第21日-1 めっけもん

 目覚めたときは、白雪姫の気分だった。


 死んだ、と思ったのだ。意識を切らすその瞬間に。気道を塞がれ、意識が遠のいていくのを知って、この後ナイフで心臓を刺されて死ぬんだろうな、と思っていた。

 ところがどうだ。気付いたら外にいて、リュウライが俺の顔を覗き込んでいたのだ。心配してくれたわけだが、シチュエーションに思わず笑ってしまった。


 とりあえず移動を、とリュウライに急かされて、何が起こったのか――なんで生きているのか解らないままリュウライに肩を借りてノースの店に転がり込んだ。


「あらまあ、ずいぶんといい姿ねぇ〜」


 入って早々喫茶店の板張りの上に転がって、視界がぐるぐるするのを耐えていると、頬に手を当てながらノースが見下ろしている。面白がっているようにも呆れているようにも取れるが、生憎俺は頭がぼうっとして、ツッコむ気が起きなかった。

 頭の上でリュウライがノースにしばらく休ませてくれ、と交渉している。


「しょーがないわねぇ。コレ放っておくのも、寝覚めが悪いし。好きに使いなさい」


 時間も判らずぼーっとしながら床の上に寝転がる。天井をずっと見つめていたような気がしたが、たぶん途中寝ていたんだと思う。リュウライがそろそろ行こうと言ったときは、既に二時間が過ぎていて、俺にはその間の時間感覚がなかったわけだから。


「お礼は今度で良いわよ」


 俺たちがいる間、仕込みだと言いながら起きてくれていたノースに見送られ、リュウライのバイクの後ろに乗って監理局まで移動した。すでに未明、夏なら朝になる時間帯。ふらつく身体を気力で支え、なんとか局長室に転がり込んだ。


「ずいぶんとボロボロだな、二人共」


 こんなときのラキ局長は意外に優しい。ふらふらな俺たちにソファーを勧めてくれた。自分の子飼いの部下が身体張っているときに寝ているような呑気な人間でもなかったようで、執務机には書類の山があった。


「なにがあった」


 まあ、ソファーに座った俺たちを仁王立ちで睥睨したりして、低い声で問い質したりして、魔王様のような貫禄はありましたけれども。偉ぶっているだけの上司ではないので、そこのところは恵まれている。


「あの黒スーツの男が――アルフレッドさんを襲ったあの男がいました。僕たちは彼と戦って……負けて、逃げてきたんです」


 身体が重く床を見ていた俺に、局長の反応を見ることはできない。だが、驚きと苛立ちのようなものが漂ってきたのは感じた。


「何者なんだ、その男は」

「オーラス光学研の所長スーザン・バルマの護衛みたいです」


 答えられないリュウライの代わりに、もったりと返事する。


「光学研所長だと?」

「わざわざ夜中にサルブレアでオーパーツ絡みの研究をしていました。カミロとも繋がりがあるらしく、どうやら本当にオーラス精密が関わっているようです」


 ……ああ、駄目だ。まだ頭にまともに酸素が行っていないのか、端的に説明しようとして、却って訳のわからない説明をしてしまっている。でも、頭が回らない。伝えなきゃいけないことばかりが泡のように浮かんでは消える。


「待て。はじめから話せ」


 リュウライが要点を掻い摘んではじめから説明してくれる。地下室でアロンの手記を見つけたこと。違法オーパーツと〈クリスタレス〉、それから、光学研でのアスタたちの健診結果を見つけたこと。

 そう、リュウライはあのバルマの私室と思われる三○五号室で、アスタたちが光学研のアルバイトで受けた検査記録を見つけてくれたのだ。

 その事実に釣られて意識がはっきりし出して、どんなものかとそわそわしていたら、ミツルが画像が印刷された紙を寄越してきた。リュウライが撮っていた写真を全部プリントアウトしてきてくれたらしい。内容は至って普通の検査結果。だが、これがあの施設にあったことがなによりも重要だ。これでカミロがサルブレア施設に通っていたことのウラが取れた。

 それでもって、バルマの証言もあるし。


「……なるほどな、経緯は分かった。今回の違法オーパーツの件、殊に〈クリスタレス〉については、お前たちの推測の通り、オーラス精密が関わっていることに間違いないだろう」


 そして、サルブレア、サルウィア、キリブレアの三社と、施設のもともとの所有者にオーラス精密の名前だけでなくオーラス鉱業の名前があったことを鑑みると、財団の規模まで関わっているのだろう、と局長は推測を口にする。


「しかし、精密までの繋がりが判っても、その背後――財団までの繋がりを証明するには、まだ根拠が足りないな。しかも、財団が精密をスケープゴートとして切り離す可能性もある。奴らの動向を注視しながらことを進めていく必要があるか……」

「でも、今回の件でO監が介入しようとしていることはバレちまってますよ。あちらさんもこっちを警戒してくるんじゃないですかね」


 なにせ、バルマ本人に身バレしちまっていたからな。直接顔を合わせていただけに、誤魔化せなかった。反面、俺もバルマのことを見知っていたから、オーラス財団にまで辿り着けたわけだけど。


「だろうな。となると、まずは精密を押さえるほうが先か。確実なのは、バルマがいた光学研か。証拠を隠滅される前に乗り込め」

「……まさかこれから?」

「無論だ」


 前言撤回。優しいなんて嘘だった。どうやら俺の判断能力が鈍っていただけだったらしい。徹夜で潜入してきて、頭の血も止められて気絶して、今もまだフラフラな俺に、今からガサ入れ行って来いですと? そういうの〝鬼畜の所業〟っていうんだぜ。

 ……悲しいかな、そんな鬼の通達の衝撃で、俺の意識ははっきりしてきてしまっている。胸の中で密かに憤慨しているうちに、息が早くなって、血が回ってきてしまったんだろうか。嫌になるね、本当に具合が悪ければ、断る口実になったのに。


「そう嫌な顔しなくても、どれほど急いでも令状の手配にはある程度時間が掛かる。その間に仮眠くらいは取らせてやるさ」

「……お気遣い痛み入ります」


 そんなこと言わずに休暇頂戴よ、とも思うわけだが……。まあ、でもあれか。迅速な行動が必要なのは確かだし、俺が行かないのもどうかって感じはあるので、仕方ないか。

 終わったら絶対休暇もらおうっと。二日くらいもらってもいいよね?


「しっかし、財団の方も攻めるとなると、間違いなくあのご老体を相手取ることになりますよ? 大丈夫なんですかね、そんなことして」

「古狸にご退場願いたい輩はたくさんいるものだよ。彼らとて一枚岩ではないのだから」


 激しく巡っていた血流が、落ち着きを取り戻しているのを感じる。いやに確信的にものを言う。そりゃあ、局長の立場だし、ある程度のことに詳しいだろうが……。

 ぎらり、と灰色の眼が輝いた。まるで狩猟犬のような眼だ。


「大丈夫だ。網は既に張ってある。あの老獪な男とて、そうやすやすと逃れられはしないよ」


 その手際の良さに一度感心してすぐに疑問が湧き上がる。オーラスが怪しいと確信に近いレベルで疑い出したのは、数日前。なのに、この都市のトップで人脈最強に強いだろう男がやすやすと逃れられないような網を既に張っている? いくらこの人が優秀でも手際が良すぎだろう。


「もしかして、あんた……」


 腰を浮かす。頭ん中が真っ白だ。せっかく調子が戻ってきたというのに、頭が冷えてくらくらする。


「財団の誰かと、繋がりがあるんですか」

「コネクションは幅広く取っておくものさ」


 ふ、と局長は鼻で笑った。


「この立場になると、政治とは無縁ではいられないのだよ」

「でしょうけど」


 俺が気にしているのはそこではなくて。


「どこまで……いや、どこから……」


 身体は寒気を覚えそうなほどに冷えて、だが心臓の周りだけ血が沸騰したかのようにぐらぐらと煮えていた。


「正直に言えば、期待はしていた。だが、はじめから分かっていてけしかけたわけではないよ」


 であれば、はじめから特捜に任せている、とリュウライとミツルを指し示す。

 それは吉報か、凶報か。今となっちゃあ関係ねぇな。


「ただ、十五年近くオーパーツに関わってきたO研、O監が知らないオーパーツが出てきたんだ。シャルトルトを知り尽くしていると言っていいオーラスが関与している可能性も大いにあると思っていたよ」

「オーラス財団がオーパーツに関心を持っていると分かっていたんですか?」

「局長就任時、会長さんからじきじきに過ぎたお祝いをいただいたものでね、推測はしていた。前任は仲良くしていたようだしね」


 もっとも突っぱねてやったが、とラキ局長はいう。


「一月前のリュウライが落盤に巻き込まれた発掘場、あそこももとはオーラスによるものではないかと睨んで調査させていた」


 そこでリュウライが会った、ピートとかいう黒スーツの男が、〈クリスタレス〉関連で呼び寄せた前O研所長のアルフレッド・ワグナーさんを襲ってきたものだから、ますます確信を深めていくようになったのだという。

 ……それって。俺がカミロの存在を掴む前にオーラスの可能性に行き当たってたってことだろ? 何が「はじめから分かっていてけしかけたわけではない」だ。お前のほうが狸じゃねーか。


「それで、君たちをこちらに引き入れることにしたというわけだ。警察と繋がりのある君と、他の研究者や技術者よりも違法品に詳しい双子たち」


 勝ち誇ったような表情が、なんだか無性にイラッとする。


「警察出身は他にもいますよ」

「だが、君は都合が良い。あの双子がいればな」


 その意味を理解した瞬間、頭の血が沸騰した。


「……あんたっ!」

「勘違いするな。本当に欲しいのは双子のほうだ」


 ぐ、と言葉に詰まる。そりゃそうか。ここは警察官の中でも優秀な奴が集められたO監。俺レベルの捜査員ならいくらでもいる。警察とのコネも珍しくはない。

 一方で、アーシュラたちは十年近くオーパーツに触れ続け、違法品にも詳しいベテランの技術者だ。

 重用するなら間違いなく双子たちのほうだろう。

 でも、俺は――

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