第5日-2 後輩再び

 メイと別れた後、ワット少年を捕まえた現場やら、もう一つのスラムのレッヘン街やらを回ってきて、監理局に戻ってきたのは終業時間間近だった。

 収穫は……まあ、そこそこといったところか。ワット少年が悪さをしていた形跡は見てとれたが、結晶なしのオーパーツの入手先については空振りで、誰も何も知らなかった。そもそも、レッヘンに顔を出すようになった頃にはすでに持っていた、と悪ガキどもが言っていた。アスタ少年もワット少年のナックルダスターのことを知っていたことだし、間違いはないだろう。

 結論。ワット少年は、ペッシェ街に出入りしていた頃にオーパーツを入手した。

 となれば、入手先もペッシェと見て、ほぼ間違いないんだろうな。セントラルやディタ区の可能性もなきにしもあらずだが、バルト区のスラムともなれば違法品の比率は圧倒的に変わってくる。まず調べるべきは、ここだろう。

 そこで肝心なのは、アスタ少年が関わっているか否か、だ。関わっていなければ良し。だが、関係している場合は? それどころか、もしも彼らも持っているとしたら? 手掛かりが残ってるという点では嬉しくはあるが、面倒事になりそうなのはいただけないな。

 さて、どうやって探りを入れるか。


「あれっ? リュウ?」


 考えがまとらなくて、ふと顔を上げると、局の自動ドアから出てきたリュウライが目に入った。千人近い局員を収容するオーパーツ監理局、部署の違う相手とすれ違うことなんて稀だというのに、こうも立て続けに遇うなんて珍しいな……と思ってたら、こっちに向かって来ている。なんだろ、俺に用事か? 絆創膏を貼った顔に険しい表情を浮かべながら、こっちに来る。


 ……ん、絆創膏?

 まさかあのお馬鹿さん、また無茶したんじゃなかろうな!


 駆け寄りその頭を掴もうとすると、ぐるん、と綺麗に両手を背中の方に回されて、捻りあげられてしまった。相変わらず流れるような見事な動作。思わず惚れ惚れとしてしまうんだけど、捻り上げられ方がわりと本気で、めちゃめちゃ痛い!


「だから何で出会い頭に攻撃を仕掛けてくるんです?」


 後頭部から冷たい声が降ってくる。ちょっと振り返ってみれば、リュウライは呆れた表情で冷ややかに俺を見下ろしていた。

 いや、攻撃じゃないんですけど! あれか、日頃からふざけて奇襲しかける俺が悪いのか。悪いよな。ガキじゃあるまいし。でも、俺と分かった後も一向に力を緩めないのはどうしてかなぁ!?

 違います、攻撃じゃないんです、と必死に誤解を解く。


「顔! その頬の絆創膏、どうしたの!?」

「……ああ」


 ようやく解放された腕。だけど、あんまり安堵できない。なんだよ、その、忘れてたというよりは無関心な感じの反応。昔からこういうところがあるから心配になる。怪我に無頓着なんだよ、こいつ。


「ちょっとガラスで切っただけです」

「リュウくんの可愛い顔に、傷がー!」

「フザけるのも大概にしてくださいね」


 リュウライの目付きが凶悪になる。おっと、可愛いは禁句だったか?


「それより、どうした? 俺に会いに来てくれたのか?」


 やっだかっわいー、とふざけてみせたのだが、結構マジな顔で頷いたものだから、ちょいと驚いた。またつれない反応が返ってくるかと思ったのに――真剣な目付きからして、こりゃ真面目な話か。


「グラハムさんが担当している案件について、イーネスさん達も含めたお三方に重要な話があります。できましたら、イーネスさん達のお宅に伺わせて頂きたいのですが」


 なんか一語一語に妙に力が入ってやがる。こりゃあマジで大事な用事だと見た。

 なんとなく、あのオバ……局長の顔が頭に浮かぶ。まさかな。

 ……いや、そのまさかか。今リュウライは〝俺が担当している案件〟と言った。現時点でそれは、局長から受けた件に他ならない。そんでその案件はうちの上司すら詳細を知らない極秘事項であって、でもリュウライはそれを知っているということだから、つまりリュウライはラキ局長に関わっているというわけだ。

 あー本当、嫌になる。あのオバサンが今度はどんな面倒事を頼んでくるのかと思うと憂鬱だ。そんでもってさらに、可愛い後輩リュウライが局長の遣いとか。

 断れないこと、必至じゃないか。


「わかったよ。二人を呼んでくる。ここで待ってろ」


 この前一緒に飯食ったときは、リュウライとまた会いたいなー、と確かに思っていた。それがまさかこんなに早く、しかし望まない形で叶うなんて。

 あーあ、全く思うようにいかないものだ、人生は。




「前置きが少し長くなるんですが」


 アーシュラとキアーラと合流して、リュウライも含め四人で双子の家に行く。アーシュラが香りの良いお茶を出してくれたところで、リュウライが話を切り出した。


「七年前に、トロエフ遺跡で爆発事故が起こったのをご存じですか?」


 ちょうど昨日その話をしたところだったので、ついアーシュラやキアーラと顔を見合わせる。アーシュラはとにかく驚いた顔をしていて、キアーラは驚きを表情に出さないように顔を顰めてむっつりとした。


「ちょうどその件について、調べていたの」

「さすがキアーラさん。もうそこまで調べ上げていたんですか」


 感心したようにリュウライが言うと、キアーラは少し戸惑う。


「いえ、その……まだそこまで明確には」


 褒められたことへの照れと、なんとなく知っていても詳しくないことへの恥、だろうか。キアーラの勢いが少し減衰する。

 言葉を探し始めたキアーラに代わって、アーシュラが続きを引き継いだ。


「記録には細かいことは書かれていなかったから、もしかしたら何かあるのかも、くらいにしか思っていなかったわ」


 もともとは、結晶なしのオーパーツについて調べている過程で辿り着いた情報だったか。関係性があるかどうかも分からなかったし、アーシュラたちの間で別に気になることができたから、とりあえず後回しにしたんだよな。

 でも、ここでその話が出てくるってことは。


「もしかして、あの結晶なしのオーパーツに関係があるの?」


 もともとのリュウライの用件が、〝局長からの俺の任務〟についての話だ。関連性があったのだと思う他ないだろう。

 アーシュラの疑問に応えるように、リュウライは順を追って話しはじめた。


 そこは、当時発見されたばかりの新しい遺跡構内への入口から行ける場所だったという。新しい発見に沸いたO研の研究者たちは、それでも冷静に専用のチームを編成し、慎重に発掘作業を行っていたそうだ。

 現場では、いくつかの目新しいオーパーツが発見された。中には、簡単には運び出せないような大きなオーパーツも見つかったとか。

 しかしそれらは、その発掘された未知のオーパーツが爆発したことによって失われた。

 ……と、思われていたのだが。


「実際にはそのときに結晶を必要としないオーパーツが発掘されていました。見つけたのは、マーティアス・ロッシという、当時O研の特別研究員だった人物です。爆発事故のただ一人の生き残り、ですね」

「特別研究員?」

「かつて、O研では在学中の学生を引き抜いていたそうです。それが特別研究員。当時はマーティアス・ロッシの他、アヤ・クルトという女性が居たようですが」


 そういや、昨日キアーラに見せてもらった名簿にあったな、その名前。マーティアスの上にあったやつだ。ってことは、彼女も事故の犠牲者か。マーティアスは悲惨な事故に居合わせただけでなく、自分と同じ立場の人間が死ぬのを目の当たりにしたというわけか。そいつは……しんどいだろうな。


「それで? そのマーティアスのO研在席記録がほとんど消えていたのには、訳があるのか?」


 俺の――つーか正確にはキアーラのだけど――情報網に驚いたのか、リュウライは目を瞠りつつ頷いた。なんでも、マーティアスはその事故の後しばらくして、〈未知技術取扱基本法FLOUT〉に抵触して逮捕されたのだという。


「彼はいったい何をしたの?」

「ロッシは、あの事故の後、結晶なしのオーパーツを無断で持ち帰り研究していました。そればかりか、禁じられた研究にも手を出したのです」

「禁じられた研究?」

「RT理論ってご存じですか?」


 俺は何の事だかさっぱりだったが、アーシュラたちは知っているらしい。すらすらとその内容を諳じて見せた。


 巻き戻Rewind時間Time理論、通称RT理論。それは、いつの時代のものか全く分からないオーパーツの由来を推察する、一つの仮説であるらしい。


 それは、その遺跡が未来からやってきたものなんじゃないか、という説が流れ出したことに端を発する。

 オーパーツが発見されたトロエフ遺跡周辺とシャル島周辺の土壌があまりに異なっていたことが、かねてよりオーパーツ研究者たちの間で疑問視されていた。シャル島は、島の中心にあるシャル火山の噴火によってできた島であるので、腐葉土の薄い層の下には火山灰や凝灰岩に由来する無機物が多く含まれた土壌が蓄積している。しかし、遺跡の周辺だけは、森林性の有機物を主とする土壌となっているのだそうだ。あの遺跡は山の麓に埋まっていて、本来なら火山性の地層になっているはずだというのに、だ。

 しかも、これらの土壌の放射性炭素っていうものを測定して、土壌ができた年代を調べてみると、地表の森林性土壌よりも、地中に埋まっていた遺跡周辺の土壌の放射性炭素の数が少ない――すなわち、地表よりも遺跡が埋もれている層の方が新しい土壌であると鑑定されているのだという。

 

「そこで出てきたのが、RT理論。未来から遺跡だけが時間を遡って現れたのではないか、という説」


 トロエフ遺跡は、まるで落とし穴に落ちるように、時間にできた〝虫食い穴〟に落ちて、今俺たちがいる〝現在〟に辿り着いたのではないか、とそのRT理論の提唱者アロン・デルージョは言い出したらしい。


「場所ごとタイムスリップしたってか。そりゃ、途方もない話だな」


 タイムスリップ、タイムリープ、タイムマシン。そういうのはまだまだ空想科学サイエンス・フィクションでしかない。可能性を探るどころか、本気でそんなことを口にしていることが知られれば、間違いなく周囲に馬鹿にされるだろうっていうのが、現在この時代の科学レベル。時間を超えるなんて、夢のまた夢そのまた夢、だ。

 ……が、このシャル島には、その〝有り得ない〟を実現させるオーパーツなるものがあるわけでして。完全に否定できる話ではないっていうことなんだな。


「RT理論に関係する研究は、忌避されているわ」

「忌避?」


 確かに、真面目に語れば嘲笑を受けそうな、突拍子もない話だが。


「隙がないの。だから危険と判断された」


 遺跡やその周辺の状態や魔法のような現象を引き起こす発掘品の技術レベル、その他の資料を比較・逆算し推測された未来の年代。信じ難い内容であるものの、資料のつじつまが合っていたものだから、『妄想』だと断じることができなかったそうだ。

 それこそ、そのオーパーツが見つかっていないことが、唯一反証だというくらいの内容だったらしい。


「実際にそのオーパーツが見つかれば、本当に時間を操ることができてしまう。そう信じてしまいそうになるほど理路整然としている内容だった」

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