第5日-3 興味関心
へぇ、そうなんだ。
そのなんちゃら理論についての俺の感想は、それしかない。自分でも意外に思うほど、関心が持てなかった。もしかしたら、世界を揺るがすかもしれないことだというのに。
時間を自由に操れる、過去も未来も変えられるような技術を使えたら、なんてちょっと想像してみる。が、何のイメージも湧いてこなかった。時間に関する知識がないっていうのもあるかもしれないが、そうしたくなるような欲求がないっていうのもあるんだろう。
人がまだ追いついていない理論だ、なんてキアーラは言うけれど。俺にはどうでもいい話だな。
「で、その理論と結晶なしのオーパーツが、どう関係するんだ?」
俺にとって重要なのは、そっちだ。
「マーティアス・ロッシの研究記録、その一部が実は保管されていました。これです」
リュウライは数枚の書類を向かいのキアーラの前に置いた。
「えっ、残っていたの!?」
「本当に!?」
アーシュラが声を上げ、キアーラの手にしている書類を覗き込む。二人とも若干声がうわずっているのは、
「そしてこちらも。マーティアス・ロッシが密かに入手し、研究していた――」
「結晶なしのオーパーツか!」
リュウライがボディバックから出してきた代物に興奮して、思わず奪うように取ってしまった。俺にとっての興味関心はこっち。リュウライにちょっとだけ謝って、しげしげと眺める。
つーか、よく持ち出し許可されたな。
大きな透明な袋に入ったそれは、銀色の半球の内側に棒が刺さっただけの妙なものだった。棒は、どうも握りみたいだな。持つと拳の親指側に覆い被さるように半球が位置するような感じか。……こういうの、どっかで見たことあるな。
「フェンシングのフルーレですよ」
俺の疑問に、リュウライが答えてくれる。そうだ。それだ。
横からすごく熱のこもった視線が手元に飛んでくるので、俺はその《フルーレ》を隣り合うアーシュラとキアーラの真ん中に置いた。二人とも奪い合うようなことはせず、テーブルの上に置いたまましげしげと観察しはじめる。特にアーシュラは熱心だった。構造を弄るの専門だからな。殊更興味を持ったことだろう。
「先程も言った通り、ロッシはこの結晶を必要としないオーパーツを所持していた一方で、禁忌とされているRT理論に基づいた研究を行っていました。そして、結晶のないオーパーツは、事故の起きた発掘現場から出てきたもの。そこから、あることが推察されます」
「〝七年前の事故を起こしたオーパーツは、RT理論に関わるもの〟であり、かつ〝そのオーパーツは結晶を必要としないものである可能性〟ってか?」
ゆっくりとリュウライは頷く。ただでさえ真面目で表情の乏しい顔が、すごく深刻そうな色を帯びていた。それほどの事態だということなんだろう。
だが、まだ分からないことが幾つかある。
「ワット少年のオーパーツは時間をどうこうするものじゃなかった。だが、ワット少年は、そのロッシが関わりがあるってことか?」
「いえ、それはありえません。ロッシは逮捕された数ヶ月後、自殺していますから」
自殺って……そりゃ穏やかじゃないな。事故のトラウマか、それとも逮捕されたことが原因か。逮捕しておいて、みすみす自殺させるなんて、当時のO監は管理が甘かったみたいだな。
俺が入る一年前の話だけど。
「んじゃあ、ワット少年のオーパーツは……」
いったい何処から出てきたんだ?
疑問を口にすれば、リュウライは居住まいを正した。
「それがこの件の問題であって、僕の話の本題です」
いろいろ壮大な話をした気がするが、ここまでが前置きだったのか。いったいどんなとんでもない話が出てくるのやら。内心で身構える。
「今回結晶なしのオーパーツが発見されたことで、監理局は、本人の死亡で途絶えたはずのロッシの研究を誰かが引き継いでいることを懸念しています」
『RT理論』と『結晶なしのオーパーツ』。必ずしも結びつくわけではない二つだが、マーティアスの事例を考えて最悪の事態を心配しているっていうわけだ。
「そしてさらに、RT理論を実践する〝時間を歪める〟オーパーツは、すでに実用段階にきているものと推測されます。
ですので、グラハムさんにはその少年の背後関係の捜査を早急に。そこからその〝誰か〟に繋がるかもしれません。そしてイーネスさん達には回収したオーパーツと、このオーパーツの解析を頼む、とラキ局長から言付かってきました」
「えーっと、リュウ……ちょっと待てよ?」
なにやら色々重要なことを言われている気はするんだが、それは横に置いといて。今すごーく気になることを言われたんだが。
『局長から言付かって来た』だって?
「なんでリュウが伝言役を務めてんだ?」
今更とか言われちゃそれまでだけど、今気になったんだから仕方がない。そろそろリュウライの背景を知っておかないと、本当に据わりが悪いというか……うん、なんかかえって怖くなるからさ。
「それは、僕が『特捜』の人間だからです」
「トクソウ……?」
また、妙な単語が出てきたんだが。しかもなんか嫌〜な予感。
聴きたくない気がするけれど、たぶん、聴いておかないと絶対後悔する。リュウくんのことを考えると。
で、そのリュウくんはというと、
「表立って捜査できない案件について、陰で動く人員のことです。捜査課は顔が知られていますから、裏の捜査にはそういう人間も必要なんですね。単独で調査したり、敵地に潜入したり」
怯える俺の前に、しれっと爆弾を投下するのでした!
いや、もう愕然とするしかないでしょう!
「あのババア! マジでンなもん作ってたのか!」
前からちょくちょく仲間内で耳にしていた、局長を揶揄したあの噂。裏工作専門の秘密部隊。本当に、本気で、そんなもん存在するの!? 誰かドッキリだと言ってくださいっ!!
だけど、リュウライから話を聴けば聴くほど、信憑性は高まっていって。
「うわー、大変……」
とうとう俺は言葉を失ってしまうのでした……いや、嘘。いろいろ言わずに居られるかっ!
「だいたい――」
「――ねぇ、ちょっと」
さらに言い募ろうとしたところで、それまでずっと書類を読んでいたキアーラに遮られた。
「そんなことより、気になることがあるんだけど」
「何でしょう?」
「なんで、さっき実用段階にあると断言したの?」
キアーラの疑問もごもっとも。リュウライの持ってきたオーパーツは、握り込むと半球の
「〈クリスタレス〉は……」
「〈クリスタレス〉?」
「長いから」
〝
因みに、予てよりあるオーパーツは、〈スタンダード〉と呼ぶことになった。
「〈クリスタレス〉は今のところ、武器しか発見されていない。〝時間〟とは無関係だわ」
キアーラが疑問をぶつけると、リュウライはそっと瞳を伏せた。根拠がなかった……というわけではなく、何か思いを深く巡らせているようだ。
こちらが息を潜める中で、リュウライはゆっくりと息を吐き出した。黒の瞳が今開かれる。
「それは、僕が実際に敵と戦った時に、使用されたからです」
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