロッシとピートが顔を上げた。

 さすが護衛というべきか、直ちにピートが動き出そうとするが、そうはさせまいとロッシに銃の照準を合わせて牽制した。狙いはうまくいって、奴はもどかしげに動きを止める。

 コンピュータのような機材の前に立ったロッシは、銃を突きつけられたというのに冷静に、じろりと俺に碧い瞳を向けた。


「あのときのO監の捜査官か。何故ここが?」

「さぁてね。あんたの日頃の行いが悪いんじゃないの?」


 ロッシがイアンを始末しようと余計なことをしなかったら、イアンはもう少しスーザンの居場所を黙っていたかもしれない。いや、そもそもモア・フリーエの爆破やオーラスの始末をしなければ、奴の信頼は変わらなかったことだろう。

 証拠隠滅や誘導、いろいろ工作したつもりだったんだろうが、全部裏目に出てしまったようだな。


「悪いけど、あんたの悲願もここまでだ。そいつの実験は阻止させてもらうよ」


 宣言すると、ロッシは顔を顰めた。こちらを視線だけで殺してしまいそうな、すごい形相だ。


「冗談じゃない……っ!」


 操作端末の端で拳を叩き、ロッシは苛立ちをあらわにする。ギラギラとした碧い瞳が彼女の狂気を映していた。


「ここまで六年……いや七年もかかった。やっと、やっとここまで来たんだ! あともう少しでアヤ救うことができるのに……。邪魔されてたまるかっ」


 ロッシは白衣の下から銃を出すと、ろくに照準も合わせずに俺に向けて発砲した。反射的に回避する。その間に、オーパーツを使ったんだろう、ピートの姿が機械の前から階段の下に瞬間移動し、さらに次の瞬間俺の目の前まで来た。

 振り上げられたナイフ。だが、俺は焦らない。

 刃が俺に刺さる手前で、ピートのナイフが弾き飛ばされた。目の前には、長い棒。俺の背後に待機していたリュウライが、紅閃棍くせんこんでふっ飛ばしたのだ。

 さらにリュウライは、ピートの鳩尾に一撃を喰らわせた。ピートの身体が仰け反る。


「やらせません」


 頼もしい相棒の声に、つい嬉しくなってしまう。


「そうそうっ」


 リュウライの脇から銃を撃つ。追撃は予想されていたのか、氷の弾は時間遅延によって見事に躱された。が、俺らもいい加減学習済みで、三秒先の相手の位置を予想して、そちらに向けて発砲した。弾は相手を掠っただけ。しかし、だいたい位置があっていた。ピートのスーツの左腕に霜がつく。よし、これならいける――。

 盾のオーパーツを起動させ、やる気満々なリュウライの真横へと立つ。


「ロッシを頼む」


 そう囁きかけると、リュウライは驚きに目を見開いた。自分がやる気だった、とでも言いたげだ。だが、こいつには大事な大事な役割がある。


「えっ……」

「止めるんだろ」


 ロッシを示す。いよいよのところで邪魔されたからだろう、銃を構えた彼女は切羽詰まった表情だ。なりふり構ってなどいられないといった様子が出ていて、危なっかしい。捕まえようとすれば、間違いなく抵抗されるだろう。俺では多分、穏便にはいかない。

 でも、リュウライなら?


「奴は俺が引き受ける。行けっ!」


 俺はリュウライの背中を押してロッシのほうへ押しやると、返事を待たずにピートへと迫りながら発砲した。

 ロッシはきっと戦闘の素人。だが、どんなオーパーツを持っているかわからないし、接近したときの対処はリュウライのほうがいいはずだ。

 それに。

 万が一のとき、いなくなっても困らないのは、俺のほう。俺じゃきっとロッシを止められないが、因縁を持つリュウライなら……きっと、止められる。

 それまで俺は、全身全霊をもって、ピートの奴を抑え込む。

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